暗殺

「ひろ子さん、さあ、いただきましょう。レアが最高よ」大きなフライパンに牛脂を溶かし、スライスニンニクを敷くとロース一切れを入れた。強火で1分焼いて、一回ひっくり返すの。そして、弱火で30秒。ポン酢でいただくと最高。ひろ子さん、どうぞ」ナオ子は、ひろ子のさらにステーキを乗せた。目を輝かせたひろ子は、喜色満面で香水のような甘い香りをスッ~~と吸い込んだ。「なんて、いい香り。あ~~、幸せ。生きててよかった」

 

ナオ子は、大げさな表現に笑いが込み上げてきた。「そう、言っていただくとうれしいわ。さあ、召し上がれ」ひろ子は、ナイフを肉の上に置くとナイフの重みですっと切れた。「こんなの、初めて。すっごく、やわらかいんですね」一口頬張り、やわらかい歯ごたえを感じると、甘い肉汁が口いっぱいに広がって行った。「こんなの、生まれて初めて。こんなにおいしいお肉が、この世にあるんですね。もう、いつ死んでもいいって感じ。最高」

 

ナオ子は、笑いをこらえるのに必死だった。100グラム8000円と言ったら、気絶するじゃないかと思い、値段は言わないことにした。早速もう一枚を焼くとナオ子もお肉を口に押し込んだ。去年の誕生日祝いにもらったワイングラスに赤ワインを注ぎ、ひろ子に差し出した。「どうぞ、この赤ワインも楽天で買ったの」ひろ子は、楽天のことが知りたくなった。「ナオ子さん、楽天って、そんなにいいんですか?」ナオ子は、楽天ポイントのことを話すことにした。「いいっていうか、楽天ポイントが、すっごくたまるのよ。だから、ポイントをためて、年に一度、6月に松阪牛を注文するってわけ」

 

ひろ子は、すでにクレジットカードを2枚持っていたが、今持っているカードにはそれほどポイントはたまらなかった。「そうですか。そんなにたまるんだったら、私も、楽天にしようかな~。あ、そう、お話があるって、おっしゃってましたよね」ひろ子の笑顔を見ていると、ナオ子は、すっかり例の話をするのを忘れていた。「そうなのよ。聞いてくださる?ちょっと、暗い話なんだけど」

いまさら暗いとか言われても、聞かないとは言えない状況を作られては、頷く以外なかった。「私でよかったら、どうぞ」ナオ子は、即座に暗殺説を話すのも楽しい食事が台無しになるようで、まずは、62日に起きた事件の話から始めることにした。「ほら、月初めに、ナカス女学院のJKが自殺したってニュース知ってる?」ひろ子は、ワインを口に含んだままうなずいた。そして、グイット流し込むと返事した。「あの事件ね。超名門女子高のJKがウツで投身自殺したって事件でしょ。育ちがいい財閥のお嬢さんは、田舎育ちの貧乏女子とは、違うんでしょう。かわいそうな気もするけど」

 

ナオ子は、しばらく時間をおいて、話を続けた。「思うんだけど、財閥のJKって、ウツになって自殺するのかしら。ほら、お母さんが言ってたじゃない。とっても明るくて、活発な子でした。自殺するなんて、考えられないって。どうも、その言葉が気になってね」ひろ子は、目を見開きワイングラスを置くとナオ子を見つめた。「え、ナオ子さん、あれは、自殺じゃないって、いいたいんですか?」

 

ナオ子もワイングラスを置くとひろ子を見つめ、真剣な眼差しで答えた。「そう、きっと、自殺じゃないと思う」その言葉が耳に飛び込むと、即座に詮索好きのよからぬ虫が、ひろ子の心の底から這いあがってきた。「まさか、それじゃ、他殺ってこと。いったい誰が?なんのために?」ひろ子は、遠くを見つめるような眼差しで、つぶやいた。ナオ子は、ひろ子が食いついてくれたことに内心ホッとした。さらに、ナオ子は、他殺をにおわせる発言をした。「明るくて活発な女子が、自殺、ってのは、ちょっと変じゃない。女の直感なんだけど」

 

ひろ子は、グイグイ、JK自殺事件の謎に引き込まれていった。「でも、警察は、自殺って、公表してたでしょ。万が一、殺害だったら、大変なことになるんじゃない。でも、マジ殺害だったら、生徒が犯人ということ?まさか。それはないな~、人気者でみんなに好かれていたようだし。それじゃ、いったい誰?センコウ?」ナオ子は、暗殺説を話してもいい頃合いじゃないかと思った。

