ヒフミ愛

 ヒフミンは、大きく目を見開き、大きな声で返事した。「きっと、ボクのこと、好きに決まってる。目を見ればわかるんだ。命がけで、一生ピースを大事にする。だから、ピースと結婚させてくれ、頼む、この通り」ヒフミンは、ピースをベッドにそっと置くと、両手を合わせて亜紀にお願いした。もう一度、人間と猫は結婚できないと言おうかと思ったが、ヒフミンのピースへの思いが胸の奥までズシンと突き刺さり、ヒフミンの思いをかなえてあげたくなってきた。

 

 亜紀は、ベッドでキョトンと首をかしげているピースをじっと見つめ、しばらく考え込んだ。ピースは、この家に住んで3年くらいになる。無理やり、ヒフミンの家で飼っても、元の家が恋しくなって、この家に帰ってくるに違いないと思えた。でも、ピースがヒフミンの家に行っても、そこで気持ちよく暮らせるのなら、ヒフミンにあげてもいいと思った。試しに、一度、ヒフミンの家に連れて行って、ホームステイさせてみるのも一つの方法ではないかと閃(ひらめ)いた。

 

 「そうね~、問題は、ピースの気持ちよ。本当にヒフミンのことが好きで、ヒフミンの家で気持ちよく暮らせるのなら、ピースをあげてもいいけど、試しに、ホームステイさせてみようかな~~」ヒフミンは、突然笑顔を作り、右手に握り拳(こぶし)を作った。「よっしゃ、ピースの気持ちだな。早速、ピースをぼくんちに連れて行ってみよう。いいだろ」亜紀は、うなずいたが、目を吊り上げたアンナの顔が頭に浮かんだ。「でも、ちょっと待って、ママに聞いてみるから。ママがいいって言ったら、オーケーよ」

 

 亜紀は、そう言い終えるとすっと立ち上がりドアに向かって歩き出した。ドアを開けた亜紀を見たピースは、ヒョイと飛び起きて、ベッドを飛び降り、亜紀を追って駆けだした。ピースが自分から逃げていくように思えたヒフミンは、ドアのところでピースを素早くつかみ取り、グイッと抱きしめた。そして、目を閉じて神に祈りをあげた。「どうか、ピースと結婚できますように。神様、お願いします。結婚できたら、一生ピースを大事にします。どうか、お願いします」

亜紀がお店に駆けこんだ時、アンナは暖簾(のれん)を取り込んでいた。天気が良かったせいか、開店から老人たちの団体客がやってきて、ぜんざいが完売していた。まだ、2時を少し過ぎたころだったが、ぜんざい目当てのお客にぜんざいは売り切れました、と注文を断るのも悪いと思ったアンナは、さやかと相談した結果、店じまいをすることにした。「ママ、もう、店じまい?」アンナは、ご機嫌の声で返事した。「今日は、商売繁盛よ。もう、ぜんざい、売り切れたの、ラッキー」

 

さやかの援護を期待した亜紀は、さやかの顔を見つめてお世辞を言った。「さやかお姉ちゃんが、手伝ってくれたからじゃない。かわいいウェイトレス目当てに、お客がわんさかやってきたのよ」さやかは、お世辞を言ってくれた亜紀に笑顔を向けたが、なにか魂胆(こんたん)があるとピンときた。「そういってくれると、うれしいわ。アキちゃん、何か、ママにお願いでもあるのかな?顔にそう書いてあるぞ」亜紀は、心を見透かされて、顔を真っ赤にした。「やっぱ、お姉ちゃんは、名探偵。そうなの。ママ、お願いがあるんだけど。聞いてくれる?」

 

亜紀のお願いは、いつも非常識なことが多いと分かっていたアンナは、口をひん曲げて返事した。「まあ、聞くだけね」さやかも亜紀のお願いは、突拍子(とっぴょうし)もないことが多いと分かっていたため、キッチンでじっくり聞こうとアンナに声をかけた。「アンナ、もう片付いたわ。キッチンで、亜紀ちゃんのお願い、聞いてあげましょうよ。アキちゃんのお願いって、何だろう。ワクワクするわ」笑顔になった亜紀は、「ママ、ママ、早く」と声をかけながら、アンナの後ろに回り込むと大きなお尻を押し始めた。いやな予感を感じたアンナは、ピンクのエプロンを外しながらゆっくり歩き始めた。

 

 キッチンにさやかが顔をのぞかせるとヒフミンがピースを抱っこして突っ立っていた。「あら、ヒフミン、ピースを抱きしめて、ラブラブじゃない」ヒフミンは、ラブラブと言われて、天にも昇る気持ちになった。そして、すでに亜紀がお願いを話したと思い、返事をすると即座に頭を下げた。「さやかさん、ラブラブに見えますか。ピースが大好きなんです。よろしくお願いします」さやかは、お願いします、と聞いて、亜紀のお願いは、ヒフミンのことだとピンときた。

