小説の未来(9)

質問に対する多くの人たちの答えは、常識的なものがほとんどです。また、そのように答えることによって、社会の治安が維持され、生活と心も安定するのです。つまり、ほとんどの人の考えは、一般的、常識的、条件的なもので、無条件的なものではありません。言い方を変えれば、人の言動の指針となる考えは、家族、学校、職場などの生活環境から与えられた情報に基づき導き出されたものなのです。

 

簡単に言えば、人の考えは、条件設定された有限的なものだと言えます。また、人は、有限的知識を有することで、安心感を得ているのです。もし、ある問題に対し無限に答えがあるとすれば、悩み苦しみ不安になって生活できなくなってしまいます。

 

私たちは、条件付けられた思考を行い、その結果を常識として共有し、円滑な日常生活を行っているのです。また、この常識があるからこそ、社会の治安と心の平穏が守られるのです。だからと言って、全人類に共通する常識があるわけではありません。

                 “有限と無限”を内包する小説

 

 作品は、“無限に続く創作過程の一瞬”に過ぎないと述べましたが、創作活動は、解析された思考の集積だと言えます。そこで、日ごろよく使う“思考”について考えてみたいと思います。思考という言葉は、無意識に日常生活で使っていますが、人は、考えるときどのような道具を使って精神作業を行っているのでしょうか?

 

私たちは、“言葉や記号”を使って考えや気持ちを他人に発信します。ということは、考えるときにも、言葉や記号を使っていると推測できます。もちろん、言語化されていない概念やイメージの思考も存在すると推測されますが、おそらく、意識される段階での思考は、言語化されたものを思考と呼んでいるように思えます。

 

小説は、言語と記号の集合体です。作家は、脳内にある概念やイメージや音などを言語化し、それらを利用しながら文を作り、さらに、それらを文章へと組み立てているのです。一方、読者は、作家が作り上げた文章から“作家の思考や気持ち”を逆算するように推測することになります。だから、当然、読者が憶測した作家の考えと作家本来の考えとは必ずしも一致するとは限りません。

そのことを踏まえたうえで小説に内包される有限性と無限性について考えてみたいともいます。創作において、作家の概念は言語化されていきます。そして、脳内言語は他人が認識できる言語へ姿を変え、外部へ発信されていきます。

 

この発信される言語ですが、この言語は概念が記号化されたという点において有限なるものではあるのですが、記号が内包する意味は、無限なるものなのです。分かりやすくするために、例を挙げて説明します。

 

日本人であればほとんどの人が知っている“太陽”という言葉があります。人は、宇宙にある物質を記号化することによって、未知なる物質を認識していきます。この記号化は、言い換えれば、未知なる無限の要素を含む物質を有限化したことになるのです。

太陽という言葉を聞くと、人は脳内に太陽をイメージできます。そして、太陽を理解できたと安心できます。物質とその運動を記号化するということは、先にも言いましたように、有限化することなのですが、“同時に”太陽という言葉は、その記号の中に無限の要素をも内包しているのです。

 

今仮に、太陽とはどのようなものですか?と質問された場合、人はどのように答えるでしょうか?おそらく、“生物が生存し続けるためには不可欠な光と熱を発するもの”というような常識的な答えが返ってくると思われますが、実は、条件を設定しなければ、答えは、無限に存在するのです。

 

作家は、無限なる概念を言語化、記号化をするという作業を行い、有限なる文章を構築し、無限を内包する有限なる作品を読者に提供しているのです。「有限と無限」の概念は、私の創作の中核をなしているのですが、私が作り上げるフィクションは、“認識と社会の有限性と無限性”を理解していただくためのものと言っても過言ではありません。

 

今回は、かなり説明が難しかったのですが、ほんの少しでも、理解していただければ幸いです。

サーファーヒカル
作家:春日信彦
小説の未来(9)
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