小説「一休さんと野盗弥太」 (書き下ろし新作)

小説「一休さんと野盗弥太」 (書き下ろし新作)230の有料書籍です。
書籍を購入することで全てのページを読めるようになります。
小説「一休さんと野盗弥太」 (書き下ろし新作)を購入

禅宗と言えば、現代人には、座禅や精進料理など、謹厳な修業のイメージが強い。このイメージは、外れているわけではないが、室町時代の禅宗というのは、もっとアグレッシブでクリエイティブな存在だったのではないか。と思われる。
 禅宗は、基本、限られた修行僧が研鑽を積み、厳しい戒律を守りながら、深遠で難解な仏教の教理の理解を深めていくという、小乗仏教の流れから来ている古い宗派である。であるから、禅宗の僧は、その修行のレベルにもよるが、基本は、知的なエリート、教養人として、人々の尊敬を集める存在だった。
 のち、仏教の世界では、念仏を唱えるだけで極楽に行けるとか、難解な教理を理解しなくても利益が得られるという一種の大衆化運動ともいえる新興的宗派が現われるが、ある意味、最も伝統的な宗派といえる禅宗も、生き生きと活発だった。
 例えば、現代の方々もご存知の禅問答。これを、禅宗では、公案という。これは、基本、高位の僧が、仏法の教義、理論に基づいて、問題を投げかけ、修行中の僧がそれに答える、という一種のディベートのようなものだが、ディベートと違うのは、議論の勝ち負けを判定する、というよりは、むしろ、設問の立て方、及び、仏教の教理に従いつつも、その回答のユニークな発想、機転、趣向の深さなどを競う、という一種の話芸、パフォーマンス的なイベントなのである。つまり、弥太流に解釈すれば、口のうまさを競う知的ゲームなのである。誤解を恐れずに、さらに言えば、禅の修業で、もうひとつ、代表的なもの、座禅だが、これも、けっして苦行ではなく、五感を遮断して、瞑想することにより、一種のトランス状態を体験する、というむしろ快楽的なものである。
 禅僧は、知的遊びをリードするオピニオンリーダー、パフォーマーだったのだ。
 そのスターの一人が一休だった。
 一休の発言、文章(主に漢詩)は、政治的な発言から、プライベートな恋愛論など、多岐に渡ったが、機知と教養に富み、なおかつ、ユニークで、文章の調子も美しかった。ある意味、一種の人気流行作家であり、思想家であり、社会評論家であり、作品だけでなく、公家、武家から一般庶民に至るまで、一休の作品だけに留まらず、その一挙手一投足に注目する存在だった。


 御所に行ってから、しばらく、弥太は姿を見せなかったが、ある日、ふらりと庵を訪ねてきた。
「どうした、将軍。心配しておったぞ。はて、少しやせたかな」
「ああ、和尚。俺は、俺は、病だった。身体が、火のように熱くなってな、それから、冬のように寒くなってな。七日も気を失っておった。」
「そういう時は、おれのところに来い。いや、来ればよかろう。ここは、寺じゃ。よい薬もあるのだぞ」
 弥太は、返事をしなかった。
「なあ、和尚。それよりも、ひとつ教えてほしいことがあるんだ。」
「なんじゃ、それより、上がったらよかろう。」
「うんにゃあ、おれはここでいいんだ。それより、和尚。お前は、おれより、だいぶ頭がよくて、物を知っていそうだ。」
「俺は、何も知らぬ。何もわかっておらぬ。俺に、何かを聞こうというのは無駄というものだ。」
「とにかく、教えてくれ。」
「んむ、無駄だと思うがな。試しに言ってみたらよい。」
「あ、あ、あの世にな」
「あの世になんじゃ」
「極楽は、あるのだろうか?」
「極楽だと?」
 一休は、大笑した。あまりに大きな声で笑い続けたので、小僧が心配して、見に来たほどだった。
「何がおかしい!俺は、本心から聞いておるのだぞ!」
「すまぬな、すまぬ。お前をバカにしたわけではないのだ」
 それでも、一休の笑いは収まらなかった。
「では、なぜ笑う!返答によっては、坊主でも斬るぞ!」
 弥太は、背中の刀に手をかけた。
「待て、待て、弥太。お前とは仲良く居たいからのう。ただ、あまりにも突飛な話だったからのう、面食らっただけじゃ。その答えを知りたいのか?」
「……ああ、知りたい。俺は、七日七晩、熱にうなされた時にのう、そのう、仏様に、会ったんじゃ。」
「仏に。ほう。」
「俺は、夢の中でたずねた。俺は、極楽に行くのか、地獄に行くのか、と」
「それで、どうした?」
「仏様は、な。黙って、そのう、笑っておったような、泣いておったような、なんとも言えぬ顔でな。何もおっしゃらなかった。」
「それで、どうした。」
「それで、それでな、すうっと消えたんじゃ。」
「なぜ、それが仏様だとわかったのか、仏様は、名乗ったのか」
 弥太は、首を横に振った。
「では、なぜ、そのお方が仏様とわかったのじゃ」
「……わかったのじゃ。俺には、それが仏様だと」
「ふむ、それならば、それは、仏様だったんじゃろうなあ。」
「仏様は、極楽にいらっしゃるんだろう?仏様は、極楽から俺に会いに来たんじゃろう?
仏様は、俺を極楽に連れに来たのじゃろうか?」
「ふうむ。それは、そうでもあるまい。」
「なぜだ」
「連れに来たのなら、連れて行ったはずだ。仏様は、そのまま帰ったのだろう」
「うむ。そうじゃ。」
「それならば、連れに来た訳ではないのだろう。仏様が仕損じる訳はあるまいて」
「なるほどそうか」
「仏様は、お前の様子を見に来たのだろう。」


