ヒフミ愛

 ヒフミンは、一瞬、マジな顔つきになって返事した。「できないって、どういうこと。僕は、ピースが大好きなんだ。必ず結婚する。もう、決めたんだ。今月、結婚する。ピースも、ボクの気持ち、わかってくれると思う。ネ~~、ピース」ヒフミンの返答を聞いて、正真正銘のバカだと確信した。「とにかく結婚は、できないの。結婚というのは、人間と人間がするもので、人間と猫がするものじゃないの。分かった?」

 

 結婚を否定されたヒフミンは、目を吊り上げて反論し始めた。「アキちゃん、愛し合っていれば、人間と猫とでも結婚はできるんだ。アキちゃんこそ、分かってない。そういうのって、迷信(めいしん)じゃないか。大好き、ピース」亜紀は、マジバカなヒフミンとこれ以上口論してもらちが明かないと思ったが、負けず嫌いの亜紀は、このままヒフミンのたわごとに屈することに我慢できなかった。

 

「とにかく、できないの。結婚というのは、人間に使うのであって、動物には使わないの。ヒフミンが言いたいことは、ずっと一緒に、ピースと暮らしたいってことでしょ」ヒフミンは、ピースの目をじっと見つめ、大きくうなずき返事した。「分かってるじゃないか。でも、ピースは、アキちゃんちの猫だから、やっぱ、結婚は無理か。でもな~、どうにかして結婚する方法、ないかな~。アキちゃん、なにか名案ない?」

 

話がこんがらがってきたが、ピースをほしがっていることは間違いないと思えた。「そんなに、ピースがほしいの?一緒に暮らしたいの?でも、どんなにヒフミンがピースのことが好きでも、ピースがヒフミンのことが好きかどうか、わからないじゃない。ピースの気持ちを確かめてからよ。ピースの気持ちがわかればいいけど、ピースは日本語が話せないし、ピースの気持ち、聞きたくても聞けないし」

 ヒフミンは、大きく目を見開き、大きな声で返事した。「きっと、ボクのこと、好きに決まってる。目を見ればわかるんだ。命がけで、一生ピースを大事にする。だから、ピースと結婚させてくれ、頼む、この通り」ヒフミンは、ピースをベッドにそっと置くと、両手を合わせて亜紀にお願いした。もう一度、人間と猫は結婚できないと言おうかと思ったが、ヒフミンのピースへの思いが胸の奥までズシンと突き刺さり、ヒフミンの思いをかなえてあげたくなってきた。

 

 亜紀は、ベッドでキョトンと首をかしげているピースをじっと見つめ、しばらく考え込んだ。ピースは、この家に住んで3年くらいになる。無理やり、ヒフミンの家で飼っても、元の家が恋しくなって、この家に帰ってくるに違いないと思えた。でも、ピースがヒフミンの家に行っても、そこで気持ちよく暮らせるのなら、ヒフミンにあげてもいいと思った。試しに、一度、ヒフミンの家に連れて行って、ホームステイさせてみるのも一つの方法ではないかと閃(ひらめ)いた。

 

 「そうね~、問題は、ピースの気持ちよ。本当にヒフミンのことが好きで、ヒフミンの家で気持ちよく暮らせるのなら、ピースをあげてもいいけど、試しに、ホームステイさせてみようかな~~」ヒフミンは、突然笑顔を作り、右手に握り拳(こぶし)を作った。「よっしゃ、ピースの気持ちだな。早速、ピースをぼくんちに連れて行ってみよう。いいだろ」亜紀は、うなずいたが、目を吊り上げたアンナの顔が頭に浮かんだ。「でも、ちょっと待って、ママに聞いてみるから。ママがいいって言ったら、オーケーよ」

 

 亜紀は、そう言い終えるとすっと立ち上がりドアに向かって歩き出した。ドアを開けた亜紀を見たピースは、ヒョイと飛び起きて、ベッドを飛び降り、亜紀を追って駆けだした。ピースが自分から逃げていくように思えたヒフミンは、ドアのところでピースを素早くつかみ取り、グイッと抱きしめた。そして、目を閉じて神に祈りをあげた。「どうか、ピースと結婚できますように。神様、お願いします。結婚できたら、一生ピースを大事にします。どうか、お願いします」

亜紀がお店に駆けこんだ時、アンナは暖簾(のれん)を取り込んでいた。天気が良かったせいか、開店から老人たちの団体客がやってきて、ぜんざいが完売していた。まだ、2時を少し過ぎたころだったが、ぜんざい目当てのお客にぜんざいは売り切れました、と注文を断るのも悪いと思ったアンナは、さやかと相談した結果、店じまいをすることにした。「ママ、もう、店じまい?」アンナは、ご機嫌の声で返事した。「今日は、商売繁盛よ。もう、ぜんざい、売り切れたの、ラッキー」

 

さやかの援護を期待した亜紀は、さやかの顔を見つめてお世辞を言った。「さやかお姉ちゃんが、手伝ってくれたからじゃない。かわいいウェイトレス目当てに、お客がわんさかやってきたのよ」さやかは、お世辞を言ってくれた亜紀に笑顔を向けたが、なにか魂胆(こんたん)があるとピンときた。「そういってくれると、うれしいわ。アキちゃん、何か、ママにお願いでもあるのかな?顔にそう書いてあるぞ」亜紀は、心を見透かされて、顔を真っ赤にした。「やっぱ、お姉ちゃんは、名探偵。そうなの。ママ、お願いがあるんだけど。聞いてくれる?」

 

亜紀のお願いは、いつも非常識なことが多いと分かっていたアンナは、口をひん曲げて返事した。「まあ、聞くだけね」さやかも亜紀のお願いは、突拍子(とっぴょうし)もないことが多いと分かっていたため、キッチンでじっくり聞こうとアンナに声をかけた。「アンナ、もう片付いたわ。キッチンで、亜紀ちゃんのお願い、聞いてあげましょうよ。アキちゃんのお願いって、何だろう。ワクワクするわ」笑顔になった亜紀は、「ママ、ママ、早く」と声をかけながら、アンナの後ろに回り込むと大きなお尻を押し始めた。いやな予感を感じたアンナは、ピンクのエプロンを外しながらゆっくり歩き始めた。

 

 キッチンにさやかが顔をのぞかせるとヒフミンがピースを抱っこして突っ立っていた。「あら、ヒフミン、ピースを抱きしめて、ラブラブじゃない」ヒフミンは、ラブラブと言われて、天にも昇る気持ちになった。そして、すでに亜紀がお願いを話したと思い、返事をすると即座に頭を下げた。「さやかさん、ラブラブに見えますか。ピースが大好きなんです。よろしくお願いします」さやかは、お願いします、と聞いて、亜紀のお願いは、ヒフミンのことだとピンときた。

しばらくして、「よいしょ、よいしょ」という亜紀の声が廊下から響いてくると、しかめっ面のアンナが、亜紀にお尻を押されながらしぶしぶキッチンに入ってきた。アンナの姿を見たヒフミンは、直立不動で深々と頭を下げた。「お母様、お願いします。かならず、幸せにします。ぜひ、お願いします」アンナは、何のことやらさっぱりわからなかった。「ヒフミン、まだ、ママには話してないの。これからお願いするから、ヒフミンも一緒にお願いして」

 

アンナは、お願いがヒフミンのことだと分かり、一層、顔をぐにゃっとしかめた。亜紀の顔をじっと見つめたアンナは、内心耳栓をしたい気持ちになったが、まな板の鯉(こい)の心境になりお茶を入れることにした。さやかは、お願いがヒフミンのことだと分かり、二人に声をかけた。「亜紀もヒフミンもお腰かけなさい。アンナに、よ~~く、わかるように話すのよ」

 

アンナは、ブルーとホワイトのチェック柄のトレイをテーブルに置き、さやかには紅茶を、亜紀とヒフミンには、オレンジジュースを差し出した。アンナが、さやかの左横にゆっくり腰かけると二人に声をかけた。「ジュースでも飲んで、気を落ち着かせて、大人にも、よ~~く、分かるように、話してちょうだい。お願いとやらを」アンナは、ティーカップを手に取り、二人を睨(にら)み付けるような眼差(まなざ)しで紅茶をすすった。

 

 亜紀は、どのようにお願いしていいか、頭の中が整理できていなかったが、ヒフミンの気持ちを素直に伝えることにした。「ママ、ヒフミンは、ピースのことが大好きなの。ママも知ってるよね。それで、ヒフミンが、ピースと結婚したいっていうの」アンナは、結婚と聞いて口に含んでいた紅茶を吹き出してしまった。紅茶を吹きかけられた目の前に座っていた亜紀は、キャ~~と叫んで、跳びあがった。「ママったら」亜紀は、アンナを睨み付けて怒鳴った。

サーファーヒカル
作家:春日信彦
ヒフミ愛
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