「行って来ま~す」
めぐちゃんは、小学3年生。1年生になってから毎週金曜日は、ばあばのお家へお泊りに行くのが日課になっている。
「お家にいるより、ばあばの所へ行った方が楽しいし、ばあばが大好きなんだもん。」
ばあばのお家は、めぐちゃんの家から歩いて10分位の所にある。めぐちゃんは小学校に行くようになるころには、一人でばあばのお家に行けるようになっていた。
今日も学校から帰ったら、すぐにばあばのお家に行く準備をした。宿題やお泊り道具を持つと、急いでばあばのお家へと向かった。
「ばあばただいま。今日も泊りに来たよ。」
いつもだったら、急いで玄関に出てきて、
「あら、早かったわねえ。早く入って手を洗っておいで。おやつができているわよ。」
と言うはずなのに、今日はなかなか出て来ない。
「ばあば、いないの?」
大きな声で玄関から呼ぶと、ゆっくりとばあばが出てきた。
「あら、かわいい子だわね。お嬢ちゃんは、お名前はなんていうの?」
「またばあばは、めぐちゃんをからかって」
と、めぐちゃんが言うと
「めぐちゃんて言うんだね。かわいいお名前ね」
「???。ばあばの孫のめぐちゃんだよ。からかうのが好きなんだから。ああお腹すいた。おやつあるの?」
と言うと、ばあばは
「ああそうだったわね。めぐちゃんだったわね。最近忘れっぽくなっちゃって。おやつ作るのも忘れてた。ごめんね。」
「まあいいか。お菓子をもらうね。」
引出しの中からお菓子を取り、いつものようにこたつに座り宿題を始めた。
「ばあば、お母さんに電話するからケイタイ貸して。」
と言うと、ばあばは
「それがケイタイをどこに置いたかわからないのよ。」
めぐちゃんは、ばあばがいつも置くテーブルやソファ、寝室などを探すけど見つからない。玄関に行ってみるとと、靴箱の上にケイタイがあった。
「ばあば、外から帰ってきたときに、ここに置いたんじゃないの?」
「ほんとにごめんね。今やったことをすぐに忘れてしまうのよ。」
ばあばは、困った顔で言った。
宿題が終わると、今夜の夕食の材料を買いに近くのスーパーに出かけた。今夜はめぐちゃんの好きなお好み焼きにすることにした。
ばあばは、スーパーの中で、買い物かごを手にしたまま困った顔をしている。
「ばあば。何しているの?」
「めぐちゃん、何を買いに来たかしら。」
「ええ!お好み焼きの材料を買いに来たんでしょう?」
「そうだった。ところで、お好み焼きの材料って、何を買えばよかったかしら。」
「お好み焼き粉と、玉子。お肉に納豆もいいよね。あとエビとイカと、かつお節にふりかけの海苔を買わないと。」
いっぱい材料を買って帰ると、、めぐちゃんは、台所でばあばのお手伝いをしました。
お好み焼き粉の袋に書いてある作り方を見ながら、キャベツをいっぱい切って、イカ、エビ、お肉を食べやすい大きさに切りました。そしてお好み焼き粉を水で溶いて玉子を入れ、切った材料を、その中に混ぜました。
ホットプレートを温め、生地を乗せると、いい香りがしてきました。ひっくり返すのにちょっと失敗したけど、焼きあがったお好み焼きを皿に乗せ、お好み焼きソース、マヨネーズ、そしてふりかけ海苔をかけ、最後にかつお節を乗せると、まるで生きているように、かつお節が踊りだしました。
「いただきま~す。おいしい。やっぱりお好み焼きにしてよかった。ねえばあば。」
「うん。おいしいね。でもほとんどめぐちゃんが作ったからね。すごいね。」
お腹いっぱいになり、満足してその日はぐっすりと寝ました。
次の日の朝、目が覚めて2階から降りていくと、ばあばは台所で朝ごはんの準備をしていました。
「おはよう。ばあば」
「あれ、どこから来たの?お嬢ちゃん。お名前はなんていうの」
「え~なんで。ばあばの孫のめぐちゃんだよ。また忘れてしまったの。え~ん。」
昨日も一緒にお好み焼きを作ったのに、大好きなばあばが、めぐちゃんのことを忘れてしまった事が悲しくて、大声で泣き出してしまったのです。
「ごめん。ごめん。私の孫のかわいいめぐちゃんだったわね。ごめんね。」
