A-40アラフォー男子のフットサル

3.アラ・グリーン 二試合目

 

 

一試合目に比べ、二試合目は体も温まり、幾分躰が軽く感じられた。

こちらのパスに相手チームの上司らしき人が翻弄されている。足がもつれたところをベンチの部下らしき人から野次られていた。

 

 

今より少し前のある日、朝起きると体全体が重く感じた。風邪薬を飲んでやり過ごしていたが、そのうち食欲も無くなり、集中力も低下していった。無理して出勤していたが、仕事をやらなければと思えば思うほど、体は重く、思考は虚ろになっていった。

 

以前から多かった上司からの叱責が更に増えた。致命的なミスが続くようになり、遂には強制的に有給休暇を消化するように命じられた。

 

家に居ても仕事のことが気にかかって仕方がない。体調は悪化するばかりだった。渋々医者に診てもらうと、遠回しに心療内科での受診を勧められた。

 

なけなしのプライドがそれを認めようとしなかった。曖昧に返事をしながら診察室を出た。処方された薬を服用すると気分が良くなった気がしたので、すぐに服用するのを止めてしまった。

 

翌週、会社に出向くと上司はやや驚いた表情をして、業務分担が変わったことを教えてくれた。あてがわれた業務は、定例会の資料づくりを除けばほとんど担当と呼べるものがなかった。突発的な事象に対応するようにと言われたものの、いざそういった事象がおこっても担当が上司と対応してしまい、出番はほとんどなかった。

 

何もしない時間が増えていった。無視されている訳ではなかった。むしろ周囲の接し方は不自然なほど普段通りに接してくれた。ただ仕事のやりとりはほとんどなかった。そのうち自分に有用感を全く感じられなくなっていった。

 

内臓から何かどろっとした膿のようなものが溢れた気がした。

 

気が付けば、警笛とともに特急列車がすぐ目の前を通過していった。ホームの端にへなへなと座り込むと、駅員の駆け寄ってくる足音が微かに聞こえた。

 

有休を全て使い果たした頃、唐突に大学時代の先輩から連絡があった。アドレスの交換はしていたが、OBのサッカーチームが消滅してからは、頻繁に連絡をとっているわけではなかったので驚いた。内容はフットサルの誘いだった。同年代で自宅近くのフットサルコートでやっているらしい。

 

久しぶりのボールは、サッカーのそれとは違って小さく弾まなかった。慣れるまでに少し時間がかかった。

 

更に現役時代にはあり得なかったが両脚がつってしまったが、なぜか笑えた。

 

小さい頃のように無心でボールを追いかけたその日、先輩に今までのことを打ち明けた。心のなかを洗い流すように涙が出てきた。

 

 

今もこうして先輩と一緒にボールを追いかけている。なぜだか学生時代から可愛がってもらえていた。見た目がいかつく取っ付きにくいが、案外面倒見はいい。こちらも一緒にいて居心地が良かったし、プレーの相性も良かった。

 

先輩の次の動作を予測し、扱いやすいボールを送り出す。パスの強さ、スピード、走り込みたいのか、足許なのか、足許であれば左右どちらか。100%とまではいかないがかなりの確率でシンクロしてプレーが出来ていた。

 

今日もシンクロ率は高い。体力は幾分消耗し、息も荒くなってきたが思考はむしろ聡明になっていた。久しぶりだな、この感覚嫌いじゃない。

 

二試合目のタイムアップの笛が鳴った。会社の同僚らしきチームにも危なげなく勝つことができた。チームのメンバーもA-40で何回かやったことがあるので、徐々に馴染んできている。

 

ただお互いの名前を聞きそびれた。ソックスの色がそれぞれ違っていたのを

「ゴレンジャーみたいですね、色で呼びあいますか」とピンク色の人が言い、自己紹介する時機を逸してしまったのだ。

 

今日の一番の強敵は最終戦であたる濃紺のチームだ。体力の温存と行きたいところだが、交代はいない。まあでも、あまり深く考えずやれるだけやっていこう。

 

こんな風に考えられるようになった自分に少し笑みがこぼれた。

 

4.フィクソ・イエロー 三試合目

 

 

第一試合、第二試合の相手と違い、ややレベルが上のチームだった。

先制したものの自分とGKとの連携ミスで失点して同点に追いつかれてしまった後は、押し込まれる時間が続いた。時計の針が進むなか、焦らず飛び込まないような守備を徹底して、前の3人へボールを供給して得点機をうかがっていた。

