春風と就活

 

  リストラまでの半年で答えを出せと言うけれど、

  一途に過ごした年月を何で測ればいいのだろう。

  40歳が不惑だなんて、昔の人が言ったこと。

  中年時代の真ん中も道に迷っているばかり。

 

  昼間のカラオケBOXに一人。

  替え歌を歌い終わると、力なくマイクをテーブルに置いた。

  伴奏が空しく室内に流れる。

  演奏中止のボタンを押すと、画面が桜の映像に変わり、

  卒業ソングランキングが映し出された。

  時間つぶしで入ったものの、さして歌いたい曲も見当たらず、すぐに部屋を出た。

  店員は事務的に伝票の受け取り、乾いた声で応対してくれた。

 


  店を出ると、生暖かい風が吹いていた。春というには中途半端な天気だったが、

  街を行き交う人々の服装は少し軽やかになっていた。

  そのなかにリクルートスーツ姿の学生達も混じり始めていた。

  自分たちの時代とは、開始時期もやり方も大きく変わっているだろう。

  あの頃、就職氷河期のなか新卒で入社してから20年余り。何とかここまでやってきた。

  努力は必ず報われる。汗をかけ。数字をあげろ。

  応えてきたつもりだ。なのになぜ。。。

 

  細身の男子学生が目の前を歩いていた。

  片手でスマホの画面をいじりながら、もう一つの携帯電話で通話をしていた。

  「あぁ、来週火曜ですか。その日は学事日程と重なってまして・・・」

  どうやら次の面接日程の調整らしい。

  申し訳なさそうにしばらく話していたが、唐突に通話していた携帯を耳から離し、

  画面を確認すると、すぐにまた話し出した。

  「あ、すいません。今から電車に乗るので後ほど折り返します。」

  通話を切り替えたらしく、別の相手と話を始めた。

  「・・・はい。ありがとうございます。来週火曜、問題ありません。」

  信号待ちの交差点で電話の向こうの相手におじきをしながら、学生は通話を終えた。

 


  こういう”したたかな”人が会社に入ってもうまくやっていくのだろう。

  信号は青に変わり、人々が渡り始めた。

  向こうから、やはり就職活動中であろう女子学生が、まっすぐに前を見つめて

  歩いてきた。短い髪を後ろでまとめ、意志の強さを感じる太めの眉を吊り上げていた。

  だが、その目はいささか赤く充血し、涙を貯めていた。

 


  面接がうまくいかなかったのだろう。

  売り手市場と言われながらも女子学生の就職は厳しいと聞く。

  きっとこの先も多くの壁が待ち受けている。

 


  信号が点滅をはじめ、何人かが小走りで横断歩道を渡っていった。

  学生の心配より、自分の心配をしなければいけなかった。

  自分自身もこれから就職活動だ。目の前のビルを見上げる。

  今日は転職支援会社の面談だ。20年前のあの頃と違いを見出さなくてはならない。


  「顔、上げていこう!」

  部活の時の掛け声をなぜか思い出し、少し心がほぐれた。 

  やわらかい風が吹いて、不安と期待を混ぜ合わせにしていった。

 

ミキトモ
作家:ミキトモ
春風と就活
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