ヒフミ愛

ヒフミンは、ここぞと自分の意見を述べた。「ボクは、ピースを幸せにします。命がけでピースを幸せにします。ピースと一緒に暮らしたいのです。お願いします。今すぐ、結婚させてください。お母様、お願いします」ヒフミンは、ピースの目をじっと見つめ笑顔を作った。アンナは、ヒフミンの気持ちに圧倒され始めていた。亜紀がヒフミンの気持ちに押し切られたのも無理はないと思えた。さやかもヒフミンの熱意に圧倒されていた。

 

アンナは、この場でヒフミンの気持ちを踏みにじることができない心境になってしまった。この際、ピースの気持ちを知るために、ホームステイを許可することにした。「ヒフミンがそこまで言うんなら、ホームステイをやってみるといいわ。でも、ピースが嫌がったら、この結婚話は、なかったということでいい?」ヒフミンは、自信ありげに、大きくうなずき、返事した。「分かりました。ピースの気持ち次第ということですね。ピースが、嫌がれば、ボクも男らしく諦(あきら)めます」

 

アンナは、ヒフミンに、ほんの少し常識がある事にホッとした。「アキ、ピースの気持ち次第ということでいいわね。ピースを手放すことになっても、文句言っちゃだめよ。みんなで、決めたことなんだから、いい」亜紀は、一瞬、しかめっ面をした。脳裏に手放す時の情景が浮かぶと、寂しさかドッとこみあげてきた。心の底では、ピースが嫌がってヒフミンの家から逃げ出してほしいと願った。

 

 ヒフミンが、どうして、今ごろになって、急にピースと結婚したいと言い始めたのか、さやかには腑(ふ)に落ちなかった。さやかは、正面に腰かけているヒフミンをじっと見つめ、しばらく考えを巡らせた。さやかは、なにか隠された事情があるような気がして、ピースを抱きしめ幸福そうなヒフミンに声をかけた。「ヒフミン、ピースが好きなのは、ずっと前からでしょ。どうして、今ごろになって、突然、結婚したいなんて言い出したの?」

ヒフミンは、一瞬、ニヤッとして、うつむいた。ピースをじっと見つめ、話すのをためらっているようだったが、顔を持ち上げニコッと笑顔を作って話し始めた。「四月から、お姉ちゃん、軍事工場で働くために、出稼ぎに行ったんだ。急に、お姉ちゃんがいなくなって、ボク、寂しくなって、ピースがそばにいてくれたらな~~、って。お母ちゃんは、病気で寝たきりだし、かわいいピースがやってきたら、お母ちゃんも、喜ぶんじゃないかと。

 

それと、おじいちゃんが、日本が二度と戦争しないように、って家の横の畑にオリーブの木を123本植えたんだ。オリーブの花言葉は、“平和”で、英語で、“ピース”っていうんだって。そのことを聞いて、ひらめいたんだ。ピースと結婚すれば、きっと、日本は平和になる。神様も、そう言ってるような気がして・・」話し終えたヒフミンは、ガクンとうなだれてしまった。

 

アンナは、寂しそうな顔でうなだれたヒフミンを見て、ピースをあげてもいいと思い始めた。ヒフミンの姉が中学を卒業して、軍事工場で働くことは、亜紀から知らされていたが、一人ぼっちになったことを知らされ、一層、ヒフミンが不憫(ふびん)に思えてしまった。「そうだったの、それは、寂しいわね。とにかく、ピースの気持ち次第ね。ピースに気にいられたら、結婚したらいいわ」突然現金になったヒフミンは、結婚が決まった如く、喜色満面(きしょくまんめん)の笑顔を作った。「はい、ありがとうございます。ピースを一生守ります。必ず、幸せにします」

 

別れるのは寂しいと思ったが、ヒフミンとピースが幸せになるのであれば、我慢しなくてはと亜紀は決心した。「そうだ、いつからホームステイする?準備もあるし、明日からだったら・・」眠ったふりをして、話を聞いていたピースは、なんとなく不安になっていた。ピースもヒフミンと暮らすことは嫌いではなかったが、アキちゃん、タクミ、アンナ、スパイダーと別れるのは、やはり寂しかった。人間の言葉が話せるのなら、この場で自分の気持ちを伝えたかったが、それができない限り、ホームステイをやった結果、自分の気持ちを表す以外ないと腹をくくった。

金持ち特区

 

 亜紀の気持ちは、スッキリしなかった。やはり、ピースと別れることを思うと、急激な寂しさが襲ってきた。なんといっても、理解し合える一番の話し相手はピースだった。中卒のアンナとは、意見が合わず、拓実とは、会話にならず、スパイダーは男子の考えばかり主張して、女子の気持ちを理解できない。さやかは、志摩総合病院に行ったまま、たまにしか帰ってこず、帰ってきたと思えばとんぼ返りですぐに病院に戻って行く。

 

ピースがいなくなった生活を思うだけで、今にも泣き叫びたいほどの悲しみが込み上げてきた。いまさら、ヒフミンにピースをあきらめてほしいとは言えず、とにかくピースがヒフミンを嫌って戻ってくることを神様にお願いした。寂しそうな表情の亜紀が気になったのか、ヒフミンが亜紀に声をかけた。「アキちゃん、心配ご無用。きっと、ピースを幸せにするから。エサもきちんとやるし、散歩にも連れて行く。神様に誓って、約束する」ヒフミンは、今はうれしさいっぱいで、亜紀の寂しさを分かるはずもなかった。

 

亜紀は、悲しそうな顔で、小さくうなずいた。「ヒフミン、お願いね。ピースは、大人だから、手はかからないと思うけど、時々、カゼを引くから、健康には十分気を付けてね。元気が無いときは、病院に連れて行ってあげてね」ガッツポーズをしたヒフミンは、ドヤ顔で威勢良く返事した。「まかせんしゃい。しっかり、抱きしめて、カゼなんかひかせんバイ」ヒフミンは、ピースを見つめグイッと抱きしめた。きつく抱きしめすぎたのか、ピースは、体をくねらせヒフミンの懐から飛び出してしまった。

 

ヒフミンは、「ピース、ピース」と叫びながら、あとを追いかけたが、ピースは、捕まったら拷問にかけられると言わんばかりに、逃げるようにリビングを駆け抜け、ベランダに脱出した。亜紀は、ヒフミンの荒っぽいしぐさが気になっていた。ヒフミンは、興奮すると、力を入れすぎることがある。「ヒフミン、何度も言ってるじゃない、もっとやさしく、抱きしめないと。ピースに嫌われるわよ。ほら、逃げ出したじゃない」

 

目じりを下げたショボい表情になったヒフミンは、反省の色を見せたかに見えたが、椅子に腰かけるや否や話を亜紀にふった。「分かったよ。優しくすりゃいいんだろ。そういうアキちゃんは、誰と結婚したいんだ。ヒデキか?」秀樹と聞いて、亜紀は固まってしまった。女子は、結婚のことを時々、ガールズトークでするが、それは大人になっての結婚のことで、現実的なことではなかった。

 

「何、言いてるの。結婚っていうのは、大人の話でしょ。小学生が、言うことじゃないの。何度も言うけど、ヒフミンは、ピースと結婚できないのよ。ホームステイは、ピースの面倒をヒフミンが見るってこと。ただ、それだけ。分かった。バ~~~カ」亜紀は、目を吊り上げてヒフミンを睨み付けた。「ハハハ・・」ヒフミンは、大声で笑った。「分かってるって、アキちゃんは、頭はいいけど、がんこだな~~。人間と猫も結婚できるって。オリーブ園で、結婚式を挙げて、披露宴もするつもりなんだ。みんなで楽しく、やろうよ。結婚式、待ち遠しいな~~」

 

さすがに、アンナとさやかもあきれ返ってしまった。さやかも、ヒフミンは非常識だと思っていたが、ここまで能天気でおバカだとは思わなかった。「ヒフミン、気持ちはわかるけど、結婚というのは、お互いの気持ちが必要でしょ。あまり、先走らない方がいいと思うわよ。ピースの返事は、まだでしょ」ヒフミンは、ピースに嫌われたときのことを思い描いたのか、目じりを下げて、コクンと頭を落とした。

 

さやかは、ちょっと言い過ぎたと思い、話を替えることにした。「そう、志摩総合病院を中心に、“金持ち特区”ができるそうよ。アンナたちも、金持ち特区に入れるんじゃない」アンナは、初めて聞く、“金持ち特区”に関心を示した。「さやか、その、金持ち特区、って何よ。金持ちが集まるってこと。全国から?」

 

サーファーヒカル
作家:春日信彦
ヒフミ愛
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