そして、消えた

 JR函館本線終着函館駅で発見された男性遺体の件は、翌々日の朝刊に掲載された。乗客の手荷物の中に明海出版社差出封筒があり、宛名から男性の身元が判明した。「日本小説大賞受賞作家 成瀬元就氏 逝く」の見出しのもと、警察コメントとして「外傷は見受けられず、事件性の有無について調査中」と報じられた。


 寝転んで新聞を広げ、三面記事から読む。森田由紀の休日の愉しみのひとつだ。この習慣を由紀の母 すえ は快く思っていない。目の前で、娘が、というより、いい歳をした大の大人が、テレビを見るにも、新聞を読むにも、朝夕四六時中ごろごろ寝転がっている姿は正視に耐えない。由紀が定年退職を迎え、毎日が日曜日になり、正視に耐えない光景が連日となってしまった。小言もいいたくなる。
 由紀は母の小言から逃れ、自分の部屋でパソコンにむかっていた。新聞報道の日本小説大賞受賞作家が死亡したという記事がなんとなく気になり、ネットで検索をかけた。「突然死」のキーワードからは、小説家 成瀬元就 だけでなく、フランス人モデル マリー・キャンベル、写真家 パク・ヨウエン など世界的著名人の死亡記事にたどりついた。いずれも活躍の真っ只中、突然、原因不明で死亡している。単なる偶然だろうか?共通するのは、有名人と原因不明の突然死だが、関連性はないのだろうか?

 毎日が日曜日の由紀は、漠然とした疑念ではあるが、気にかかり、図書館で調べてみることにした。まず、ファッション誌「パリス」にマリー・キャンベルのグラビアを見つけた。スペイン、セビーリャのカテドラルで撮影されたものだ。中世にタイムスリップしたかのような大聖堂の風情がモデルの憂いを含んだ華やかさを引き立てていた。カメラマンは、パク・ヨエンだった。次に週刊エクスの最新号で「有名作家の謎の突然死を扱った」記事を見つけた。双方の記事のコピーを手に入れて帰宅した。

 
 由紀の母親 すえ は、昭和一桁の生まれで、来年、米寿の祝いを迎える。夫を5年前に亡くし、やはり連れ合いを十年前に亡くした長女 由紀 と4年前から同居している。友人たちからは、実の娘と暮らす すえ は、いつもうらやましがられる。が、すえ に してみれば、家でくつろぐ を 通り越して ぐうたらしている娘を見ていると、これから先 とても この娘の世話には なれないと思っている。由紀のほうでも、母が思うような介護は不可能と予測し、介護はプロに任せる割り切った方針で、母娘の意見は一致している。元気なうちに、入居施設は、自分で決定したいと、由紀同伴で、西へ東へ有料老人ホーム見学を兼ねるプチ旅行が趣味になった。
 明日は、世田谷にある 超高級シニアレジデンス 夢の里 の見学会。バスの送迎と昼食、アフタヌーンティ付き に参加する。いつもどおり、由紀も一緒に出かけるはずだったが、由紀は他に用事ができたとかで、渋谷駅近くの送迎バス発着の集合場所まで送ってくるだけになった。
 シニアレジデンスバス見学会当日、由紀は、週刊誌掲載の 作家の通った 海辺のカフェ を訪ねてみることにした。人が亡くなったのに不謹慎とは思うが、いつもの旅より謎スパイスが加わり、うきうきした気分で出かけた。