めぐちゃんは、ばあばのお家を飛び出すと、自分のお家に走って帰り、お母さんに言いました。
「お母さん。ばあばが大変だよ。何もかもすぐに忘れてしまうんだよ。めぐちゃんの名前も忘れてしまうんだよ。ばあばは頭がおかしくなっちゃったの?どうしてめぐちゃんの名前も忘れてしまうの?」
「そうなのよ。最近、ばあばは物忘れが多くなっちゃって、お母さんもおかしいって思っていたんだ。今度の月曜日に、ばあばを病院へ連れて行って、みてもらってくるね」
月曜日、学校から急いで帰ってくると、めぐちゃんはすぐにお母さんに
「お母さん、ばあばはどうだったの?」
「ばあばはアルツハイマー型認知症といって、物忘れが多くなったり、今どこにいるのかわからなくなったりする病気なんだって。治療も難しいんだって」
お母さんは、困ったような顔で言いました。
「病気なんだ。病気だったら治るよ。パソコン貸して。ばあばの病気を調べてみる」
めぐちゃんは、お母さんのパソコンを借りて、インターネットで認知症を検索しました。どうしたら治るのか、一生懸命探しました。そしたら、食事に気をつけること、運動をすること。頭を使うことなどが書いてあります。
めぐちゃんは、自分が何ができるか考えました。運動や頭を使うことはできるかも。
「お母さん、めぐちゃん、毎日ばあばと一緒に勉強すことにする。学校が終わったら、毎日ばあばのお家行っていいでしょう?」
めぐちゃんはその日から毎日、学校が終わると、宿題プリントをお母さんにコピーしてもらい、ばあばのお家に走っていきました。
「ばあば、ただいま。」
やっぱりばあばは
「どこのお嬢ちゃんかしら?」
「ばあばの孫のめぐちゃんですよ。」
もうめぐちゃんのことがわからないのは、病気の性だとわかっているので、悲しくなりません。それより、ばあばの病気を、めぐちゃんが治すんだという気持ちでいっぱいです。
「ばあば、まずこの五十マス足し算を一緒にしよう。」
「ええ!こんなにいっぱい。面倒くさいわね。私にはできない。」
「大丈夫だよ。すぐに終わるから。時間を計るからね。よーい。スタート」
そう言うと、めぐちゃんはタイマーのスイッチを押しました。
「はい終わった。めぐちゃんは一分二十秒」
ばあばの方を見ると、まだやっています。ばあばが終ったのは、三分三十秒。
「はい。答え合わせね。二人の答えを比べてみよう。」
「あれ?こことここがめぐちゃんの答えと私の答えが違っているよ。」
よく見ると、全部ばあばの答えの方があっている。めぐちゃんは早くしようと思って、答えがいくつか間違っていたけど、ばあばは全問正解だった。
「すごい、ばあば。全部あっているよ。じゃ次は百マスかけ算をやろう。」
百マスかけ算は、丸い円にかけ算がいくつもあり、それぞれのかけ算の一つが消されているところを、埋めていく問題だ。
この問題はめぐちゃんは1分55秒で終わったが、ばあばはなかなか終わらない。5分ぐらいかかってやっと終わったが、半分以上間違っている。
「頭の体操終わり。次は散歩に行こう。」
運動も治療の一つだ。それにスーパーまで行けば、きっとばあばはお菓子を買ってくれるはず。一石二鳥だ。
散歩から帰ると、今習っている漢字の書き取りをしたが、ばあばはほとんど書けない。
「漢字は、読めても書けないのよね。」
その日からめぐちゃんは、毎日ばあばの所へ行って、一緒に宿題や散歩をしました。そして一カ月ぐらいたったころ。
「お母さん。めぐちゃんね。算数で百点取ったよ。国語も百点だった。」
「ええ!すごい。そうだよね、あんなに嫌いだった宿題を、毎日ばあばと一緒に頑張ってやってるから、成績もよくなるんだね」
ばあばも物忘れが少なくなったような気がするし表情も明るくなってきました。そして何よりもめぐちゃんのことをお嬢ちゃんと言うことが無くなった。めぐちゃんにとってはそれだけで十分でした。めぐちゃんのことさえ忘れないでくれればそれだけでいいのです。
「ばあば。これからも一緒に勉強したり散歩したり、頑張ろうね。」
「ありがとう、めぐちゃん。これからもよろしくお願いします。」
「わかりました。めぐちゃんにまかせなさい。」