小説の未来(7)

そこで、小説の話になりますが、推理小説であれば、与えられたデータをもとに推論していけば、答えにたどり着きます。たとえば、殺人事件では、刑事や探偵が、検視や聞き込み捜査を行い、入手した手がかりをもとに推理して、犯人をわりだしていきます。読者は、犯人が分かることによって、気分がよくなります。もし、どんなに推理しても犯人が特定できずにドラマが終結したならば、読者はいら立ちを感じるでしょう。だから、巷では、一件落着する推理小説がよく売れるのです。確かに、結論が出るドラマも面白いとは思うのですが、私が最も好きなのは、答えが出ないミステリーです。

 

私が構築したい小説は、特定できないものをひたすら追い求めるミステリードラマです。その中でも、エロスミステリー小説です。答えの出ない世界を構築できる作品の一つとして、ミステリー小説があるように思っています。私が小説を書き続けているのは、ミステリーが好きだからではないかと思っています。私のミステリー作品には、“答えらしきもの”はあっても、明確な答えはありません。前述したように、“自分の答え”は、単なる自己満足に過ぎない、という思いが心の底にあるからです。

 

 ミステリーの中でも、エロスミステリーは、歴史が古く、多くの作品があります。私のミステリー小説も、ほとんどがエロスミステリー作品です。夏目漱石の「こころ」谷崎潤一郎の「秘密」安部公房の「砂の女」三島由紀夫の「音楽」松本清張の「けものみち」大岡昇平の「事件」筒井康隆の「エロチック街道」村上春樹の「ノルウェイの森」などは、私が参考にした小説です。

自作の補足解説

 

⑩人形シリーズ「木彫り人形」では、完全犯罪の生命保険金殺人を取り上げました。私は、かつて生命保険会社に勤めていたときに、ふと思いついたアイデアをドラマ化しました。世界中に死に至る死亡事故は、数えきれないほどあります。その中で、殺人と認定され、犯人が検挙される殺人事件数は、ほんの一握りです。つまり、不慮の事故による死亡と思われるものの中にも、他殺が多々含まれているということです。

 

 主人公は、悩み相談事務所を構え、悩み相談業をやっている澤田健二と離婚を願うあまり、殺人ほう助をしてしまう安西かおり。かおりの夫は、会社倒産後再就職ができず、自暴自棄からアル中になり、お酒が入ると家庭内暴力を犯すまでになっていた。そのことでどうすれいいかわからなくなったかおりは、澤田の相談所にやってきた。澤田は、当初、アル中の夫の再就職による再起を促した。

 

だが、アル中の夫は、かおりの意見に対してさらに暴力を振るうようになり、かおりは傷害を負わされるまでになった。次第に、かおりは夫との離婚を考えるようになり、穏便に離婚できる方法を澤田に相談した。澤田は、離婚の決意を確認すると、幸運をもたらす木彫り人形にお願いすれば、必ず願いがかなうと言ってかおりを誘導し始めた。そして、かおりは、殺人ほう助と気が付きながら澤田の指示に従う。

澤田のアドバイスを受けてから半年後、かおりは澤田に指示された日に実家で外泊した。奇遇にも、外泊したその夜に火災が起き、焼死体となった夫が焼け跡から発見された。出火原因は、夫の寝たばこということで処理され、受取人となっていたかおりの口座に死亡保険金1億円が振り込まれた。この火災には、澤田の愛人で生保レディーの西川が関与していたが、近隣に住宅はなく、誰一人目撃者はいなかったため、彼女への捜査がなされることはなかった。

 

この完全犯罪に味をしめた澤田は、一年後、死亡保険金受取人になるためにかおりと結婚し、不審火による自宅の火災を引き起こした。そしてさらに、かおり、彼女の母親、子供二人の死亡保険金を手に入れた。大金を手に入れ、働く必要がなくなった澤田と西川は、ハネムーンを兼ねて世界一周旅行に旅立つ計画を立てた。そして、幸運をもたらした木彫り人形に感謝し、二人は澤田の別荘で一夜を過ごした。

 

翌日、二人は気晴らしに嬉野温泉に出かけることにしたが、デートには邪魔だと思い、木彫り人形を別荘に残して出かけた。助手席に西川を乗せ、ハンドルを握った澤田のベンツは、ヘアピンカーブの多い糸島峠、三瀬峠を軽快に突っ走り、無事佐賀大和インターに到着した。早速、佐賀大和インターから長崎自動車道に乗り上げ嬉野に向かったが、なぜか、武雄北方を過ぎてから突然、車のブレーキが利かなくなった。スピードを落とそうと何度もブレーキを踏んだが、スピードは増すばかりで、大きな悲鳴とともに、ベンツは時速150キロを超すスピードで前方を走るトラックの後部に追突した。そして、二人は即死した。

 

人は、一度は殺意を持ったことがあるのではなかろうか。でも、ほとんどの人は、殺意を実行に移すことはしない。たとえ、殺人を犯し、完全犯罪が成功したとしても、人を殺したという罪悪が、いつか、人に不幸をもたらすという不可解な現象を描いてみました。

⑪沢富刑事シリーズ「女優」では、売名行為のために二人の漫才師を自殺に見せかけて殺すという、女優、桂子の愛情を利用した完全犯罪を描きました。中洲芸能大学の学生、田柴と崎山は、日本一の漫才師を目指して、漫才の稽古に打ち込んでいたが、卒業漫才が不評で卒業できなかった。そこで、やむなく学費を稼ぐために、二人は奇妙なバイトを始めることになった。そのバイトとは、人間の内臓を取り出すという気持ち悪いバイトで、崎山はどうにかこなしていたが、田柴にとっては苦痛を伴うものだった。次第に、田柴の体調がおかしくなり、ついには、精神異常に陥ってしまった。

 

 田柴は、次第に自殺願望が芽生え、一緒に死のうと自殺を崎山に持ちかけるようになった。困り果てた崎山は、田柴の彼女桂子にこのことを相談すると、田柴の自殺願望の原因は自分にあるといって、桂子も自殺したいと言い張った。崎山は、田柴の自殺願望は桂子が原因ではないとひたすら説得したが、桂子の自殺の意思は変わらなかった。結局、すべての責任は、自分にあると思った崎山は、自分も自殺する決意をした。

春日信彦
作家:春日信彦
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