ガンプラの日

小さな恋

 

 鳥羽のメールは、テーブルの上に置かれていたスマホの着信音を鳴らした。担任の先生からだと思ったさやかは、スマホを手に取ると、素早く、メールを開いた。意外にも、鳥羽からだった。早朝から二人でアキバに行き、今、福岡空港に到着したとのメールを受け取ったさやかは、寝込んでいるアンナのところに跳んでいった。アンナは、そのメールを読んで、ホッと安心した表情をするとドッと涙を流した。さやかは、亜紀が無事だったことに涙を流したと思った。

 

 だが、アンナの涙は、さやかが思っていた涙ではなかった。亜紀の気持ちを分かってあげられなかった自分のふがいなさに涙したのだった。もっと、亜紀と会話していれば、もっと、一緒に遊んでやっていれば、亜紀の気持ちも理解でき、自分がアキバに連れて行ってあげられたと思った。また、亜紀と一緒にアキバに行ってくれた鳥羽のやさしさに感謝した。でも、黙って連れて行ったことは、許せなかった。

 

 さやかは、鳥羽からのメールをアンナに知らせた後、すぐに、小太り刑事にも知らせた。知らせを受けた二人の刑事は、即座にアンナの自宅に向かった。630分過ぎに到着した二人の刑事は、駐車場で鳥羽と亜紀の帰宅を待った。都市高速を使って空港から約40分かかると考えると、650分ごろにタクシーは到着すると計算した。気落ちしてしまったアンナは、起き上がることができず、まだ寝床の中だったが、さやかは、玄関の中で拓実と一緒に待つことにした。

 ひろ子は、なるべく早く帰宅できるように都市高速を使うことにした。空港通り入口から乗り上げ、福重(ふくしげ)出口を降りたAIタクシーは、655分に平原歴史公園(ひらばるれきしこうえん)に到着した。ひろ子は、駐車場のグレーのスイスポと顔見知りの二人の刑事を見つけると、チャットちゃんに指示を出した。「グレーのスイスポの左横に駐車して」即座に、チャットちゃんが、「了解」と返事するとAIタクシーは、バックでスイスポの左横に停車した。

 

待ち構えていた小太り刑事とヒゲ刑事は、現行逮捕をするかの如く、素早く、AIタクシーに駆け寄った。ひろ子も即座に飛び出すと血相を変えた二人の刑事にあいさつした。「あら、男前の刑事さん。奇遇じゃない。アキちゃんとトバ君は、私に任せて。事情は、メールで分かっているでしょ」亜紀と鳥羽が降りると、鳥羽を先頭に二人を玄関に向かわせた。ひろ子は、亜紀の後をゆっくりついて行った。

 

 伊達は、多少なりともお説教をしてやろうと意気込んでいたが、ひろ子の顔を見ると何も言えなかった。「先輩、ひろ子さんに任せましょう。きっと、うまくやってくれますよ。トバ君も、心底、反省してるはずです。今回は、許してあげてください。お願いします」沢富は、鳥羽の過ちを責めるより、亜紀ちゃんへの優しさを褒めたかった。おそらく、神様は、将来、二人を結びつけるために、こんないたずらを仕組んだのではないかと思えた。

 そっと、玄関を入った鳥羽は、踊り場に立って待っていたさやかの顔を見て、深々と頭を下げた。さやかは、無事に帰ってきた二人を見て、ちょっと微笑み、アンナの寝室に駆けていった。アンナは、ふてくされた顔で玄関にやってきた。心の底から怒りがこみ上げていたが、なぜか、無事に戻った二人の顔を見ると怒鳴る気になれなかった。「さあ、上がりなさい。人騒がせな、二人ね。今度から、出かけるときは、行き先を言いなさい。分かった」

 

 鳥羽は、踊り場に駆け上がると、アンナの前で正座した。そして、「ごめんなさい、ごめんなさい」と言って、土下座した。それを見ていた亜紀も、素早く、鳥羽の後ろに正座すると土下座した。二人の姿を見ていると、先ほどまで爆発しそうだった怒りが一瞬にして消えた。なぜか、突然、笑いが込み上げてきた。「二人とも、十分反省したみたいね。鳥羽君は、おにいちゃんでしょ、もっとしっかりしなきゃ」頭をあげた鳥羽は、泣きそうな顔で、もう一度「ごめんなさい」といった。

 

 アンナは、腕を振り上げると、今にも殴るふりをした。亜紀は、おにいちゃんが殴られると思い、目を細めた。アンナは、勢いよくゲンコツの腕を振り下ろした。だが、コツン、と小さなゲンコツを食らわせて、ニコッと笑顔を作り立ち去った。ホッとした亜紀は、ぴょんと跳び上がり、鳥羽に抱きついた。“おにいちゃん、ありがとう、おにいちゃん、ありがとう”と心の中で何度も叫んだ。

春日信彦
作家:春日信彦
ガンプラの日
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