「……。」
「それで、弥太、お前の迷いごとに答えてやるとだな。極楽は、あってない。地獄もあってない。ということだ。」
「……なんじゃ、それは?」
「あの世などない。人間は、死んだら無じゃ。人間だけではないぞ、生き物は、皆、死ねば無に還るんじゃ。極楽も地獄もない。何もないのじゃ。」
 弥太は、納得がいかないようだった。
「……では、では、極楽も地獄もないってことなのか?」
「ああ、そもそも、あの世がないんじゃから、極楽も地獄もない、ということだ。」
「だが、だが、今、お前は、極楽も地獄もあって、ない、と言ったではないか!」
「ああ、言った。極楽も地獄も、あの世にはないが、この世にあるからじゃ。弥太、お前は、女を手篭めにしたことはあるか?」
「ああ?ああ、ああ、ああ、……ある。」
「なぜ、手篭めにしたのじゃ。」
「それは、……その」
「女を手篭めにしたときは、どんな心持ちだったか?」
「……それは、」
「心持ちがよかったであろう」
「そんなことが極楽の話と何のかかわりがあるんじゃ!」
「女を手篭めにした時のお前の、その心持ちが極楽じゃ。」
「?」
「一方、お前に手篭めにされた女はどうだった?泣き叫んだであろう」
「……ああ、まあ、そうだな」
「手篭めにされた女は、地獄に居たのじゃ。この前、お前は、池の鯉を取って、おれに馳走してくれたろう」
「ああ。した。」
「鯉をくろうた我らは、極楽じゃ。だが、食らわれた鯉のほうは地獄じゃ。」
「……。」
「わかるか?弥太。」
「……わからん。」
「極楽も、地獄も、この世にあるということじゃ。そして、極楽の裏に地獄がある。極楽と地獄は裏表ということじゃ。」
 弥太は、顔をしかめ、しばらく思案していたようだった。
「つまり、だな、女を手篭めにしたり、鯉をくろうた俺は、死んで、極楽には行けないのか、地獄に行くしかないのか、ということ聞きたかったのだ」
「まだ、わからんのか、困った奴だな。あの世には、極楽も地獄もないのだ。もうすでに、お前は、極楽も地獄も、この世で味わっているということだ。」
「むむむむむ」
 弥太は、いっそう顔をしかめた。
「じゃあ、じゃあな、俺の前に現われた仏様は、普段どこに住んでいるのじゃ?極楽ではないのか?仏様は、どこにいるんじゃ?」
「お前、本当に、仏様を見たのか?」
「ああ、見た。確かに見た。」
「困ったのう、俺は、仏様を見たことがないのじゃ。」
「お前、坊主のクセに、仏様を見たことがないのか?」
「ああ、ない。生まれてこのかた一度もな」
 弥太は、非常に、疑わしい目つきで一休を見た。
「お前は、本当に偉い坊さんなのか?」
「では、こういう話はどうだ?仏様はのう、普段は、目に見えぬが、この世のどこかに住んでおられるのじゃ。そして、人が信心を持ったときに、目に見えるようになる。だから、お前が、熱に浮かされて、普段忘れていた信心を起した時に現われたのだ。これで、どうだ?」
 弥太は、またまた、疑わしい目つきをした。
「じゃあ、仏様を見たことがないお前は、信心がないのか?」
「ああ、そうだ。信心がない。」
「坊主のクセにか?」
「ああ、そうだ。坊主のクセに信心がないのだ、俺は」
「やっぱり、お前は、いんちきだな。」
「ああ、そうだ、俺は、いんちきな坊主だ。いや、坊主のフリをした、いんちきだ。再前から言っておるではないか」
「ううむ。俺は、嘘ではなく、本当の話を聞きたい。もっと偉い坊主の話を聞きたい。」
「それならば、どこぞに聞きに行けばよかろう。俺より偉い坊主なんぞ、いくらでも居るぞ。聞いて来い!いや、聞いてくるのがよいのではないかと思うぞ」
「ああ、そうする」
 弥太は、そう言って、もっさりとした足取りで、庵の庭を出て行こうとした。
「ああ、将軍、しばし待つがよかろう!」
 一休は、やや慌てた様子で、弥太に声をかけると、奥に消え、しばらくして戻ってきた。手には、小さな布袋を2つ持っていた。
「将軍、これを進ぜよう。これは、熱が出た時に飲む薬草で、今ひとつは、腹を下した時の薬草じゃ。ともに、湯を沸かして煎じて呑むのじゃぞ。そして、また、病に罹ったら、すぐにこれを飲み、ここへ来るのじゃぞ。あのお屋敷で寝ているより安心じゃ」
 弥太は、黙って受け取ると、黙って、立ち去っていった。

