小説の未来(6)

 私たちの感性、感情、思考、言語は、無意識に備わったものです。だから、無意識に自分の考えを信じ込んでいます。そして、信じ込んだ考えで生きています。このことは、自然なことなのですが、作家は、今ある自分の姿に疑問を持ち、今までと違った観点から自分を見つめようとするのです。その結果、いろんな登場人物を創作し、自分自身を多角的に考察しているのです。また、読者も登場人物とかかわりを持つことで作者と同様の考察をするのです。

 

 エドガー・アラン・ポーは、“推理とは、分析から生まれる”といったように記憶しています。小説を書くということは、概念と言語を組み立てていくことですが、同時に、作者は、時には苦痛を伴う自己分析をしているのです。また、多くのデータを集積すると“同時に”それらを解析しているのです。この“+Aと-Aが同時に起きる”という考え方は、数学の積分、物理の作用と反作用、医学の正常細胞と癌細胞、と同じと言えます。

 

思うに、小説を書くということは、自分を見つめようと思った時、誰もができる有効な自己分析手段ではないでしょうか。いわんや、プロに占有されるものではありません。アマの作家であっても、心の叫び声に耳を傾け、無心に書き続けるならば、新たに見えてくるものが、多々あるのではないでしょうか?まずは、自分を見つめるために、小説を書くという大海原に旅立ってみてはどうでしょう。

自作の補足解説

 

⑥三島シリーズ「片想い」では、中学校の生徒会長選挙における不正選挙事件を通して、理想像としていた父親に対する子供の純真な真心を描いてみました。主人公は、剣道部の男子部長、三島と女子部長、峰岸です。生徒会長の立候補者は、三島、渡辺、佐藤の三名で、開票前までは、圧倒的人気の三島が当確とうわさされていた。ところが、開票してみると渡辺が得票一位になっていた。選挙結果に生徒たちは疑惑を持ったが、生徒会長は渡辺に、次点の三島が副会長に決定した。

 

 副会長を指名された三島だったが、選挙結果に納得がいかなかった彼は、副会長の指名を断った。前評判通り、三島が生徒会長になるものだと思っていた渡辺も、自分が生徒会長に選出されたことに不信感を抱いた。また、三島に片思いをしている渡辺は、病気を理由に不登校になった。親友の柏木と峰岸は、三島が副会長を承諾すれば、渡辺が登校するような気がして、副会長になってくれるように二人は策を練った。

 

 そのころ、剣道部1年の晋太郎が自殺した。イジメが原因ではないかと三島は疑いをかけられたが、校内調査ではイジメの痕跡は現れなかった。後日、父親である安倍先生は、愛読書「剣の道」に挟んであった晋太郎の遺書を読んだ。そこで、初めて自殺の原因を知った。それは、父親の不正選挙への関与であった。千利休の“茶道”に触れた安倍先生は、自分の心をじっと見つめ、“子供の正義”を踏みにじったと後悔した。そして、わが子の許しを請うかのように、安倍先生は教職を辞職し、晋太郎の夢であった“剣道の普及”のために日本を旅立った。

一方、峰岸は、練習試合で三島から5本の内1本を取ることができれば、副会長になってくれる約束を三島に取り付けることができた。練習試合が始まると立て続けに三島に4本決められたが、峰岸の思いが天国の晋太郎に伝わったのか、晋太郎の亡霊が三島に襲いかかり、その瞬間、三島は金縛りにあった。その一瞬を見逃さなかった峰岸は、瀬戸際で引き胴の1本を決めた。この1本には、なにか納得がいかなかったが、三島は、潔く副会長を引き受けることにした。峰岸と柏木は、その朗報を渡辺に知らせたが、すでに、教頭は、渡辺を名門K中学に転向させる手続きを終えていた。

 

“不正行為”は、弱肉強食の資本主義経済社会で生きていくためには必要なものだ、と大人は納得できても、純真な子供にとっては、“絶望”をもたらすものであることを描きました。子供たちにとって、大人たちはいかにあるべきか?を問いました。また、剣道や茶道の日本文化が築き上げた“正義の精神”を現代の日本人は失いつつあるのではないか?という不安感が背景にあります。

⑦の企業犯罪シリーズ「地下室の妖気」では、高度経済成長期に起きた四大公害病の一つ「水俣病」を取り上げました。水俣病は、化学工業会社チッソの水俣工場が水俣湾に工場廃液を流し込み、その廃液に含まれていたメチル水銀が原因で起きた奇病です。1956年に公式確認され、水俣病とみなされる罹患者は、約7万人にも及んだ。今なお、損害賠償を求める訴訟は続いている。

 

主人公は、八代水産社員、大野聡(おおのさとし)30歳。八代水産社長夫妻には、水俣病に罹患した一人息子、シノブがいた。障がい者のシノブは、出生届がなされておらず、生まれてから現在に至るまで37年間、地下室で夫妻に保育され、歩くこともしゃべることもできないシノブは、あたかも植物人間の様に生き続けている。夫妻は、シノブに八代水産の跡取りを作ってほしいとかねがね思っていた。

 

サーファーヒカル
作家:春日信彦
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