サイボーグΠανδώρα

死んだ世界( 1 / 2 )

Ⅰ.救世主

 (レーダーに反応はー...。無し、か。)
 「はぁ~。」
 少女は右手に持っているレーダーとしばらくの間にらめっこをした後、頭をガクッと下げて深いため息をついた。
 身体をプルプルと揺らし、瞳孔を大きく開く。
 (最近ずっと現れてないじゃない! 一体どうなってるの!? 何の手掛かりも無いんじゃ、私もうかつに行動できないのよっ!)
 彼女は頬をプクーと膨らませながら足元にあった砂を何度も何度も踏みつけ、おもいっきり蹴り飛ばした。蹴り飛ばした砂は高さ5、いや6メートル程の高さまで上がり、向かい風の影響で自分の方へと落ちてきた。いくらなんでも八つ当たりに力を入れすぎである。
 顎に力が入り、歯ぎしりが鳴る。が、肩をストンと落として無表情になる。そしてまた、深いため息をついた。
 (こっちの方向にはあまりいないのかも...。方角を変えてまた探しに行かなくちゃ。) 
 縦横1メートルもあるかのような大きな地図を広げ、彼女は自分のいる周辺、それから無数に散らばっている謎の赤い丸と方位マークを確認した。目をつぶり、左手で顎をさすりながら眉毛を八の字にして悩んだ。
 (よしっ!)
 可愛らしい笑顔で左手でガッツポーズを取った。それと同時に腕につけていた方位磁石つきのリストバンドで方角を確認し、左後ろを向いた。
 (あっち側はまだチェックつけてない地域だし、何かしらの手がかりはきっとあるでしょ。それに都市が存在するっていう情報もあるし。)
 ポジティブ思考に切り替えた彼女は、自分の頬を叩いて冷静になった。顔も険しくなっている。先ほど見た可愛らしい笑顔はどこへやら...。
 地図を折りたたみ、ドラム型の大きなショルダーバッグにしまう。そして先ほど向いた方角へと体を回転させて、再び歩き出した。
 その時である。
 右手に持っていたレーダーが赤く点滅し始めた。辺り一面に警報音が鳴り響く。
 全く素振りが見えなかった。彼女はレーダーをレッグホルスターにしまい、赤く点滅した方にファイティングポーズを取っていた。石像のように微動だにしない。顔は険しいなんてもんじゃない。あれは獲物を見る目、まるで百獣の王・ライオンのようだ。可愛らしいなんて考えられないくらい、ものすごく恐ろしい。
 風の吹く音が囁き、砂が目の前をゆったりと過ぎ去ってゆく。
 地面が揺れ始めた。砂が小刻みに震えている。
 彼女は警戒を厳重にして、さらに身を固めた。拳に力が入り、身に着けていたレザー製のフィンガレスグローブからギュッっと絞られるような音がする。
 (あれは...。)
 彼女が見ていた先で突如、砂埃が激しく舞う。ドンドンその範囲は大きくなってくる。ものすごい勢いでこちらに向かってきているようだ。F1ぐらいだろう。あんなスピードが出るのは...。
 だが彼女も負けてはいなかった。
 手を前に置き、左足をお腹の下に、右足を奥へやった。クラウチングスタートの態勢だ。指を全て砂の中に入れると、お尻を上げ、右足で強く地面を蹴った。
 砂埃は全く無かった。蹴った跡が痛々しく残っている。確実に地面をとらえていた。なんて美しいフォームなんだろうか...。
 蹴った後、彼女はテレポートをするかの如く姿を消した。時間差でやって来た風で砂が舞う。その砂を目で追いかけていた先に、彼女はいた。
 彼女の美しい白く長い髪の毛、それと羽織っていたボロボロでだいぶ汚れているカーキーのマントが空気抵抗に耐えられず、バサバサと音を立てながら地面と水平に並ぶ。周りにはプラントル・グロワート・シンギュラレィティによって生まれた白いリングが彼女を包む。F1どころじゃない。あれは戦闘機に匹敵する速さだぞ...。
 身体はほぼ地面に平行で、手を後ろにして走っている。下半身は全然見えない。足を動かすのが速すぎるからである。
 ショベルカーで掘ったかのような足跡を後にし、超音速によって生まれたソニックムーブを轟かせながら目の前にいる何かに向かって行った。どんどん揺れが強くなる。
(G・Snakeか...。なかなかね。)
 ちょっとだけにやけた彼女の前に、敵がとうとう姿を現れた。
 バイトや就職の面接時、まず気を付けなければならないのは第一印象だと言われている。が、こいつならどんな企業でも受かるんじゃないか?なにせ、これだけ印象深いやつなんて、そうそういないからな...。
 まだ砂埃の影響で正面しか見えないが、口元にはなんでも噛み切れそうな赤い歯、いや刃が何100本、何1000本と並んでいる。目は血をライトで透かして見ているような嫌な色に光っている。そんなおぞましい顔を、朱色に錆びた硬そうな金属が覆っていた。そしてバカでかい。顔だけで直径5メートルはありそうだ。
