夢のネックレス

「お母ちゃん、おじいちゃん、お姉ちゃん、ごめんなさい」とつぶやき、将棋盤と駒を燃えないゴミ専用の黄色い袋に押し込み、ガムテープでぐるぐる巻きにしてしっかりと包み込んだ。「今まで、ありがとう」と黄色い袋に包まれた将棋盤と駒に声をかけ、もう一度、深々と一礼した。神様にお供えするように両手でそっと黄色い袋を持ち上げたヒフミンは、勝手口から裏庭に回り込んだ。

 

裏庭に用意していた小さなシャベルを手にすると深さ50センチほどの穴を掘った。ひんやりとした穴の底をしばらく見つめ、「さようなら」と黄色い袋に声をかけるとそっと穴の底に置いた。そして、また、穴の底でこれから眠り続ける黄色い袋をしばらく見続けた。意を決しシャベルを手にしたヒフミンは、ザクッと土をすくい、少しずつ黄色い袋の上に土を流し込んでいった。完全に埋め尽くすと右足で何度もドシドシと踏み固めた。その埋められた穴の上に両足で直立したヒフミンは、両手を合わせ、奇跡を神に祈った。

 

                南の島のおじいちゃん

 

 亜紀は、この夏休みにぜひとも、南の島に住んでいるおじいちゃんに会いたかった。亜紀は、一度も会ったことがなく、電話で話したこともなかった。時々やってくる執事の優しいおじさんにおじいちゃんのことを尋ねてみたが、白髪のイケメンで世界一の金持ちだということぐらいしか話してくれなかった。そんなおじいちゃんのことを時々想像したが、身体はやせ細って、顔はしわくちゃなおじいちゃんの姿しか頭に浮かばなかった。

 夏休みが終わらないうちにどうにかして会いたいと思った亜紀は、さやかがやってくる8月11日、“山の日”の夕食のときアンナとさやかにお願いすることにした。さやかの身体検査は一通り終了していたが、5月初旬に極秘で急きょ入院した会長の看護のため帰宅することができなくなっていた。今夜は、最近なんとなく元気のない亜紀を喜ばすために家族全員でバーベキューをしようと特別に許可を得て帰宅したのだった。午後6時にバーベキューの準備が整い、テラスの前の庭に、アンナ、さやか、亜紀、拓実、ピース、スパイダー、たちは集まった。

 

 アンナは、みんなに声をかけた。「焼けてきたわよ、さあ、食べましょう」アンナは、拓実のために肉を小さく切って口に入れてあげた。亜紀は、よだれを垂らしお座りしているスパイダーの取り皿にお肉を一切れ置き、お肉を食べないピースには、キャットフードをお皿に注いだ。アンナは、腰に手を当て、胸を張って大声を張り上げた。「今日のお肉は、バリ高級佐賀牛よ。お腹が爆発するぐらい食べていいわよ」

 

 亜紀は、ワオ~~と歓喜の声をあげ、尋ねた。「マジ、どこで買ったの?」アンナは、即座に答えた。「前原のフードウェイ。ここのは、はずれがないわね」ペロリとたいらげたスパイダーは、前足でステップを踏んで亜紀におねだりをしていた。「ママ、スパイダーに、もっとあげてもいい?」アンナは、スパイダーのための肉も用意していた。「スパイダーには、これ。まったく、底なしにガッツクンだから」アンナは、スパイダー用の牛肉が盛られたお皿を亜紀に手渡した。

 

 亜紀は、アンナの顔色を窺っていた。お肉を食べて機嫌がよくなった頃合いを見て、おじいちゃんの話を切り出すことにした。「ママ、夏休み、どこか、旅行に行きたいな~、できれば南の島」アンナは、拓実が生まれてから旅行に行く気分になれなかった。さやかが一緒であれば、考えなくもなかったが、まだ、さやかは旅行に行ける様子ではなかった。「そうね~、拓実がもう少し大きくなったら、さやかも一緒にハワイにでも行こうかしら、ネ~さやか?」

 

さやかは、桂会長の入院さえなければ、この夏にでも行けるのにと思ったが、会長の入院については話すわけにはいかなかった。「旅行でしょ、そういえば、このところ行ってないな~。来年は、拓実ちゃんも3歳になることだし、来年の夏は、ハワイに行くとしようか」来年と聞いた亜紀は、がっかりした。どうしても、この夏におじいちゃんに会いたかった。「来年じゃダメ、この夏に行きたい。おじいちゃんがいる南の島に行きたい。いいでしょ、ママ。お願い」おじいちゃんと聞いたアンナは、目を丸くしてさやかを見つめた。

 

 さやかもおじいちゃんと聞いて、どぎまぎしてしまった。と言うのは、今年の8月15日、終戦記念日で77歳になる桂会長は、今年の5月初旬から前立腺癌で志摩総合病院に入院していたからだ。このことは、極秘事項でアンナにも知らせることができなかった。たとえ急死しても、即座には報道されないことになっていた。さやかは、なんと言って亜紀の気持ちを変えさせようかと思ったが、それかといって、会長がいつまで生きながらえるか心配されていた。

 この機会を逃したために会長に会えなくなれば、さやかの罪のようにも思えた。会長の入院をアンナに知らせ、二人に面会させるべきだとは思えたが、本当のことが言えない今、亜紀に何と言って話をごまかそうかと頭をひねった。「おじいちゃんね、世捨て人というか、ちょっと変人なのよ。孤独が好きみたいで誰とも会わない人なのよ。とにかく、お姉ちゃんに任せて。会えるように、掛け合ってみるから。亜紀ちゃん、いい」

 

亜紀の胸は、会いたい気持ちで、はちきれそうだった。一目でいいから、この夏に会いたかった。「どうしても会いたい。さやかお姉ちゃん、必ずよ。この夏に、必ずよ」さやかは、掛け合うと言ってみたもののドクターから承諾を得る自信はまったくなかった。会長の病状の事実は、肉親にだけは知らせてもいいのではないかと思ったさやかは、早速明日にでも、面会のことをドクターに電話で聞いてみることにした。

 

亜紀の横で話を聞いていたピースもおじいちゃんに会いたいと思った。「亜紀ちゃん、ピースも会いたいな~。南の島に、一緒に連れて行ってよ」ピースを抱きかかえるとピースを見つめうなずき、さやかに追い打ちをかけた。「会えるかどうか、いつわかるの?明日?明後日?」亜紀は、いてもたってもいられなくなった。スパイダーも話に割り込んできた。「ボクも、一緒に行きたい。留守番はイヤだ」亜紀は、是が非でも会う決意をした。「もし、ダメって言われたら、亜紀が直談判する。もう、会うって、決めたんだから」

サーファーヒカル
作家:春日信彦
夢のネックレス
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