「ひろ子さん、仮に殺害だったとしたら、犯人は、誰だと思う。私も、生徒じゃないような気がするの。犯人の可能性があるのは、誰かしら?」ナオ子は、ひろ子の好奇心をあおるような質問をした。ひろ子の頭の中は、事件のことでいっぱいになった。まだ、松阪牛は、半分も残っていたが、完全に食欲は消え去っていた。しばらく考えていたひろ子だったが、ふと我に返り、松阪牛に目をやった。

 

「やっぱ、殺害ってことはないでしょ。警察も自殺って公表してるし。私たちが、勘ぐっても、しょうがないわけだし」ひろ子は、おなかがすいているのを思い出したように、お肉を食べ始めた。ひろ子は、どんな質問も聞き入れないというように、一心不乱に口を動かしていた。「そうよね、食事がまずくなっちゃったわね。ごめんなさい。マンゴーゼリーのデザートもあるのよ」

 

食事を終えるとナオ子は、デザートのマンゴーゼリーを小皿に載せて運んできた。「これも楽天で買ったの。大半は、楽天で賄うの。とにかく、ポイントがガバガバ付くから、かなりお得。ひろ子さんも、楽天に加入するといいわよ。びっくりするぐらいポイントがたまるから。ポイントは、ネットショッピングに使えるだけでなく、Eddyにもチャージできて、とにかくお得よ。そう、時々、ポイントを使って、“くら寿司”に主人と食べに行くのよ。もう一つカードを作るなら、楽天にしなさいよ。チョ~~おすすめ」

 

ひろ子もそこまでお得と言われると早速楽天カードを作りたくなってきた。「そんなにお得ですか。セゾンとYJ2枚持っているんだけど、楽天も早速作ります。ところで、JK自殺事件の話なんですが、その事件にご主人がかかわっていらっしゃるんですか?何か、新事実でも出てきたとか?」この事件に関しては、警察とは無関係に個人的な興味から調査しようと思っていたため、沢富の名前を出すまいと思っていたが、暗殺説の出どころは沢富だったため、暗殺説の出どころぐらいは話しても差し支えないような気がした。

「まあ、自殺に疑いを持ったのは、主人じゃなくて、サワちゃんなのよ。サワちゃんが、自殺は変っていうものだから、ちょっと気になってね。それで、ひろ子さんの考えを聞いてみたってわけ。来週の水曜日に校長に会うことになってるの。どんな方か一度見たくて。ちょっと出しゃばったことするようだけど、どうしても、校長の顔をこの目で確かめたかったの。その時、亡くなった彼女が、校長が犯人かどうか教えてくれるんじゃないかと思えてね」

 

ひろ子は沢富と聞いて、先ほどのJK自殺事件への興味が再燃してしまった。「へ~~、サワちゃんがね。確かに、誰が考えても、明るくて人気者のJKが自殺するって、変よね。ナオ子さん、校長とお会いになるんですか。私もあってみたいな~。かの有名なバッテン真理教の神父でもある校長ですよね。興味あるワ~~」ナオ子は、ひろ子を広報担当という名目で同行させた方が、インタビューがやりやすいように思えてきた。「ひろ子さん、ご一緒しませんか?二人の目で見た方が、校長の本性が見えてくるような気がするの。どう?」

 

ひろ子は、突然、目を輝かせて、返事した。「え、ご一緒していいんですか。ぜひ、お願いします。何時から面会されますか?」ナオ子も目を輝かせて、返事した。「ひろ子さんが、同行してくれたら、鬼に金棒ね。面会時間は、621日、水曜、午後3時から」ひろ子は、頷き、探偵気分のバロメーターがグングン上り始めた。「分かりました。それじゃ、2時にナオ子さんをお迎えに参ります。何か、ワクワクしてきた」

 

ナオ子は、この面会で、何か手掛かりがつかめそうに思えた。とにかく、校長に面会するだけでも、彼女の冥福になると思えた。たとえ敵は取れなくとも、睨み付けることぐらいはできるような気がした。「美人のひろ子さんが、インタビューしたら、校長はベラベラしゃべるんじゃないかしら。きっと、ボロを出すわ」ひろ子は、校長との面会が決まると、校長のアリバイについて知りたくなった。

春日信彦
作家:春日信彦
暗殺
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