 そんな蛇みたいな外見をしたやつと、彼女との距離が残り1キロメートル未満になった。
    彼女は左手を体の前、右手を体の後ろにやった。同時に、顔は相手を捉えたまま、腰を時計回りに大きく回転させる。
 「ふぅ...。」
   彼女は浅く呼吸を整えた。走るのをやめ、鳥のように前へ飛ぶ。
 「キィィィィィィィィィ!」
   蛇のような機械も、旋盤で金属を削る時に鳴る金属音を叫んでいるかのように口を大きく開きながら発している。そして頭を下げ、頭突きの体勢に入る。
 体全身を使った勢いのあるパンチと、猛スピードで突進してくる重みのある頭突きが今にもぶつかりそうだ...。
   そしてついに、その時は来た
 静止画の様な光景が広がっていた。彼女の細い腕が、ピストルのように相手の脳天に穴を開けていた。開いた穴からは放電がしている。
 金属バットと金属バットをぶつけたような音が長時間響く。あまりの音の大きさに、平らでなだらかだった砂が、その音波の影響で凹凸に変わる。どんどんその範囲は広がっていき、やがて等圧線のような模様が出来上がった。
 その音をかき消すかのように、衝撃波が後を続く。衝突した所から、隕石が落下してきたかのようなクレーターが出来た。風が周りの砂を遥か彼方へ吹っ飛ばし、凸凹だった地面を平らに戻した。
 (硬いわね。流石G級、いつも内臓ぶちまけてるザコとは明らかに違う...。)
 手ごたえを感じたのか、少し嬉しそうな顔になる。
 細く、か弱そうな腕を引っこ抜くと、敵から少し身を離した。よく折れないな...。
 ここでやっと、今まで邪魔をしていた砂が消え、体が見えるようになった。
 その姿はまるで蛇、いや、蛇そのものと言っていいだろう。もちろん、顔がでかい分尻尾もそれに見合っう長さがあった。1kmぐらいだろうか。
 表面はやはり硬そうな金属で覆われていた。横には大量の棘と銃が敷き詰められており、上には滑らかな湾曲を描いた巨大な刃物がそれぞれの関節部分に3つ平行になるよう取り付けられていた。一言で表現するならば、武装した歩く旅客機だろう...。
 「キィィィィキィィィィィ!」
 蛇がまた音を発する。少し後ろに下がり、目をさらに光らせた。
 赤く、細長い光が彼女めがけて飛んでくる。レーザーである。
 彼女はフィギアスケートをするかの如くレーザーをかわす。美しく、蝶のように舞っていた。両手でそれぞれ地面の砂を掴み、ひと握りする。高圧で圧縮された砂は砂岩に変わった。それを一発、二発と蛇の目に向かって投げる。
 蛇は目を潰され、敵を捉えることができなくなった。キョロキョロとし始めた。
 敵が見えないからとりあえず周りを全て吹き飛ばそうと考えたのだろう。大きな尻尾を1回転させ始めた。銃口は上方向に回転し、乱射をしている。逃げようがない。
 彼女は少しジャンプをしてギリギリで回避すると、飛んできた銃弾全てを手で受け止めた。それをウエストポーチの中にしまう。
 蛇の尻尾が戻る前に正面に帰って来ると、また勢いよく前へ飛んだ。
 ガッっと口を掴むと、勢いをそのまま利用してもぎ取ろうとしていた。
 古い鉄骨が折れるような鈍い音が幾度となくした。どんどん顎から離れていく。
 尻尾を激しく縦に振り、地面に何度も何度も打ち付けた。砂埃が辺りを包む。痛々しそうに叫んでいた。
 最後にバキッと鳴った音を最後に、頭が完全に体から離された。
 激しく放電したが、すぐに弱まって消えた。そして完全に動かなくなった。目も光を失った。
 (これ、やっぱり血...。)
 手に持っていた巨大な蛇の頭を見て驚愕...するかと思ったが、以外に冷静さを保っていた。しばらくの間、顔をうつむかせる。目に暗い影がかかる。
 (一体何人もの人間に手を出したぁ!!!)
 微かな声をで叫んだ。目をギョロっと開き、瞳孔を限界まで開く。顔なんて見ずとも分かる。理性を失うぐらい、本気で怒っていた。
 殴る、蹴る、噛みつく、引きちぎる、握りつぶす...。様々な方法で蛇の顔をグチャグチャにした。見るも無残な、鉄くずに変わっていた。
 「はぁ...。はぁ...。」
 疲れたのだろうか?息が上がっていた。赤く、薔薇色に染まった輝かしい瞳から、一滴の水滴が流れる。
 それを手で受け止め、引きちぎった蛇の胴体に向けて深く黙祷したのであった...。
 黙祷が終わると、先ほど方角を確認した方向へ体を回転させる。レッグホルスターからレーダーを取り出し、再び歩き始めた。顔はうつむいたままだったのでよくわからなかったが、彼女は何か悲しげな表情だったと思う...。
 彼女の歩く姿を、後ろから砂が追いかける。
 風が吹き荒れる。
 飛ばされた砂の先に、もう彼女の姿は無かった...。

