小説の未来(2)

「ありふれた殺人」「蜜の罠」などは、同性愛が展開されていますし、「見えない子供たち」「長生きしてね」などでは姉弟愛、「恋占い」では兄妹愛が展開されています。おそらく、どんな作品でも人間関係を描く場合「愛」を抜きに書くことはできないでしょう。また、「愛」を中心に人間関係が描かれるからこそ、読者はドキドキ、ハラハラ、ワクワクするのではないでしょうか?多くの読者は、「愛」のドラマ展開に喜びを感じるのではないかと思います。

 

 当然、いろんなテーマがありますが、私の場合、大きなテーマとして、「愛」「家族」「国家」「戦争」「犯罪」などがあります。「犯罪」をテーマとしたものに、「地下室の妖気」「老婆の一撃」などがあります。「地下室の妖気」は、メチル水銀を含んだ廃液を無処理で水俣湾に流し、そのことによって水俣病を引き起こした企業の犯罪について、「老婆の一撃」では、血友病患者への非加熱製剤投与によって、エイズ患者を増加させた製薬会社の犯罪について書いてみました。

 

 具体的なテーマは、無限にあると言えますし、同じテーマでも作家によって全く違った作品が出来上がる事でしょう。「謎解き」をテーマとした当初から計算された小説もあります。刑事や探偵が殺人事件を解決する推理小説です。この手の作品では、登場人物やアリバイ工作や殺人方法に工夫が凝らされ、さらに読者を迷路に誘い込むような罠も仕掛けられていて、読者は刑事や探偵と一緒になってなぞ解きを楽しみます。

                         多くの取材は必要ですか?

 

 取材にもいろいろありますが、ノンフィクション小説を書くうえでは、多くの取材は欠かせないでしょう。でも、フィクションを書くのであれば、取材をしてもその取材した内容の使い方が違ってきます。「母性の罪」では、姫島で起きた事件を書いたわけですが、姫島で起きた事実の事件を書いたのではありません。孤島という個性を利用した架空の事件を創造し、日常では味わうことができない情動を読者に与えるわけです。

 

 はっきりわかりませんが、多くの作家はなんらかの取材をしているのではないかと思います。でも、その目的は、小説を書くうえでその内容を参考にするということであって、取材した内容をそのまま書くということではありません。私の場合、取材で得た見聞から思いもよらないヒントが得られることがあります。誰しも先入観というものがありますから、取材することによって、目から鱗が落ちる、ということがあるわけです。

 

 軍人とか原発労働者になっての実体験取材は、知識と感性を豊富にします。そして、体験を豊富にすることは、小説を書くうえで役に立つように思われます。でも、体験が豊富になったからと言って、小説が書けるわけではありません。確かに、体験はドラマ展開に役立ちますが、フィクション小説は自分の体験を書くのではないのです。前述したように自分の心を見つめることが大切で、自分の心をしっかり見つめることができるようになって初めて、自分の体験が作品に生かされてくるのです。

なるべくありのままに自分の実体験を書く私小説では、自分をしっかり見つめることになるので、最初に私小説を書かれるのもいいかもしれません。小説を書くうえで大切なことは、体験したことをしっかり見つめ、自分の個性をさらけ出すことです。作者の個性が、オリジナルな作品を生み出す原動力になると思っています。作品作りには、テクニック以上に作者の心が大切だと思います。

 

作家としての心構えみたいなものはありますか?

 

 これから、たくさん小説を書きたいと思っておられる方への助言ですが、最初からテーマを決め、ドラマ展開を考え、傑作を書くぞと意気込むのも結構ですが、自分の内面を見つめながら自分なりの“おいしい料理”を作る気持ちで書かれてはいかがでしょうか?私は、お客さんに賞味していただく料理を作るような気持ちで小説を書いています。自分の書いた小説をおいしいと思う方もいれば、まずいと思われる方もいるわけです。

 

 前述したように、小説は料理のようなものではないかと思っています。同じ豚骨ラーメンでも作る人によって味は変わります。同じ殺人事件を扱った推理小説でも殺人方法の工夫や登場人物の言葉遣いによって、作品の味がガラッと変わってきます。やはり、小説の味は、作者の全人格が醸し出されると考えた方がいいと思います。小説という料理は、書き手の味がにじみ出るわけですから、自分という個性にこだわって、オリジナルな作品に挑戦していただきたいと思います。

ラーメンでも、みそラーメンが大好きだという方もいれば、豚骨ラーメンが大好きだという方がいるわけですから、料理人は自分が得意とするラーメンを提供し、お客様に賞味していただければいいのではないかと思います。小説にも同じようなことが言えると思うので、作家は自分が得意とする作品をたくさん書いて、多くの方に読んでいただき、いろんな批評を得ることが大切ではないかと思います。

 

 陳腐な言い方ですが、小説も「量から質」ではないでしょうか。たくさん書いて多くの批判を受けて、少しずつ質が向上すると考えればいいと思います。最初から読者を満足させられる作品は、そう簡単にはできないと思います。根気良く、自分の心や性格を見つめ、じっくりと作品作りに取り組んでいただきたいと思います。真摯に自分を見つめて書かれた作品は、読者を感動させられると思います。

 

インターネットが情報ツールの中核をなし、さらに人間以上の知能を持つAIが登場するに至った現在、賞、俳優、TV、マスコミなどを利用し、販売部数を一時的に増やすやり方は、やむをえないのかもしれません。でも、小説を書くということは、読者に“生きる喜びと感動”を与えるものであってほしいと思います。最近、市販作品にウケ狙いに終始した作品が増えているように見受けられますが、このような傾向は、作家の質を低下させるのではないかと懸念しています。

春日信彦
作家:春日信彦
小説の未来(2)
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