ヒフミ愛

ヒフミンは、一瞬、ニヤッとして、うつむいた。ピースをじっと見つめ、話すのをためらっているようだったが、顔を持ち上げニコッと笑顔を作って話し始めた。「四月から、お姉ちゃん、軍事工場で働くために、出稼ぎに行ったんだ。急に、お姉ちゃんがいなくなって、ボク、寂しくなって、ピースがそばにいてくれたらな~~、って。お母ちゃんは、病気で寝たきりだし、かわいいピースがやってきたら、お母ちゃんも、喜ぶんじゃないかと。

 

それと、おじいちゃんが、日本が二度と戦争しないように、って家の横の畑にオリーブの木を123本植えたんだ。オリーブの花言葉は、“平和”で、英語で、“ピース”っていうんだって。そのことを聞いて、ひらめいたんだ。ピースと結婚すれば、きっと、日本は平和になる。神様も、そう言ってるような気がして・・」話し終えたヒフミンは、ガクンとうなだれてしまった。

 

アンナは、寂しそうな顔でうなだれたヒフミンを見て、ピースをあげてもいいと思い始めた。ヒフミンの姉が中学を卒業して、軍事工場で働くことは、亜紀から知らされていたが、一人ぼっちになったことを知らされ、一層、ヒフミンが不憫(ふびん)に思えてしまった。「そうだったの、それは、寂しいわね。とにかく、ピースの気持ち次第ね。ピースに気にいられたら、結婚したらいいわ」突然現金になったヒフミンは、結婚が決まった如く、喜色満面(きしょくまんめん)の笑顔を作った。「はい、ありがとうございます。ピースを一生守ります。必ず、幸せにします」

 

別れるのは寂しいと思ったが、ヒフミンとピースが幸せになるのであれば、我慢しなくてはと亜紀は決心した。「そうだ、いつからホームステイする?準備もあるし、明日からだったら・・」眠ったふりをして、話を聞いていたピースは、なんとなく不安になっていた。ピースもヒフミンと暮らすことは嫌いではなかったが、アキちゃん、タクミ、アンナ、スパイダーと別れるのは、やはり寂しかった。人間の言葉が話せるのなら、この場で自分の気持ちを伝えたかったが、それができない限り、ホームステイをやった結果、自分の気持ちを表す以外ないと腹をくくった。

金持ち特区

 

 亜紀の気持ちは、スッキリしなかった。やはり、ピースと別れることを思うと、急激な寂しさが襲ってきた。なんといっても、理解し合える一番の話し相手はピースだった。中卒のアンナとは、意見が合わず、拓実とは、会話にならず、スパイダーは男子の考えばかり主張して、女子の気持ちを理解できない。さやかは、志摩総合病院に行ったまま、たまにしか帰ってこず、帰ってきたと思えばとんぼ返りですぐに病院に戻って行く。

 

ピースがいなくなった生活を思うだけで、今にも泣き叫びたいほどの悲しみが込み上げてきた。いまさら、ヒフミンにピースをあきらめてほしいとは言えず、とにかくピースがヒフミンを嫌って戻ってくることを神様にお願いした。寂しそうな表情の亜紀が気になったのか、ヒフミンが亜紀に声をかけた。「アキちゃん、心配ご無用。きっと、ピースを幸せにするから。エサもきちんとやるし、散歩にも連れて行く。神様に誓って、約束する」ヒフミンは、今はうれしさいっぱいで、亜紀の寂しさを分かるはずもなかった。

 

亜紀は、悲しそうな顔で、小さくうなずいた。「ヒフミン、お願いね。ピースは、大人だから、手はかからないと思うけど、時々、カゼを引くから、健康には十分気を付けてね。元気が無いときは、病院に連れて行ってあげてね」ガッツポーズをしたヒフミンは、ドヤ顔で威勢良く返事した。「まかせんしゃい。しっかり、抱きしめて、カゼなんかひかせんバイ」ヒフミンは、ピースを見つめグイッと抱きしめた。きつく抱きしめすぎたのか、ピースは、体をくねらせヒフミンの懐から飛び出してしまった。

 

ヒフミンは、「ピース、ピース」と叫びながら、あとを追いかけたが、ピースは、捕まったら拷問にかけられると言わんばかりに、逃げるようにリビングを駆け抜け、ベランダに脱出した。亜紀は、ヒフミンの荒っぽいしぐさが気になっていた。ヒフミンは、興奮すると、力を入れすぎることがある。「ヒフミン、何度も言ってるじゃない、もっとやさしく、抱きしめないと。ピースに嫌われるわよ。ほら、逃げ出したじゃない」

 