死んだ世界( 2 / 2 )

Ⅱ.Πανδώρα

 「ねぇねぇお母さん!見てあの服!可愛くない!?私あれ欲しい!」
 右隣にいた女性の裾を掴みながら、少女は美しく透き通るような声で言った。
 サラサラで黒く長い髪の毛、それと着ていた綺麗で清潔な白いボレロの制服が蝶のようにひらひらと舞う。
 「駄目よ。あなた、お洋服ならたくさん持っているでしょう。もっと物を大切にしなさい。」
 裾を掴まれている女性は言った。
 蝶が描かれている朱色の和服で身を包み、漆で黒塗りされたこっぽりを履いた女性だった。
 瞳、髪の毛、顔、肌、身体、全てにおいて歳を感じさせない、美しい女性だった。
 「そうだぞ花梨。物を大切にすることは、人を大切にすることと同じことなんだ。このことはしっかり覚えとくんだぞ。」
 左隣にいたスーツ姿の男性は言った。
 服を着た上からでも分かる、筋肉質な身体だ。
 身長は高く、190ぐらいだろうか...。がたいの良い男性だ。
 「分かったよお父さん。ちゃんと家にある服着るから...。」
 少女は頬を膨らませながらそっぽを向いた。落ち込んでいるのか、怒っているのか、曖昧な表情になる。
 そんな姿を見て、彼女の両親は見つめ合いながら微笑ましく笑った。
 この家族はこの日、買い物をしに外出をしていた。
 幸せそうな家族だ。見てるこっちも微笑ましくなる。
 誰もが彼女らの日常が続くことを望み、又、自分達も彼女らのようになりたいと思うだろう。
 人間は...ね。
 でもね、神様は違ったの。
 私達が買い物を終えて、帰宅していた時のことだった。夕方だったかしら。
 ちょうど、信号が青になって横断歩道を渡っていた時よ。
 今日買ったものとか、明日何するのか、楽しい話をしていたわ。
 その途中、右が激しく光ったから私は右を向いたんだけど、目の前に、大きな壁が現れたの。
 ちょうど太陽が私の向いた向かい側にあったし、強い光のせいで目を細めていたから、壁にしか見えなかった。
 ごめんなさい。私が人間だった時の記憶は、ここまでしかないの。
 意識を失ってんだと思う。
 ここからの日々は、地獄みたいに辛かったわ...。
 私が目を覚ましたのは、公衆トイレを無理やり病院に改造したような所だった。床や壁には大量の血が塗られていたわ、
 その中のベッドで、私は横たわっていたわ。手足を高速されてる状態で。
 でも、すぐに違和感を感じた。
 寝ているのに、寝てない感じだったの。
 困惑の中、私は違和感を確かめるため体を起こしたわ。
 今でも、あの衝撃は忘れられない。夢に何度も出てくる。思い出すだけでも、とてつもない寒気と冷や汗が私を襲いそうになるわ。
 頭から下が全部...、機械になっていた。いわゆるサイボーグってやつよ。
 「なによ...。これ...。」
 そう言わざる終えなかった。
 息が上がって、過呼吸みたいになった。目は焦点が離れたり、遠ざかったりして激しく錯乱したわ。何も見ることができなかった。
