天の川

美緒は、なんだか話が難しくなり、しかめっ面になってきた。「美緒は、バカだから、難しいことはわかんないけど、とにかく頑張って、大学に行きたい。そして、サワピ~と結婚したい。でも、こんなバカでも、行けるの?今の偏差値じゃ、絶望的、あ~~、どうしよ~~」顔を両手で覆った美緒は、悲鳴を上げながら激しく顔を左右に振った。ゆう子もこれから頑張っても、なんだかF大学に合格できそうにないように思えてきた。

 

ここ数年、福岡市の人口が増加するにつれてF大学の志願者も増加していた。来年度はもっと競争率が高くなるのではないかと不安になった。高望みをするより、自分の背丈にあった大学を狙った方が、美緒のためではないかと思った。不合格になって、再挑戦するために浪人したとしても、美緒の記憶力を考えるとF大学に合格するほどまでに偏差値が上がるようには到底思えなかった。

 

ゆう子は、美緒の気持ちを今一度確認した。「美緒、どうしてもF大学に行きたいの?もっとやさしい大学とか、短大じゃ、ダメなの?」美緒は、一瞬、考え込んだ。F大学にこだわらなくても、もっと偏差値の低い大学があるのか。そう思った時、サワピ~の顔が思い浮かんだ。サワピ~は、ブサイクでアホそうに見えるけど、東京からやってきた刑事だもの、きっと一流大学を卒業している、そう思った瞬間、やっぱ、F大学に行きたくなった。

「まあ、そういわれるのも、もっともなんだけど。九州の私立大学としては、F大学って、東京じゃ、結構有名っていうじゃない。サワピ~は東京から福岡にやってきたと言ってたの。だから、きっと、東京の一流大学を出てると思うのね。だから、できれば、東京でも有名なF大学に行きたいの。高望みとは分かっているけど、どうにかしていきたい。やっぱ、こんなバカじゃ、無理?」

 

ゆう子は、励ましたい気持ちはやまやまだったが、今の美緒の学力では無理だと思った。諦めた方がいいと言いたかったが、そんな冷たいことは言えなかった。「まあ、やるだけは、やりましょう。とにかく、応援するから。死ぬ気でやれば、何とかなるわよ。やるっきゃない、ガンバ」美緒は、目を吊り上げ、右手の拳骨を作り、ガッツポーズをとった。「死ぬ気でやってみせる。サワピーと結婚できるなら、死ぬ気でやれる。先輩、やります、ビシビシ特訓してください、お願いします」

 

美緒のやる気には、感心したが、単なる片思いでサワピ~と結婚できると思い込む気持ちは、まったく理解できなかった。でも、いかなる理由であれ、ポジティブであることが大切で、その結果、目標が達成できれば、それでいいように思えた。大学に入学できても、毎日ぼんやりして、怠惰な生活を送っている自分が恥ずかしくなった。その時、いつも気合を入れてくれた篠田教頭の顔が脳裏に浮かんだ。

ゆう子姫とひこ星

 

篠田教頭は、日本労働党公認で参議院議員に立候補するために辞職を申し出ていたが、糸島中学をさらに発展させてほしいと教育委員会に説得されて、今年度から糸島中学校長に着任した。ゆう子は、夏休みに入る前に、大学合格の報告をしたかった。校長と約束を取ったゆう子は、糸島中学校長着任祝いもかねて篠田校長に会いに行くことにした。約束の午後3時、歴史を感じさせる檜木で作られた格調高い校長室のドアを2度ノックした。それに応えるように、即座に、威厳のこもった懐かしい声が返ってきた。「お入りなさい」

 

ゆっくりドアを開け、そっと中を覗き込むと、すっと立ち上がる金縁メガネの校長の姿が目に飛び込んできた。「お入んなさい。久しぶりね」両手を重ねて前にそろえたゆう子は、ソファーまでおしとやかに歩いて行った。「少し、大人になった感じじゃない。聞いたわよ、見事、F大学に合格したって。合格おめでとう。夢への第一歩ね。さあ、お座んなさい」夢を失っていたゆう子は、何か後ろめたい気持ちで、うつむいてゆっくり腰かけた。

 

「元気がないわね。そんな、暗い顔をして、もう、大学生なんだから、シャキッとしなさい」校長の声を聞いているうちに、中学の頃、ITC48の仲間と無我夢中でダンスを踊っていた自分の笑顔が、脳裏のスクリーンいっぱいにクローズアップされた。その時、何か、夢の原点に返ったように思えた。笑顔を作ると左手に持っていた菓子折りを差し出した。

「無事、F大学に合格できました。報告が遅くなって、申し分けありません。教頭、あ、校長に、いろいろとご指導いただいたおかげです。ありがとうございました。校長に昇格されたんですね。すごいですね。おめでとうございます。これからますます、糸中も有名になりますね」校長は、ほめられて苦笑いした。「そう、5月のゴールデンウィークに、横山がT大学合格の報告に来たわ。ゆう子に会いたいって、言ってたわよ」

 

横山からは、合格してすぐに報告を受けていた。里帰りした時には、会いたいとも言っていた。「はい、夏休みの里帰りのときに、会いたいと思っています。さすが横山。横山だったら、世界一の裁判長になれると思います。それに比べ、何か、ダメなんです。自分でもわからないです。なぜか、やる気が出ないんです。授業中も、ぼんやりして、集中できないんです。せっかく、英語科に入れたというのに。やはり、教師に向いてないってことでしょうか?」

 

中学のころと一向に変わってないと思い、一度、うなずき、返事した。「中学のころと、まったく、変わってないわね。素直なようで、素直じゃない。要は、教師になりたいという強い意志はないってこと。でも、誰だって、自分のことって、わかんないものなのよ。わたしだって、教師に向いていると思って、教師になったわけじゃないわ。とにかく、チャレンジしたの。やってみなくちゃ、自分も見えてこないのよ。案ずるより産むがやすし,って言うでしょ」

春日信彦
作家:春日信彦
天の川
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