目じりを下げたショボい表情になったヒフミンは、反省の色を見せたかに見えたが、椅子に腰かけるや否や話を亜紀にふった。「分かったよ。優しくすりゃいいんだろ。そういうアキちゃんは、誰と結婚したいんだ。ヒデキか?」秀樹と聞いて、亜紀は固まってしまった。女子は、結婚のことを時々、ガールズトークでするが、それは大人になっての結婚のことで、現実的なことではなかった。

 

「何、言いてるの。結婚っていうのは、大人の話でしょ。小学生が、言うことじゃないの。何度も言うけど、ヒフミンは、ピースと結婚できないのよ。ホームステイは、ピースの面倒をヒフミンが見るってこと。ただ、それだけ。分かった。バ~~~カ」亜紀は、目を吊り上げてヒフミンを睨み付けた。「ハハハ・・」ヒフミンは、大声で笑った。「分かってるって、アキちゃんは、頭はいいけど、がんこだな~~。人間と猫も結婚できるって。オリーブ園で、結婚式を挙げて、披露宴もするつもりなんだ。みんなで楽しく、やろうよ。結婚式、待ち遠しいな~~」

 

さすがに、アンナとさやかもあきれ返ってしまった。さやかも、ヒフミンは非常識だと思っていたが、ここまで能天気でおバカだとは思わなかった。「ヒフミン、気持ちはわかるけど、結婚というのは、お互いの気持ちが必要でしょ。あまり、先走らない方がいいと思うわよ。ピースの返事は、まだでしょ」ヒフミンは、ピースに嫌われたときのことを思い描いたのか、目じりを下げて、コクンと頭を落とした。

 

さやかは、ちょっと言い過ぎたと思い、話を替えることにした。「そう、志摩総合病院を中心に、“金持ち特区”ができるそうよ。アンナたちも、金持ち特区に入れるんじゃない」アンナは、初めて聞く、“金持ち特区”に関心を示した。「さやか、その、金持ち特区、って何よ。金持ちが集まるってこと。全国から?」

 

さやかは、この極秘情報を話すことにした。「まだニュースで報道されてないんだけど、関東が、原発事故による放射能で住めなくなったじゃない。だから、関東の金持ちが、続々と福岡にやって来てるのよ。そこで、全国的に人気のある風光明媚な糸島に目をつけた政府が、志摩に、特別に金持ちのための住宅街を作る計画を立てたのよ。でも、そこに住むには条件があって、年収2000万円以上の人、もしくは、総資産5000万円以上保有している世帯じゃないと入れないらしいの。アンナは、死亡保険金の貯金が1億円以上あるから、入れるんじゃない」アンナは、インテリばかりが集まるようなところに入る気は毛頭なく、素知らぬ顔をしていた。

 

ところが、突然、ヒフミンが目を丸くして叫んだ。「本当ですか?志摩にですか?ぼくんちなんか、貧乏でお母ちゃんの薬代もろくに払えないっていうのに。お姉ちゃんは、仕送りするために、出稼ぎに行ったっていうのに。それはないよ。そんなに金持ちがたくさんいるんだったら、貧乏人に、少しでもいいから、お金ばらまいてくれよ。うらやましいな~。アキちゃんちも、大金持ちなのか。いいよな~、金持ちの子供って。金持ちの家に、生まれたかったな~。そうだ、ヒデキんちも金持ちだし、きっと、ヒデキは、金持ち特区にやってくるに違いない。そして、アキちゃんと結婚するに決まってる。チクショー、ヒデキのやつ」

 

 さやかの話を真に受けたヒフミンは、マジに妄想の世界に入り、発狂してしまった。アンナは、アメリカにはそのような金持ちの街があると最近見たニュースで言っていたのを思い出した。だから、本当に金持ち特区ができるのではないかと思えた。「そんな金持ち特区に入る気はないけど、関東の金持ちが、続々と九州に移住していると噂で聞いたわ。それって、もう国会で決まったことなの?天皇、皇后だって、放射能で死にたくないだろうし、皇居も福岡に移るのかしら?」

 

 さやかは、さらに、マジな顔つきで話を続けた。「もはや、政府とは無関係の数人の超国際金融資本家が、日本の政治をコントロールしてるの。金持ちも、大企業の本社も、皇居も、福岡に移るらしいわよ。いずれ、首都が東京から福岡に移るのも、時間の問題らしいわ。さらに、彼らが、水面下で九州の土地を買収してるんだって。九州は、日本であっても、いずれ彼らの領土になるのよ。まさに、21世紀の怪奇ね」アンナ、亜紀、ヒフミンは、目を点にして、じっとさやかの話に耳を傾けていた。

サーファーヒカル
作家:春日信彦
ヒフミ愛
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