 (ぁ...あ...ああああああああああああああああああああ!!)
 叫んだつもりだったんだけど、声が出なかった。私は喋れなくなっていたの。
 頭を何度も何度も何度も何度も打ち付けたわ。
 誰かにこの痛みを伝えたかったのかもしれない、早く夢から覚めたかったのかもしれない。発狂したわ。
 そしてまた、私は気を失ったわ。ショックのあまりね...。
 もう一度目を覚ました時は、私は牢獄みたいな部屋でうつ伏せの状態だった。
 目が覚めると同時に、すぐさま体を確認したけ。だけど、特に何の異常もなかった。ちゃんと硬い石の床で寝ているという感覚があったし、体もちゃんと皮膚で覆われていた。
 (あれって...。夢?)
 (そうよ夢よ、夢、夢、夢。夢だったのよ。)
 うずくまりながら、何度も何度も何度も何度も何度も自分に言い聞かせたわ。なんで私がこんな場所にいるのか、なんで声が出ないのか、疑問に思えないほど必死にね。
 でも、そのおかげで少し落ち着くことができた。
 それから、立ち上がって部屋を見渡したら、目の前の扉の横に木箱があった。
 恐る恐る開けたけど、中には色々と入っていた。
 カーキーのマント、白いタンクトップ、魅惑的なホットパンツ、ドラム型の黒いバッグ、レザー製のレッグホルスターとフィンガレスグローブとブーツ、大きな地図、赤いペン、方位磁石のリストバンド、それからレーダー。これらが入っていた。今私が身に着けているものと同じものがね。
 裸で外に出るのは流石に恥ずかしかったから、その場で着替えたわ。普段着ない様な珍しい衣類ばかりで、最初は驚いたわね。
 それで、着替えた後...、私はドアの向こうへと行こうとしたの...。
 ドアを開けて、部屋から出たわ...。
 赤い...、赤い廊下だったの...。身の毛がよだったわ...。壁から感じる視線を横切り、無我夢中で走ったわ...。
 もう...、言わなくても分かるでしょ...。
 廊下を抜けると、光が差し込んできたの。
 喜んだわ。こんな地獄から抜け出せる、もうあんなものを見なくて済む、やっと夢から覚められるって。
 でも、そこからが本当の地獄の始まりだった...。

 この世界はね、きっと平等に出来てると思うの。
 神様は、幸せな私達を不幸な私達に変えて、平等にした。
 しょうがないことだと思った。
 これが運命なんだって、認めた。
 こんな身体にされたのも、こんな世界になったのも、運命なんだって。

 初めてこの世界に顔を出した時、私はメタルプレートのネックレスをしていることに気がついた。表には『Πανδώρα(パンドーラー)』、裏には『HOPE』と書かれていた。
 だから私、パンドーラーは、希望という名の運命に沿って歩き始めたの。

 だから私は、今日も奴らと戦い、砂漠を歩き続ける...。
Turtle
作家:Turtle
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