天の川

 美緒は、医学部志望のウザイやつがやってきたと内心思ったが、自分と同じく、弁当を忘れてきたと言ったことになんだか共感を覚えて、返事をしてやることにした。「へ~、朝寝坊して、飛び出してきたんでしょ。秀才の鳥羽君でも、ドジッたりするんだ。それが、美緒も。朝寝坊しちゃって、弁当作れなかった。でも、学食のきつねうどんは、好き。甘いアゲのファンなの」

 

 幸運にも返事をしてくれたことに有頂天になったが、即座にゆう子先輩のことを聞いて、へそを曲げられては、せっかくのチャンスを失うと思った鳥羽は、美緒の志望大学のことを聞くことにした。「美緒さんは、どこの大学を受験するの?」今のところF大学に合格する見込みがなかったため、受験のことは聞かれたくなかったが、返事をしないわけにはいかないようで、一応返事することにした。

 

 「第一志望は、F大学。高望みだけど」鳥羽は、ゆう子先輩と同じF大学と聞いて、チャンス到来と思った。「そうか。F大学か。高望みってことはないさ。きっと、合格するよ。美緒さんは、日本史が得意だったね。きっと、合格するさ」美緒は、たとえお世辞でも、合格すると言ってくれたことにうれしくなった。「そうかな~、受かるといいんだけど。でも、英語がからっきしダメだから」

 

 がっかりしたような表情をして箸をトレイに置いた美緒が、なんだか、かわいそうになった。とにかく、話を続けるためにも励ますことにした。「まだ、受験まで、たっぷり時間があるじゃないか。頑張れば、きっと、合格するさ。大切なのは、合格してやるぞ、って言う気持ちだよ。Just try. You can do anything you put your mind to.っていうじゃないか。やればできる何事も、ってことだよ」

 

 英語の部分は、ちんぷんかんぷんでまったくわからなかったが、鳥羽の励ます気持ちは十分伝わってきた。美緒はF大学受験を半分あきらめかけていたが、励ましてもらったおかげで少し気分が楽になった。合格できるような気分になった美緒は、鳥羽への感謝を込めて、ニコッと笑顔を作り元気よく返事した。「ありがとう。元気が出てきた。鳥羽君って、顔に似合わず、口がうまいのね。いま、先輩から英語を習ってるの。とにかく、やるっきゃないね」

 

先輩と聞いた瞬間、グイッと美緒を見つめた。ついにチャンスが舞い込んできたと思い、間髪入れず質問した。「先輩って、誰?」美緒は、何気に答えた。「新体操の先輩でゆう子先輩。鳥羽君が目をギラギラさせて、シャッターを切っていたグラドルのゆう子先輩。そう、今、ゆう子先輩のうちに下宿させてもらってるの。だから、いつでも教えてもらえるってわけ。すっごく、ラッキー」

鳥羽はしめたと思い、ゆう子のことを質問しようと口を開いた時、突然、鳥羽の頭上から聞きなれた声がした。「おい、美緒とデートか?こいつ、隅に置けないやつだ」鳥羽の左横に写真部の小松がにやけた顔で突っ立っていた。誤解されたと思った美緒は、即座に返事した。「何、言ってるの。ちょっと、話してただけ」そう言い終えた美緒は、すっと立ち上がりカウンターにかけて行った。

 

獲物を取り逃がしたような目つきでじっと美緒の後姿を見つめていた鳥羽だったが、ほんの少し手ごたえを感じ、心でほくそ笑んだ。「ちょっと、お邪魔だったかな。ワリ~ワリ~」小松は頭をかきながら謝ったが、鳥羽は、平然とした顔で返事した。「いや、別に。ちょっと、志望校のことを話していただけだ」軽くいなした鳥羽は小松を無視して、食べかけのイチゴジャムパンを右手につかみ、出口に向かって歩き出した。 

 

高望み

 

美緒は、最近、なんとなく元気が無いゆう子のことが気になっていた。ゆう子は、けだるそうにベッドの端に腰かけ、魂の抜け殻のようにぼんやりして、美緒のことは頭にない様子であった。いつもならば、9時過ぎごろから美緒の左横に腰かけ、英語を教えていた。美緒はゆう子がやってくるのをじっと待っていたが、9時を20分過ぎても身動き一つしなかった。

 

あまりにも覚えが悪い美緒のことが嫌いになったのではないかと不安に思い、うつろな眼で壁を見つめているゆう子に声をかけた。「先輩、元気ないですね。何か、心配事でもあるんじゃないですか?」声をかけられたゆう子は、ハッと我に返り、返事した。「え、どうしたの?あ、勉強ね。もう、9時過ぎてるじゃない。ごめん」ゆう子が立ち上がろうとした時、美緒が先に立ち上がった。「先輩、最近、ぼんやりしてますよ。何かあったんじゃないですか?一人で悩むのは、よくないと思います。美緒でよかったら、話してください」

 

学校でもぼんやりして、授業にも身が入っていないことは、自覚していた。特に、悩みがあるわけではなく、今一つ、気合が入らないのだった。将来のことを考えれば考えるほど、自分のやるべきことが分からなくなり、勉強していても集中力が続かず、いつの間にかぼんやりしてしまうのだった。最近では、友達と話をしていても、「聞いてるの?」って言われるようになっていた。

 

勉強机の左横の丸椅子をひょいと右手で持ち上げ、、ゆう子の前に置くとドスンと腰かけた。そして、憂鬱そうなゆう子の顔をグイッと見つめると美緒は語気を強めて言い切った。「もしかして、美緒があまりにもバカだから、教えるのがあほらしくなったんでしょ」ゆう子は、自分の態度がそんな風に思われていることに愕然とした。背筋をピンと伸ばし、マジな顔つきで即座に打ち消した。

春日信彦
作家:春日信彦
天の川
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