小説の未来(8)

麻薬性を有する宗教

 

人は、飲んだり、吸ったり、注射したりする薬物の怖さを知っていますが、精神をコントロールする宗教のような精神的麻薬の怖さはあまりピンときません。古代から、多くの人々は、危険な薬物を使わずに気持ちを楽にさせる手段として、自然発生的に人を救ってくださる神様を作り出しました。救いを求めて神様に祈願する宗教を一種の精神的麻薬と私は考えています。

 

しかし、宗教を“麻薬性”を持っている精神と思っている人は、ほとんどいないと言っていいでしょう。私は、宗教を精神的麻薬と称しましたが、なぜかと言いますと、宗教も薬物の麻薬や覚せい剤と同じような効用を持っているからなのです。ご存知のように、神様を信じ、お願すると、気持ちが楽になり、“ハイ”になります。さらに、現実の苦境、苦難から救ってくださる、と思えて、“幸福感”に包まれます。反面、信じている神様の存在を否定されると苦痛や恐怖を伴う“禁断症状”が引き起こされます。

 

特別な宗教を信じていない人や日ごろ宗教に無関心な人でも、不治の病に侵されたり、受験の前日だったり、面接の前日だったり、どう対処していいか分からなくなると“溺れる者はわらをもつかむ”の苦しい心境に陥り、手を合わせて“神様お助けください”とお願いすることがありますね。そして、神様にお願いするとなんとなく心が安らぎます。これは、言い方を変えると神様を麻薬として利用しているのです。

薬性を有する“気持ち”

 

 私たちは、麻薬性を有する宗教と同じような効用を持ったいろんな“気持ち”を子供のころから無意識に作り上げています。たとえば、権力、名誉、社会的地位、学歴、などに基づく優越感とか、お金を持っているときの豊かな気持ちとか、プライドとか、自分を美人と思う気持ちとか、自分は秀才だと思う気持ちとか、このような精神を高揚させる気持ちは、麻薬性を持った気持ちと考えられます。

 

私は、気持ちを楽にしてくれる精神的麻薬は、日々の苦しみに耐えて生きていくうえで、必ず必要となるものだと思っています。また、この精神的麻薬を断つことによって起きる禁断症状が、いろんな犯罪やトラブルを引き起こしていると思っています。恋愛や犯罪などのテーマで小説を創作していますが、私の場合、その創作過程において“精神的麻薬”の概念が大きく作用していると思っています。

最も身近な例として、人は、褒められたり、お上手を言われたり、お世辞を言われたり、そのようなことをされるとうれしくなりますね。また、TVやニュースで殺人や芸能人の離婚など他人の不幸を知ると、人は無意識に心の底で喜んでいます。このことは、多くの人が悲劇のニュースに関心を示すことで分かります。これらの現象も、一時的な快感を引き起こす精神的麻薬を投与されたのと同じことなのです。人は生きていれば、“快感”を得たくなるのです。なぜならば、日常生活において不快感が頻繁に起きているからです。

 

私たちは、“快感と不快感”のバランスを取るために、何らかの方法で快感を得ようとするのです。そして、快感を得るために、小説を読んだり、TVを見たり、映画を見たり、ゲームをしたり、音楽を聞いたり、スポーツ観戦したり、ギャンブルしたり、そのような娯楽行為を行うのです。小説は、娯楽を提供するという主な役割を担っていますが、私としては、そのほかに、人間の心理と知性を探り、複雑な人間関係から生まれる“社会・国家の在り方”を考察する役割も担っているのではないかと思っています。

自作の補足解説

 

 シリーズ以外には、A.「女教師の賭け」B.「幻の恋」C.「スラム街の天使」D「父と娘」E.「身代わり」の5編があります。

 

 A.「女教師の賭け」では、画家を目指す高校生と女教師との密かな恋愛を描きました。主人公は、画家を目指す高校生の真美雄。母子家庭の真美雄は、授業料の高い美術専門課程のある私立高校に進学できる経済状況になかった。そのため、真美雄は定時制高校に進学するつもりだったが、中学3年生の時、幸運にも全国中学生絵画コンクールで文部科学大臣賞を受賞した。そのことが評価された真美雄は、福岡美大付属高校に授業料全額免除の特待生として入学することができた。

 

しかし、入学後、なぜか、突然、絵が描けなくなってしまった。まったく、頭から美のイメージが消え去ってしまったのだった。教師から授業料泥棒と言われるまでになり、思い悩んだ挙句、真美雄は退学を決意した。ある日、美術の時間に、真美雄が憧れている准教授絵美先生に退学届を提出しようと退学届を胸ポケットに入れていた。ところが、キャンバスをぼんやり見つめている真美雄の横に立った彼女は、マンションに来るようにとのメモを彼に手渡した。

 

約束の時間にマンションにやってきた真美雄は、マンションの一室に案内され、10万ドルする絵美先生そっくりのマネキンを見せられる。そのマネキンの肌は、生きている女性の肌とほとんど変わらず、その体型の曲線も絵美先生とまったく同じだった。絵美先生は、真美雄の画才を復活させるために、一度は、自分の体を差し出そうとまで思い詰めた。だが、それでは、真美雄は受け入れてくれないと思い、自分とまったくそっくりのマネキンを製造することにしたのだった。

春日信彦
作家:春日信彦
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