小市長の野望

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    六

「さあ、最終段階です。四本ですよ! 僕も実は頭が痛いんです。ホームレスのひとたちね。見るだに辛いでしょ。家が無い。選挙権も無い、何も無い。自分を護る術を知らない。心身の病気や不幸不運を抱えている。みんな見て見ぬ振りをしている。行政の黒い穴ですよ。手を出すのはものずきなNPOだけ。でも人手も金もない。どうします。まず彼らに話しかけることすら大変なんです」

「俺はときどき、話しかけるよ。人によるけどね。中には明らかに障害があると思われる人もいる。実は専門家が見なくちゃならない事例なんだね」

「なんかなあ、腕章でもして数人で話しかけるのならできるかもなあ。あれで自由を感じているってこともあるのじゃない?」
 根元達治が言うと、同調する数人がいた。

「今更何か趣味を始めても、まあそれはそれで始めて良いんだけど、趣味で終わるよな。ボランティアといっても花を植えたり、道の掃除したり、病院の付き添いなんてあるけど、必須事項じゃないから、もひとつ気合いが入らないじゃない」

 そう言ったのは、その息子が青年商工会議所で最近話題になっている切れ者だという藤村正である。正は電子工学の知識があり、新しい3D印刷を請け負う小さな会社を立ち上げたという。

 すっかり弱者救済思考にはまってしまった石野和十市長は、すたすたと彼のほうに歩いて行った。どんなチャンスも自立し損なったかれらのために逃したくない、中には理数系の頭をもつやつらもいるはずだから。
 もうひとつの可能性へと彼は歩み寄って行った。

「藤村君。久しぶりだね。お元気そうで何より。秀才と評判の息子さんも藤村君と同じように本格的な助け合い志向があるんだろうか。単刀直入で申し訳ないけどね」
 藤村正は、大きく頷いた。
「親が言うのもなんだが、切れるだけに今のままではまずい、ということが見通せるんだね。優しさというより理の当然だと」
 へえ~と和十は大きく目を見開いた。



     七

 旅立ちの前夜、七時半のころにはいわゆるスーパーエクストラムーンが東の空半分のところに上ってきた。確かに大きい。残念なことに薄い白雲がかかっており、乱視のせいもあり、汀子にとっては楕円の大きい月だ。
「それでも少しずつ月は遠ざかっているんだって」
 独り言をいつものように言う。
 
 和十の話を聞いてから、なんとなく筋道が見えてきたような気がする。安寧な人生に恵まれた自分が、ちょっと間が悪いような感じをずっともっていた。自分の力を正しく使わずに、怠けていた、まさに汀子が怠け者に対して辛辣だったことも恥ずかしい気持ちの裏返しだったのだろう。

   汀子は市長の妻として、新しいプロジェクトに積極的にかかわった。もちろん素人なので、目立たないところで手伝っている。しかし、次第にやはり上に押し上げられてきていた。それはそれで、汀子にふさわしい働きができる地位でもあった。

 人付き合いが苦手だと思っていたが、人の繋がりを求めるという立場に立つと、その目的が正しいと確信できると、面白いように見知らぬ人に話しかけられる。そして世間話を省略して、その人の本質にぐっとはいりこむこともできるようになった。しかも自分は自然体である。

 主にオーストリアとアイルランドの視察をかねて、夫婦で昼頃出立した。まもなくすると夜となり大満月が望まれた。
 まるで人工衛星から見るかのようだった。

   人類の善き面のみが見えるような気がした。

   その下の地上ではいくつものミサイルが、ウクライナ、イラク、シリア、ガザ、飛び交っていた。そのひとつがまた機体に当たってくるかも知れないのだった。 了

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東天
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