天の川

あまりにも覚えが悪い美緒のことが嫌いになったのではないかと不安に思い、うつろな眼で壁を見つめているゆう子に声をかけた。「先輩、元気ないですね。何か、心配事でもあるんじゃないですか?」声をかけられたゆう子は、ハッと我に返り、返事した。「え、どうしたの?あ、勉強ね。もう、9時過ぎてるじゃない。ごめん」ゆう子が立ち上がろうとした時、美緒が先に立ち上がった。「先輩、最近、ぼんやりしてますよ。何かあったんじゃないですか?一人で悩むのは、よくないと思います。美緒でよかったら、話してください」

 

学校でもぼんやりして、授業にも身が入っていないことは、自覚していた。特に、悩みがあるわけではなく、今一つ、気合が入らないのだった。将来のことを考えれば考えるほど、自分のやるべきことが分からなくなり、勉強していても集中力が続かず、いつの間にかぼんやりしてしまうのだった。最近では、友達と話をしていても、「聞いてるの?」って言われるようになっていた。

 

勉強机の左横の丸椅子をひょいと右手で持ち上げ、、ゆう子の前に置くとドスンと腰かけた。そして、憂鬱そうなゆう子の顔をグイッと見つめると美緒は語気を強めて言い切った。「もしかして、美緒があまりにもバカだから、教えるのがあほらしくなったんでしょ」ゆう子は、自分の態度がそんな風に思われていることに愕然とした。背筋をピンと伸ばし、マジな顔つきで即座に打ち消した。

「違うわよ。美緒は、熱心だし、頑張り屋じゃない。ほら、今回の模擬試験の英語の偏差値、2も上がっていたじゃない。頑張ったじゃない。この調子。きっと、合格できる」美緒は褒められてうれしかったが、素直に信じることができなかった。「でも、本当に、合格できるの?こんなバカでも。美緒は、どうしても合格したいのよ。頼りは、先輩しかいないし。この通り、見捨てないでください」

 

美緒は、観音様に拝むように両手を顔の前で合わせ、頭を下げた。ゆう子は、あまりにも真剣な美緒に度肝を抜かれた。「やめて、そんなの。美緒は、大丈夫よ。きっと、合格できるって。でも、どうして、そんなに大学に行きたいの?確かに就職難だけど、女子は、大学に行かなくっても、就職できると思うけど。何か、資格を取りたいの?」美緒は、大学に行きたい理由を即座に言えなかった。

 

大学に行きたい理由は、おっさんデカことサワピ~と結婚したかったからだったが、そんなことを言えば、笑われるような気がして、口にできなかった。美緒は、うつむいてしょげてしまった。「何か深いわけでもあるの?大学に行くことは、すっごく、いいことだから、応援するけど、美緒の頑張りを見てるとマグマのような熱い気持ちを感じるの。ゆう子は、そんな美緒を見習いたいのよ。参考までに、聞かせてほしいな」

もし、黙っていると、ゆう子を怒らせてしまうようで、それかといって、おっさんのサワピ~と結婚したいから、といえば笑われるような気がして、どうしていいかわからず、顔が真っ赤になってしまった。「いいのよ、人に言えないこともあるし、悪かったわ。美緒は、向上心があって、大学を目指しているんだから、理由はともあれ、立派なことよ。それに比べて、優柔不断で、勉強もろくにせず、のほほんと毎日を過ごしてる自分が、情けない。美緒を見習わなくっちゃ」

 

美緒は、何か買いかぶられてしまったようで、ここのままでは、気持ちの整理がつかなくなってしまった。「先輩、別に言えない理由じゃないんです。大それたことじゃないんです。絶対に、笑わないでください。いや、やっぱ、笑われる」美緒は、顔を激しく左右に振った。大学進学の理由で笑うようなことがあるとは、考えられなかった。「何言ってるの。笑うだなんて。美緒の熱い気持ちを見習いたいだけよ」

 

美緒は、笑われると思ったが、黙っていると負い目を感じて勉強に身が入らなくなるような気がして、恥を忍んで、一気に話すことにした。「本当に、笑っちゃ、いやよ。約束して、先輩」眉毛を八の字にしたゆう子は、いったいどういうことかと首をかしげた。「笑うだなんて、とんでもない。聞かせて、美緒」美緒は、大きく深呼吸すると、10メートルの高さの飛び板から、真っ逆さまに飛び降りる覚悟で声を発した。

「それは、サワピ~と結婚したいからです」美緒は、真っ赤になって、うつむいてしまった。ゆう子は、初めて聞くサワピ~とはだれか、即座に尋ねた。「サワピ~って、いったい誰?クラスメート?」あまりの恥ずかしさに口が動かなかったが、この際、すべてを打ち明けることにした。真っ赤な顔を持ち上げると、つぶやいた。「その~、サワピ~って、例のデカ」言い終えると、さらに顔を赤らめて、コクンと首を折った。

 

デカと聞いても今一つピンと来なかったが、急死した父親のことで刑事に事情聴取されていたことは知っていた。それにしても、刑事と結婚したいとは、想像を絶することだった。おそらく刑事であれば、結構年を食っているのではないかと思えたが、そんなおじさんと結婚したいと思う美緒の気持ちがまったく理解できなかった。事情聴取されている間に刑事のことを好きになったと思われたが、美緒を虜にした刑事に興味がわいてきた。

 

「例のデカって、急死したお父さんのことで話を聞きにやってきた刑事でしょ。刑事さんね~、ふ~~ん、どんな人?」美緒は、ただ、いつの間にか、好きになっていた。何か、イケてるところを思い浮かべたが、これと言ってイケてるところはなかった。「それが、なんというか、ダサくて、ブサイクで、オッサンなんだけど、なぜか好きになったの。美緒は、お父さんみたいなおじさんが好きなの。ヘン?」

春日信彦
作家:春日信彦
天の川
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