しばらくして、「よいしょ、よいしょ」という亜紀の声が廊下から響いてくると、しかめっ面のアンナが、亜紀にお尻を押されながらしぶしぶキッチンに入ってきた。アンナの姿を見たヒフミンは、直立不動で深々と頭を下げた。「お母様、お願いします。かならず、幸せにします。ぜひ、お願いします」アンナは、何のことやらさっぱりわからなかった。「ヒフミン、まだ、ママには話してないの。これからお願いするから、ヒフミンも一緒にお願いして」

 

アンナは、お願いがヒフミンのことだと分かり、一層、顔をぐにゃっとしかめた。亜紀の顔をじっと見つめたアンナは、内心耳栓をしたい気持ちになったが、まな板の鯉(こい)の心境になりお茶を入れることにした。さやかは、お願いがヒフミンのことだと分かり、二人に声をかけた。「亜紀もヒフミンもお腰かけなさい。アンナに、よ~~く、わかるように話すのよ」

 

アンナは、ブルーとホワイトのチェック柄のトレイをテーブルに置き、さやかには紅茶を、亜紀とヒフミンには、オレンジジュースを差し出した。アンナが、さやかの左横にゆっくり腰かけると二人に声をかけた。「ジュースでも飲んで、気を落ち着かせて、大人にも、よ~~く、分かるように、話してちょうだい。お願いとやらを」アンナは、ティーカップを手に取り、二人を睨(にら)み付けるような眼差(まなざ)しで紅茶をすすった。

 

 亜紀は、どのようにお願いしていいか、頭の中が整理できていなかったが、ヒフミンの気持ちを素直に伝えることにした。「ママ、ヒフミンは、ピースのことが大好きなの。ママも知ってるよね。それで、ヒフミンが、ピースと結婚したいっていうの」アンナは、結婚と聞いて口に含んでいた紅茶を吹き出してしまった。紅茶を吹きかけられた目の前に座っていた亜紀は、キャ~~と叫んで、跳びあがった。「ママったら」亜紀は、アンナを睨み付けて怒鳴った。

 「アキ、ゴメン」と謝るとアンナは即座に立ち上がり、バスルーム横の洗面所にかけて行った。フェイスタオルを手にしたアンナは、戻ってくると顔にかかった紅茶を丁寧にふき取った。ア~~、と大きなため息をついたが、ニコッと笑顔を作り、亜紀に返事した。「ごめんね、アキ。でも、結婚とかいうからよ。そりゃ~、吹き出すわよ。それで、話の続きだけど」アンナは、腰を下ろすと、ニコッと笑顔を作り、二人の顔を交互に見つめた。

 

亜紀は大きくゆっくり深呼吸をして続きを話し始めた。「ヒフミンは、ピースが大好きなの。だから、ピースと結婚したいんだって。何度も、人間と猫は、結婚できないといったんだけど、ヒフミンは、できると言い張るのよ。そこで、お願いなんだけど。ピースの気持ちを知るために、ヒフミンの家にホームステイさせたいの。もし、ピースがヒフミンの家で気持ちよく暮らせるようなら、ピースをヒフミンにあげようかと思うんだけど。ママは、賛成してくれる?」

 

アンナは、ピースを特に好きではなかったが、いざ、手放すとなると即座に返事ができなかった。腕組みをしたアンナは、しばらく考え込んだ。アンナは、猫が好きな方ではなかったので手放してもいいとは思ったが、もし、いなくなればなんとなく寂しくなるような気もした。スパイダーが悲しまないだろうか?拓実が泣き出さないだろうか?ピースは、突然迷い込んできた居候(いそうろう)だったが、家族の一人でもあるようで、気持ちがスッキリしなかった。

 

さやかが、アンナの気持ちを察して口をはさんだ。「アキちゃんは、本当にピースを手放してもいいの?寂しくないの?」亜紀は、本当は手放したくなかった。でも、ピースがヒフミンのことが好きで、ヒフミンと一緒に暮らすことを望むのなら、ピースのために手放してもいいと思った。亜紀の気持ちは中途半端だったが、ピースの幸せを考え自分の気持ちを伝えた。「確かに、ピースがいなくなるのは、とっても寂しい。でも、ピースが幸せになるのであれば、ヒフミンに面倒を見てもらってもいいと思う。あくまでも、ピースの気持ち次第よ」

サーファーヒカル
作家:春日信彦
ヒフミ愛
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