時は、少し、遡る。

 弥太の子分だった吾作は百姓の家の長男だったが、十歳の時、ひどい旱魃が続いて、米が取れず、おまけに流行り病で、親兄弟が全滅したので、年貢の取立ての前に、逃亡した。親兄弟が皆死んだ中で、生き延びたのだから、もともと身体が強かったのだろう、山の中をさ迷い、木の実や草や虫まで食い、夜は、木の洞などで、夜露をしのいで眠っていたのだが、野垂れ死にはしなかった。しかし、冬が近づくにつれて、さすがに、体が弱り、動けなくなっているところを、弥太に拾われた。
弥太は、最初、吾作を襲って、金品を奪おうと思ったらしい。しかし、すぐに、ただ野垂れ死にしかかっている子供であると見て、打ち捨てておくかどうか、しばらく思案したが、結局、吾作を抱きかかえ、洞につれてかえり、粥を食わせたり、少し元気になると肉を食わせたりして、面倒を見た。その少し前に、弥太を拾って育ててくれた親方を瘧で亡くしていたので、何か感じるところがあったのかもしれない。弥太は、鬼神のような激しい男だったのだが、その時ばかりは、少々仏心が出たのだ。
 吾作が元気になると、今度は、子分として、獲物のとり方や、剣の使い方など、いろいろと仕込み、一緒に狩りに行ったり、時には、旅人を襲う手伝いをさせたりした。
 つまり、吾作にとって、弥太は、恩人だった。
 そうして、犬の仔のように、弥太にくっついて、5年程が過ぎて、吾作は、逞しく、恐ろしい野盗になっていった。
「いつまでも、吾作では、百姓みたいじゃのう、そうじゃ、お前は、今日から小弥太と名乗れ。」ある日、弥太にそう言われたので、吾作は、小弥太と名乗るようになった。

 小弥太が十六になると、何か、小弥太にもよくわからないが、心中に変化が起こってきた。弥太が小弥太に発する何気ない言葉ひとつひとつに、何かひどく腹が立つ気がしてきたのだ。弥太は、命の恩人で、野盗の師匠でもある。逆らう気など、微塵もないはずだったのだが、なぜか、弥太に命令されると、心のうちに、むくむくと反抗心が湧いてきて、自分でも、時に抑えがたい衝動を感じてしまう。
 そんなこともあって、小弥太は、弥太から少し距離を置き、なるべく、別行動をとるようになっていった。弥太は、なぜか、それについて、何も文句を言わなかった。
 
