天の川

好みは十人十色だから、美緒の言うことに反論はなかったが、美緒がおじさん好みであることに、ただただ驚いた。「まあ、ヘンってことはないと思うよ。恋愛に年の差はないと思うし、芸能人には30歳以上離れた夫婦もいるじゃない、ヘンじゃないけど、驚いたな~~。結婚したいってことは、相手の刑事さんも結婚する気があるってこと?」返事に詰まり、美緒はしばらく黙っていたが、単なる片思いである事を告げた。

 

「まあ、そういわれると、なんだけど、単なる片思い。何回かデートしているうちに、わかんないけど、結婚したいって思うようになったの。やっぱ、ヘン?」ゆう子も小学生のころから好きだった勇樹のこと思い出したが、好きになった具体的な理由は思い当たらなかった。好きという気持ちに理由はないように思えてきた。しかも、今でも勇樹のことを思っている自分がいることに、いまさらながら不思議に思えてきた。

 

「美緒は、美緒でいいと思う。恋愛に関しては、おくてだし、自分でもよくわかんないし。とにかく、理由はともあれ、大学に進学することは、将来の選択肢を増やすことになるじゃない。わたしも、表向きは、教師になりたいと思って大学に進学したんだけど、本音は、大学で自分の将来のことをじっくり考えたい、って思ったの。今、将来のことを考えているんだけど、自分は何をしたいのか、さっぱりわかんないって感じ。でも、こんなに悩める時間が持てるなんて、贅沢よね。大学生の特権じゃない」

美緒は、なんだか話が難しくなり、しかめっ面になってきた。「美緒は、バカだから、難しいことはわかんないけど、とにかく頑張って、大学に行きたい。そして、サワピ~と結婚したい。でも、こんなバカでも、行けるの?今の偏差値じゃ、絶望的、あ~~、どうしよ~~」顔を両手で覆った美緒は、悲鳴を上げながら激しく顔を左右に振った。ゆう子もこれから頑張っても、なんだかF大学に合格できそうにないように思えてきた。

 

ここ数年、福岡市の人口が増加するにつれてF大学の志願者も増加していた。来年度はもっと競争率が高くなるのではないかと不安になった。高望みをするより、自分の背丈にあった大学を狙った方が、美緒のためではないかと思った。不合格になって、再挑戦するために浪人したとしても、美緒の記憶力を考えるとF大学に合格するほどまでに偏差値が上がるようには到底思えなかった。

 

ゆう子は、美緒の気持ちを今一度確認した。「美緒、どうしてもF大学に行きたいの?もっとやさしい大学とか、短大じゃ、ダメなの?」美緒は、一瞬、考え込んだ。F大学にこだわらなくても、もっと偏差値の低い大学があるのか。そう思った時、サワピ~の顔が思い浮かんだ。サワピ~は、ブサイクでアホそうに見えるけど、東京からやってきた刑事だもの、きっと一流大学を卒業している、そう思った瞬間、やっぱ、F大学に行きたくなった。

「まあ、そういわれるのも、もっともなんだけど。九州の私立大学としては、F大学って、東京じゃ、結構有名っていうじゃない。サワピ~は東京から福岡にやってきたと言ってたの。だから、きっと、東京の一流大学を出てると思うのね。だから、できれば、東京でも有名なF大学に行きたいの。高望みとは分かっているけど、どうにかしていきたい。やっぱ、こんなバカじゃ、無理?」

 

ゆう子は、励ましたい気持ちはやまやまだったが、今の美緒の学力では無理だと思った。諦めた方がいいと言いたかったが、そんな冷たいことは言えなかった。「まあ、やるだけは、やりましょう。とにかく、応援するから。死ぬ気でやれば、何とかなるわよ。やるっきゃない、ガンバ」美緒は、目を吊り上げ、右手の拳骨を作り、ガッツポーズをとった。「死ぬ気でやってみせる。サワピーと結婚できるなら、死ぬ気でやれる。先輩、やります、ビシビシ特訓してください、お願いします」

 

美緒のやる気には、感心したが、単なる片思いでサワピ~と結婚できると思い込む気持ちは、まったく理解できなかった。でも、いかなる理由であれ、ポジティブであることが大切で、その結果、目標が達成できれば、それでいいように思えた。大学に入学できても、毎日ぼんやりして、怠惰な生活を送っている自分が恥ずかしくなった。その時、いつも気合を入れてくれた篠田教頭の顔が脳裏に浮かんだ。

ゆう子姫とひこ星

 

篠田教頭は、日本労働党公認で参議院議員に立候補するために辞職を申し出ていたが、糸島中学をさらに発展させてほしいと教育委員会に説得されて、今年度から糸島中学校長に着任した。ゆう子は、夏休みに入る前に、大学合格の報告をしたかった。校長と約束を取ったゆう子は、糸島中学校長着任祝いもかねて篠田校長に会いに行くことにした。約束の午後3時、歴史を感じさせる檜木で作られた格調高い校長室のドアを2度ノックした。それに応えるように、即座に、威厳のこもった懐かしい声が返ってきた。「お入りなさい」

 

ゆっくりドアを開け、そっと中を覗き込むと、すっと立ち上がる金縁メガネの校長の姿が目に飛び込んできた。「お入んなさい。久しぶりね」両手を重ねて前にそろえたゆう子は、ソファーまでおしとやかに歩いて行った。「少し、大人になった感じじゃない。聞いたわよ、見事、F大学に合格したって。合格おめでとう。夢への第一歩ね。さあ、お座んなさい」夢を失っていたゆう子は、何か後ろめたい気持ちで、うつむいてゆっくり腰かけた。

 

「元気がないわね。そんな、暗い顔をして、もう、大学生なんだから、シャキッとしなさい」校長の声を聞いているうちに、中学の頃、ITC48の仲間と無我夢中でダンスを踊っていた自分の笑顔が、脳裏のスクリーンいっぱいにクローズアップされた。その時、何か、夢の原点に返ったように思えた。笑顔を作ると左手に持っていた菓子折りを差し出した。

春日信彦
作家:春日信彦
天の川
0
  • 0円
  • ダウンロード

24 / 31

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント