十
佐藤小夜子、という名前が分かった。小谷兄弟は意気揚々と帰宅した。しかも噂からすると佐藤克男の実子ではない。
綾部市で検索するほかない、ネットの情報がゼロなのは、姓が変わった可能性が大だった。佐藤つながりで、佐藤智という教諭の写真が見つかった時、兄弟は顔を見合わせた。
誰かに似ている、祖父の大きな目が思い浮かんだ。高校に電話してみると、該当者はいない、という。
京都府まで広げると、意外にも佐藤小夜子が出てきた。同人誌新人賞、講演会のパネラーなどだが、いずれも古い、タイトルだけの情報である。
彼女の弟の佐藤克史に至っては、日本にいる気配すら見つからない。
個人情報にたどり着くのは難しい。小夜子はなんという姓になったのか。
「待てよ、息子が、もしこの智さんが息子だとして、佐藤姓だということは多分彼女も旧姓のままだということだ。ただ、その後また姓が変わったのかもしれない」
探偵でもない限り、関係者に聞いて回ることはできない相談だった。ついに興信所が必要になるのか。
小谷一家は、とりつかれたように佐藤佐藤と頭の中で言い続けた。
そのせいで、研修医が配置されるという書類の中に、希望していた外科のインターンの名前を見たとき、「佐藤」はすぐに目に飛び込んだ。
書類には、生地、綾部市、父親は佐藤克史とある。ついに向こうから情報がやってきたのだ。つまり、このインターンとは血の繋がりはないのだが、ここからは芋づる式に辿れるはずであった。
小谷家三代、リビングに円座して、思いもかけず故小谷篤から差し出された一縷の希望に、みんなが心を託して静かに顔を見合わせた。
十一
野分が吹き荒れて、庭にかなり被害が出た頃、田川小夜子は佐藤小夜子に戻り、田川からもらった少しの賠償金で当座をしのぎ、生活保護の申請に向かう事態になっていた。
こんなことになってもちろん気落ちしていたが、小夜子にはどこかネアカな所がある。人生の最初は両親に愛されて、大事に育てられたからだと思っている。死ぬまでの日々を自分なりに生きていくほかない、誰の助けも借りなかった、ちゃんとして生きてきたでしょ、と小夜子は天を仰ぐ。
青空を星屑を、山のざわめきを遠海の潮鳴りを、しみじみと感得すると、心身がそこへとけ入るようないつもの気持ちだ。
大丈夫だよ、と大きな声が木霊のように返ってきたような気がした。孤独や不安、怒りと恨み、失望と絶望、小夜子の体験した苦悩は、野に立つ彼女の傍をさわさわと通り過ぎて行き、唯一彼女のものである愛する気持ちだけがしっかりと全身に満ちた。
「この愛は誰にも邪魔させない。智とその子たち、君たちを愛するという自由が私の本質なのだから」
郵便受けに分厚い手紙があった。
そこには小谷一家の、亡父小谷篤の、異母兄小谷篤志の、甥の小谷篤彦のどうか助けて、という声が詰まっていた。
小夜子、智、海斗、和樹、瑠璃の四人の血族が控えていた。
了