天の川

ゆう子が悲しむと聞かされた鳥羽は、泣きそうな顔になり、うつむいてしまった。思い詰めて自殺するんじゃないかと不安になった安田は、鳥羽の気持ちを少しでも楽にしようと話を替えることにした。「鳥羽、元気を出せ。恋愛というものは、突然やってくるものだ。小田の歌にもあるじゃないか、ラブストーリは突然に。そう、そう、俺のことなんだが、大学を卒業したら、リノと結婚するつもりだ。だから、経営の勉強をするために、F大学に行くことにしたんだ。このことは、内緒だぞ」

 

泣きそうな顔をしていた鳥羽であったが、ひょいと顔を持ち上げた。「え、結婚。リノさんと。なんだ、そういうことですか。先輩だけ、いい思いをするってことですか。俺には、地獄に突き落とすようなことを言って。いいですよ、そうですか、よかったですね。もう、先輩には、相談しません。ゆう子姫のことは、自分の心の中にしまい込みます。ストーカーまがいなことは、一切しません。じっと耐えて、一生耐えて、心の底で、お仕えします」

 

これはちょっとまずいことを言ってしまったと後悔したが、後の祭りだった。このままでは、恨まれてしまうと不安になった安田は、何とかご機嫌を取ろうと頭をひねった。ポンと膝を叩いた安田は、作り笑顔で心にもないことを話し始めた。「おい、お前は、医学部志望だったよな。聞くところによると、医学部生は、モテるらしいぞ。来年、見事、医学部に合格すれば、いっぱしの医学部生じゃないか。もしかしたら、ゆう子が振り向くかも?」安田は、心の中でペロッと舌を出した。

鳥羽は、ニコッと笑顔を作った。身を乗り出した鳥羽は、泡を吹きながら話し始めた。「そうすか。医学部生は、モテますか?ゆう子姫も振り向いてくれますか?よっしゃ、まだ、脈はありってことですね」一瞬目を輝かせた鳥羽であったが、即座に、身を引くとトーンを落とし、静かに話し始めた。「いや、いいんです。高望みはしません。陰で見守るだけで、幸せなんです。医者になって、ゆう子姫をお守りします。それでいいんです」

 

高望みと聞いた時、学食からの素晴らしい眺めが頭に浮かんだ。そして、学食の入口でゆう子とばったり出会った時のことを思い出した。「そうだ、この前、ゆう子と学食でばったり会ったんだ。その時、面白い話を聞いたぞ。聞きたいか?」鳥羽は、身を起こし、マジな顔つきになった。「ちょっと、ゆう子先輩と会ってるじゃないですか。隠すなんて、どういうことですか?」

 

安田は、即座に返事した。「いや、マジ、今思い出した。隠すつもりなんか。本当だ。そのとき聞いたんだが、ほら、写真部に入って、一か月もしないうちにやめた小太りでチビの女子がいただろ。憶えてるか?そいつ、美緒っていうんだが。そいつが、ゆう子のうちに下宿してるんだってさ。そして、来年、そいつ、F大学を受験するらしい。そんで、ゆう子は、そいつに、英語を教えているとさ。でも、かなりバカで、手に負えないって言ってた」

鳥羽は、美緒と聞いて小太りでチビの女子の顔を思い出していた。一度うなずき、鳥羽は話し始めた。「入ってすぐにやめた女子でしょ、憶えてますよ。1年の時、同じクラスだった美緒です。美緒が、ゆう子先輩のうちに下宿してるんですか。意外なこともあるものですね。私立文系クラスのダチから聞いたんですけど、確か、今年の2月、お父さんが病気でなくなったと聞いてます。だから、ゆう子先輩のところに下宿したんだと思います。美緒は、ゆう子先輩と同じ新体操部でしたよ。へ~~、下宿ですか」

 

安田は、名案が浮かんだという顔で鳥羽の左肩をポンと叩いた。ニコッと笑顔を作った安田は、口をとがらせて話し始めた。「おい、幸運がやってきたじゃないか。美緒は、ゆう子と同居してるんだぞ。美緒から、ゆう子の話が聞けるってもんだ。早速、美緒を捕まえて、聞くといい。ゆう子の私生活が聞けるぞ。グラドルって、どんな色のパンツ穿いてるんだろうな?うまく聞き出せたら、俺にも聞かせろよな。なんだか、興奮してきた」

 

共感

 

 美緒がゆう子の家に下宿していると聞いて、どうにかして話ができないかと思案していた。鳥羽の国立理系クラスは3階で、美緒の私立文系クラスは2階ということもあって、出会うことも、話す機会もまったくなかった。時々、昼休みの時間に2階の廊下を何気に歩いたりしたが、美緒と出くわすどころか席にいる姿も見ることがなかった。下校時に美緒を捕まえようと思ったが、国立理系クラスと私立文系クラスの下校時刻は全く違っていた。

ところが、七夕の7月7日(木)、朝寝坊して慌てて飛び出した鳥羽は、弁当をカバンに入れるのを忘れてしまった。やむなく、200円持っていた鳥羽は、学食の横の売店で130円のイチゴジャムパンを買うことにした。売店でジャムパンを手に取り、売店のおばちゃんに200円を手渡した時、偶然にも一人で学食に入っていく美緒の姿がチラッと目に入った。

 

小さな池のある中庭のベンチでジャムパンをかじる予定だったが、これは、神様のお導きと感謝して、ジャムパン片手に学食の入口にかけて行った。入口から美緒の後姿を見つめていると、トレイを両手に持ってゆっくり歩き、窓を背にして腰かけた。いつの間にか、鳥羽の足は学食の中を歩いていた。美緒の斜め前の席に腰かけるとチラッと美緒に目をやった。一瞬目が合うと、苦笑いをして声をかけた。「ここ、空いていたみたいだったから」声をかけるや否やジャムパンにかじりついた。

 

 鳥羽の話を無視するかのように、美緒は、黙ってうどんをつまみ上げ、口の中に押し込んだ。いつもは弁当で、美緒も学食で食べることはなかったが、たまたま、この日は、朝寝坊して弁当が作れず、飛び出してきていた。お腹がすいていた美緒は、犬ががっつくように麺を口に放り込んでいた。まったく反応がない美緒に何と話しかけていいかわからず、とにかく、口から出る言葉に任せることにした。「今日、弁当忘れちゃってさ、しょうがなく、ジャムパン。うどん、うまそうだな~」

春日信彦
作家:春日信彦
天の川
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