 シニアレジデンス見学会参加のため、集合場所まで、由紀に送ってもらった すえ は、腕章をつけて待っていた担当者に、ビル内4階の会議室に案内された。部屋の入口で受付を済ませたあと、見学会タイムスケジュール等事前レクチャーがあり、それから大型バスに乗車して、現地に向かった。参加者は、母親の付き添いと思われる50歳近い女性が一番若そうで、70歳台の女性同士、老夫婦、60歳代の一人参加の男性や女性など15組26人だった。
 世田谷にあるシニアレジデンス 夢の里 は、超高級との触れ込み通り、洋館風な外観、ゴシック調家具で統一されたラウンジ、ホテルのようにコンシェルジュが迎えてくれるフロント、1階にケアセンターが併設され、花と緑の中庭を望むレストラン、地下には大浴場、美容室、ジム、2階から上の居住用個室は、広さと向きにより価格が設定され、医師が通い、看護士が常駐し、ケア付きで高級ホテルに滞在しているように暮らせる。事前に送付されてきたパンフレットから判断しても、ここに入居するには宝くじにでも当選しない限り、資金的に無理だと すえ は、思っているが、好奇心旺盛なので、手が届かなくても 見てみたい と 参加した。
 数年前までは、団体ツアーで国内旅行に出かけていた すえ だが、団体スケジュールにあわせるのが億劫になり、申し込まなくなった。かわりに、有料老人ホーム見学ミニ旅行を愉しみにしている。ほとんど由紀が一緒に来てくれ、バス見学会なら、千円程度の参加費で、ランチやお茶付、バス送迎有りだし、個人で見学するときも、最寄駅までは、施設担当者が必ず送迎してくれた。お客さまとして、大事にしてもらえ、温泉付き施設に体験宿泊すれば、旅行気分を満喫できる。下見と情報収集という実益も兼ねているので、満足度も高かった。

 母を集合場所まで送り届け、列車に乗り込んだ由紀は、日帰りとは言え、ひとりきままに行動できる開放感を味わっていた。ここのところ、旅行と言えば、母に同行して、有料老人ホームの体験宿泊ばかりだった。いまだに母は入居先を決めていない。浅間山を望む大露天風呂の有る施設は、鉄道駅から遠く、部屋の段差が気になった。温泉付き新築住居型ホームは、泊まってみたら、同じフロアの夜間ケアの物音が気になり、晩秋であったが、一晩中暖房入れたままにするほどの冷え込みに検討リストから外した。プール、露天風呂、大浴場、病院とも廊下続きの施設は、希望する部屋の空きがなかったし、東京までの交通費がかさむのもネックになり、保留。入居金も手ごろ、東京からの交通費もまあまあ、要介護になっても面倒見がよさそうな温泉付きホームは、申込金まで払ったが、食事がまずい、温泉大浴場の洗い場が狭く、男女、要介護者入浴を4つにグループ分けしてタイムスケジュールを組み、入浴時間が制限されるので、結局キャンセルした。今日母が参加したシニアレジデンスは、温泉付きではないという以外ケチのつけようがないが、予算オーバーもはなはだしく、見るだけ で 終わりだと思う。

 やっと見つけた! 美しいカフェ! 「世界でもっとも美しい二十の書店」の画像をインターネットで見て、ぜひ行ってみたいと思っていたが、まったくネームバリューのないひっそりとたたずむ「海辺のカフェ」は二十のリストに組み込んで遜色ないブックカフェであった。作家が通いたくなるのもうなずける。家の近くだったら、毎日通うと思う。連日通うわけにはゆかないが、はじめて観た今日から、すでに、またすぐ来ようと決めた。レトロな雰囲気、セピア色のソファ、それでいてこざっぱりしている。打ち寄せる波、カーブを描く半島の緑、水平線、残照の影と光を映す雲、いつまでもみていたい。来る時に、意気込んでいた疑念を忘れそうだった。「先生は、よくブックエリアも利用されていました。」とのオーナーの言葉に、本棚の連なる部屋も見てみることにした。風通しと明り取りの小さな窓はあるが、本が日に焼けないように組み立てられ、本棚の支える柱も棚も 磨きこまれたつややかさが、にぶくひかり、装丁の美しい本たちが並んでいる。眺めているだけでうっとりする。