 一人で獲物を探して、山の中をさ迷っていると、弥太は、川のほとりで、一人の娘を見つけた。娘は、年の頃、十六、七歳。浅黄色の着物に茜色の帯。あまり日に焼けていなかったので百姓の娘ではなさそうだった。では、どんな素性の娘だ?という疑問が一瞬よぎったが、それよりもなによりも、小弥太の頭の中は、興奮で破裂しそうだった。
娘は、水浴びをしようと、あたりを伺いながら、着物を一枚一枚脱いでいった。小弥太は、茂みの中に身を潜めて、その様子を凝視していた。自分の意思ではどうしようもない。目をそらそうとしても、どうしても目をそらすことができなかった。
 娘は、やがて、一糸まとわぬ姿になり、池の中に入っていった。最初、足先だけを水に浸けて、水温を確かめると、一歩一歩水の中に身を進めた。足を動かすたびに動く、丸い尻の動きに、小弥太は、激しいものを感じた。「なぜ、あんなに尻が柔らかそうなのだ、なぜ、あんなに肌が白いのだ!」小弥太は、茂みの中で身悶えした。息が苦しくなった。


 娘は、池の水に腰まで浸かると、こちらを振り向いて、女特有のゆっくりと仕草で、身体中をなで始めた。形のよい、張りのある乳房が揺れた。まるで、それは、みずみずしい果実のようだった。娘は、縛っていた髪も解き、毛先を水に浸けて、両手で挟むようにして、くわえていた櫛を丹念に使った。黒髪と白い肌、赤い唇、そして桃色の乳首。この世のものではない、と小弥太は思った。
 小半刻も、そうしていたであろうか、娘は、やがて身体の手入れを終えて、腰を上げた。
 池の水面から、娘の女陰の翳りが現れた時、とうとう小弥太は弾けた。
 小弥太は、無我夢中で駆けて、池の中に走り込み、裸の娘の肩をつかんだ。娘は、短い悲鳴を上げ、身をよじって抵抗したが、身体が大きく逞しい小弥太にかなう訳もなく、その太い腕の中で、震えるだけだった。小弥太は、無理やり、裸の娘を抱え上げて、池から走り出ると、草むらまで駆けていって、娘を地面にドサリと降ろした。拍子に、娘の白い肌は、黒々とした土にまみれた。むせるような草の匂いのほかに、何か、衝動を招く匂いがした。
 小弥太は、憑かれたように、一層、息を荒くすると、自分の衣服を剥ぎ取るようにして脱ぎ、娘の上に覆いかぶさった。娘は、また、甲高い悲鳴を上げた。その声が、小弥太の興奮を一層に高めた。小弥太は、乱暴に、娘の乳房を揉みしだいた。力まかせにつかんだので、白い乳房は、赤く血の色が滲み、痛々しく潰れた。小弥太は、娘の乳房をつかみながら、娘の首や頬、当たりかまわず、口をつけ、吸い、嘗め回した。先ほど感じたなまめかしい匂いが一層強く匂って、それに、また誘発された。ひとしきり、娘の身体を一心にまさぐっていたが、女を知らぬ悲しさ、それから先、どうしていいものやら行き詰ってしまった。ふと、娘の顔を見ると、娘の目が小弥太の目を見ていた。小弥太は、その時、娘の胸を吸っていたので、娘は、見下ろすように、下目で、小弥太を見ている感じだった。最初の激しい動きが止まってから、娘の逆襲が始まった。逆襲といっても、暴力ではない、メス特有の逆襲だ。娘は、口の端をちょっとあげて、艶然とした表情を浮かべると、一瞬のうちに、体を入れ替えた。今度は、小弥太の上に乗り、男の部分をまさぐり、それをいきなり口に含んだ。「!」小弥太の脳天に衝撃が走った。小弥太は、自分の切っ先に、娘の舌のちょっとざらざらした感触を感じた。小弥太は、すぐに果てた。小弥太は、えびぞりながら、激しく全身を痙攣させた。
それほどの快感だった。
果てながら、小弥太には、親分の弥太のことが浮かんだ。
弥太に対する反抗心、不満が、一気に解消していくのを感じた。いや、解消したのというのは、正確ではない。それまで、世の中全体に対する嫌悪の情が、弥太ひとりに向いていたのが、何か、ばからしく、急に視野が広がったように感じたのだ。弥太など何ほどでもない。弥太だけを見て、心乱していたことが、意味がなかったのだ、と悟った。
娘を見ると、娘は、また、艶然としたメスの表情を浮かべながら、果てた小弥太の男を、まだまさぐっていた。娘の舌が、ちろちろと動き、小弥太の男の先端を刺激し続けていた。若い小弥太はすぐに復活した。一度、情欲を爆発させた男の部分は、より一層、快感を強く感じるようになっている気がした。先ほどは、無我夢中で、何がなんだかわからないうちに果ててしまったのだが、今度は、やや落ち着いて、自分の状態を少し客観的に認識することができた。
娘の頭が、下半身から、上に上がってきた。それにつれて、娘のやわらかい身体の感触が、腹に、胸に、頸筋に感じられた。やがて、娘の息遣いが近づいてきた。そして、やわらかい唇が重ねられてきた。娘の息遣いが一層激しさを増した。しばらく、その感触に、陶然としていたが、ふっと、娘の頭が離れる気配があった。頭を巡らせると、娘が、小弥太の身体の上に乗りながら、上半身を起し、両手で、小弥太の男をつかみ、自分の女陰に導こうとしているのが見えた。そして、二度ほど試すように切っ先だけを入れてから、ぐっと腰を落とし、自分の中に収めた。娘は、大きな声を上げた。
小弥太の背中にも、電流が走った。そして、小弥太は、自分の男が味わう未知の感触を不思議に思った。「まるでうなぎのようじゃ」小弥太は、うなぎのぬるぬるした感触を思い出していた。娘が腰を使うと、また、すぐに果てた。

