天の川

教師の資格もないものが授業をして、英語を習い始めた1年生に英語を嫌いにさせては、申し訳ないと思い、ゆう子は、即座に断った。「それは、できません。教師の資格もないし。家庭教師の経験はあるけど、教壇に立って教えるなんて、絶対にできません。生徒たちから、ダメ出しを食らうに決まっています。きっと、校長に迷惑をかけることになります。授業を見学させていただくだけで、十分です」

 

校長は、うなずき、返事した。「先生の補佐として、教えてもらうのよ。でも、見学だけでは、ダメ。教壇に立って教えて初めて、教えるということの喜びが実感できるの。とにかく、自分なりに情熱をもって全力で教えてみなさい。英語の勉強は楽しい、っていう気持ちを伝えればいいの。自分の気持ちに素直になれば、必ずできます。英検1級を持ってるじゃないの、自信を持ちなさい。よし、大学を卒業したら、糸中の英語の先生をしなさい。そして、英語の成績、全国一にしなさい。分かった?」

 

ゆう子は、躊躇したが、校長の好意を無駄にしたくなかった。とにかくやってみる決意をしたゆう子は、目を輝かせ、返事した。「はい、やってみます。自分の気持ちを伝えてみます。生徒を前にすれば、今までに無かった自分が現れてくれるかもしれません。ダメ出しを食らうかもしれません。でも、それが現実の自分だと思います。ぜひ、チャレンジさせてください。後輩に胸が張れる先輩になれるように、全力でやってみます」

 

校長は、ニコッと笑顔を作り、うなずいた。「そうよ、それでいいの。誰だって、弱いものなの。自分を責めずに、チャレンジしなさい。与えられた道なんてないのよ、道なんて、歩いた後にできるの。手探りでいいの。転ぶこともあるし、傷だってできる、泣きたい時だってある、もう歩きたくないって思う時もある、でも、それでも、歩くの。歩くことが、それが、人生よ。第一歩を踏み出しなさい」

 

校長は、ゆう子が口に出さなくとも、心の奥底に消すことができない悩みをちゃんと知っていた。それは、天国に行ってしまった勇樹への恋心との葛藤だった。「ゆう子、少しは、元気が出た?誰だって、弱いのよ。先生も同じ。強がっているだけ。何回も失恋して、結婚も失敗して、心は傷だらけ。でも、生きてる限り、歩き続けなくっちゃ。ゆう子のひこ星も、きっと、ゆう子が歩き出すことを願っていると思う」

 

そう言い終えた校長は、そっと席を立ち、窓際から掛け声を出し合い練習に励む野球部員たちを見つめた。“ひこ星”ゆう子は、ハッとした。どうして、そんなことを。突然、脳裏のスクリーンに夜空に光り輝く天の川が現れた。そして、西の夜空を懸命に走っているひこ星が、東の夜空の寂しそうなゆう子姫に声をかけた。「しょげた顔は、似合わんばい。さあ、走らんか、なんばしよっとか」

春日信彦
作家:春日信彦
天の川
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