 この日を境に由紀は、美しい本たちに会いたい渇望に駆られ、 幾度となく 海辺のカフェ 
を訪れるようになった。

 母が「踊りの会」に出かけた後、洗濯物も干し終わり、紅茶を入れて、一息入れた。なにげなく、2年ほどまえに由紀が友人3人と参加した「新・決定版! スペイン8日間」ツアーのフォトブックを開いた。十月に入ってから訪れたので、紅葉を期待したスペインだったが、最初の観光地バルセロナでは、夏日の気温に上昇した。池に映るサクラダファミリア、眩しそうな様子でグエル公園ベンチに並ぶ友人たち、タラゴナの高台で地中海をバックに四人揃ってとってもらった写真、ラ・マンチャの風車、オリーブ畑の続くアンダルシアの車窓、アルハンブラ宮殿夜景、洞窟フラメンコ、ミハスの白壁続く街並み、セビーリア観光馬車、カテドラル黄金の塔からの眺め、コルドバでのメスキータ、最終日はマドリッド。、セビーリャの大聖堂でとった写真には、ガラスケース内に展示された「中世の書」があった。数百年の時を経たとは思えないほど、彩り鮮やかな精緻な工芸品のような書であった。旅の楽しさが蘇り、丁寧に見返した。



通いなれた 海辺のカフェ を訪れた あの日
 由紀は、書棚の一番奥の暗がりで目を凝らした。美しい装丁の分厚い書を見つけた。旅先のセビーリャのカテドラルのガラスケースの中に飾られていた中世の書にそっくりに思えた。なにげなく手にとり、しばらく眺めていた。どこかでこの古書を見たような気がする。カフェを訪ねた当初の目的、有名人突然死の謎のことは、ほとんど忘れかけていたが、マリー・キャンベルが専属モデルだったファッション誌「パリス」のグラビアが浮かんだ。書棚からパリスのスプリング号を探し出した。見開きのグラビアには、丸天井に天使の絵が描かれ、ステンドグラスの窓から差し込む光の中に、レースの襞が重なり合うゴージャスな純白のウエディングドレス姿のマリー・キャンベルが佇んでいた。眺めるほどに、ため息が出るほどモデルも背景のセビーリヤのカテドラルも美しい。よく見るとグラビアの左端に木製の丸テーブルがあり、そのうえに分厚い装飾の美しい本が映っている。いま見つけたこの分厚い本にそっくりではないか。よく見ると小さな鍵がついていた。
 パリスのグラビア写真と手元の古書を何度も見比べ、いますぐ古書の鍵を開けたい欲求に負けそうになりながら、古書を抱え込み、考えろ、考えろ、と己に必死で命じた。古書に張り付いたようになっている自分の手を自分で指1本ずつ剥がすようにして、古書を放し、猛然と帰宅した。
 帰宅した由紀は、あの鍵付き古書は、有名人突然死の共通項に間違いないと確信していた。連日 海辺のカフェ に通っていた 小説家 成瀬元就 は、古書を見つけて鍵を開けたのだ。モデルのマリー・キャンベルと写真家 パク・ヨウエンは、スペイン、セビーリャのカテドラルで、「鍵付き古書」に触れたに違いない。
 古書の鍵を開ける前に準備をしなくては、と由紀は思っている。なにしろ3人も死亡しているのだ。由紀は、有名人ではないが、死ぬかもしれない となれば、なおさらである。突然死の共通要因に違いないが、どういう作用で、システムで動いているのか、どのような影響があり、なぜ死に至るのかまったく不明なわけで、自分の手を放すのにさえてこずるほどの吸引力のある古書、すでに死のカウントダウンは始まっているかもしれない。鍵を開けるまでは何もおこらないと、どうして言えよう。40年以上も役所を勤めあげて、無事定年退職したごく平凡な一般人としてこの世にさよならするのか? 何かしらで有名人となり、突然死するのか? まだ鍵を開けていないから、なにもおこらないのか? 
 このまま何もしないで、古書をあきらめることは、できない。これまでの人生、大きな波乱はなかったけれど、小さな数々のしあわせに恵まれ、穏やかに終わることに、抵抗も不満もなかった。振り返れば、よき人生だったと思う。十分人生を愉しんだから、いますぐ死神が迎えに来てもかまわない。親しき人々が逝くたびに、あの世への垣根は低くなっていた。元気ではあっても、年老いた母より先に逝くのだけは、気がかり。考えが及ぶ限りの準備をして、鍵を開けよう。




十五夜
作家:K
そして、消えた
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