それから、何度も娘は、小弥太を導き、小弥太は何度も果てた。何度果てても、やめる気にはならなかった。小弥太は、娘に溺れた。
気がつくと、周囲は、赤く、夕暮れの気配が迫ってきていた。
娘は、ぐったりとした風情で、小弥太にしなだれかかっていた。その風情を見ると、小弥太の中に、今まで感じたことがない、甘い感情が湧き上がってきた。娘は、小弥太の胸をまさぐると、顔を近づけてきて、唇を求めてきた。小弥太は、娘の唇を吸った。ひとしきり、唇を吸いあって、離れると、娘は「……明日も」と小さな声で言った。

翌日は、朝から大雨が降った。
こんな天気だから、娘は来るまいと、思ったが、やっぱり足は、昨日の池のほとりに向かってしまった。
すると、木の陰から、娘が現われた。
雨を避け、大きな木の洞に隠れるようにして、再び、何度も情を交わした。

娘と別れて、むっつりと、弥太の洞に帰ってくると、弥太は、一瞬、じろりと探るような目つきをしたが何も言わなかった。しかし、弥太は、何事か気づいているような気がしてならなかった。

 そんな日々をひと月ほど過ごしただろうか、小弥太とほとんど毎日情を交わすようになって、娘は、ますます、肌が白く、艶めかしくなっていった。
 小弥太は、もうひと時も、娘と離したくないと思うようになっていた。そして、ある日、娘がやって来なくなることを恐れるようになった。昼、娘と会い、情を交わし、夜、弥太の洞に帰ってくると、言うに言えない焦燥感が、小弥太を悩ました。
「明日は、猪を獲りにいくぞ。明日は出かけるな」ある日、弥太が、寝際にそう言った。
 その言葉を聞いて、翌朝暗いうちに、小弥太は、弥太の元から姿を消した。

 二人だけの秘密の場所で出会ってから、小弥太は、娘に、「親分に背いてきた。もう親分のところには、帰れない」と言うと、娘は、まるで、それを予め知っていたように、小弥太に唇を押し当てて、ゆっくりとうなづいた。
 そして、また情を交わしてから、小弥太は、娘に手を引かれて、今まで、通ったことのない山道に分け入って行った。
小説「一休さんと野盗弥太」 (書き下ろし新作)230の有料書籍です。
書籍を購入することで全てのページを読めるようになります。
小説「一休さんと野盗弥太」 (書き下ろし新作)を購入
ヒロN
小説「一休さんと野盗弥太」 (書き下ろし新作)
0
  • 230円
  • 購入

6 / 15

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • 購入
  • 設定

    文字サイズ

    フォント