 

「最終まで持つかな・・・。」

 

サポーターでがっちり固めた腰をさすりながら、恐る恐る伸びをした。

 

 

酒屋の入り婿となり、日々配達で腰を酷使してきた。加齢による筋力の衰えも相まって、最近は痛みが増してきた。本当は減量して負担を減らさなくてはいけないのだが、食べることでストレスを感じたくはなかった。大の甘党だ。酒屋の下戸というのもどうかと思うが、体質だからどうしようもない。

 

食べることとボールを蹴ること以外はストレスだらけの毎日だ。

卸の営業として店に出入りしていた時に先代に気に入られて後を継いだものの、経営は芳しくなかった。駅から少し離れている商店街の一角に店を構えているが、最近は人通りも減り、閉まったままのシャッターも目立ってきた。家庭内では義母の老いが無視できなくなってきていた。妻はいつもイライラしている。今日も家を出る時に嫌味を言われた。彼女にとってはこちらの一挙一動がストレスなのだろう。

 

 

相手ゴレイロがボールをキャッチした。前線には敵が二人残っていた。こちらは一人。ゴレイロは4秒以内にボールを離さなければならない。わざと敵の一人をマークするためにふらふらと寄って行った。案の定、ゴレイロはノーマークのもう一人にボールをフィードしようと投げる体勢に入った。

 

ゴレイロの手からボールが離れると同時に、フィードされる先の敵を目指してダッシュした。敵が触れる前にインターセプトできたボールをダイレクトで味方につなぐ。小気味良くボールはつながり、追加点が入った。と同時に終了の笛が鳴った。

 

ほっとひと息ついたと同時に濃紺の一団が目に入る。この場の雰囲気から浮いた存在のスーツ姿の男性が目についた。

 

「本当にこの大会に賭けたのだろうか。この場所を・・・」

 

 

この土地がフットサルコートになったのは偶然だった。

土地のオーナーから商店街の青年会(という年齢でもないが)リーダーとして相談を受けた。商店街から少し離れているが、駅から見て延長線上にはある。人が集う場所を、ということだったが、平凡な提案では受け入れられず、苦し紛れに出した案だった。

 

苦し紛れだったが、いざその案が採用されてオープンすると、それなりにコートは利用されていた。ただ商店街としては思ったほどの人の流れは増えなかった。

 

せっかくできた施設を有効活用できないかと考えていた矢先に、スーパーマーケットの出店計画が突如として湧き上がってきた。大型モールではないものの、この地方では人気がある中堅クラスの店である。商店街にとっては死活問題だ。

 

オーナーに相談に向かったが、まさかそんなことになっているとは思ってもみなかった。

 

5.ゴレイロ・ピンク 最終戦前

 

 

小さい頃から、気が弱いくせに目立ちたがり屋だった。

勉強もスポーツも際立って得意ではなかったため、アニメとサッカーの知識の豊富さだけが頼りだった。

 

今ほど海外の情報が少なかった時代、深夜のワールド杯中継や休日夕方のブンデスリーガを欠かさず観て海外の選手の技術に魅了されていた。クラブの世界一が決まる大会が国立で行われていた頃、将軍と呼ばれた選手の幻のゴールを今でも鮮明に覚えている。

 

 

「えっ、サッカー経験者じゃないんですか?」

 

これまでも何回かされた質問をグリーンさんから受けてしまった。

 

「何年のワールド杯がどうとか、あの選手は良かったとか、めっちゃ知っているじゃないですか。」

 

「A-40の時からゴレイロの動きは確かに独特でしたよね」

 

ブルーさんがソフトな言い回しで良いところをついてきた。

 

「知識だけはあるんですよねえ。動きは高校の時ハンドボール部のキーパーだったので。」

 

それぞれの質問に端的に答えていく。もう幾度となく行ったやりとりだ。

 

「ユニはかなり出来そうな雰囲気だけどな」

 

怖そうなレッドさんが言い放った。ちょっと臆する。

 

「色合いがズゴックみたいでしょ。そちらも赤い彗星ですね」

 

元イタリア代表のごついストライカーみたいなレッドさんの質問にそう答えると一瞥されてしまった。少し気分を害しただろうか。

 

「それより本当なんですか、今日の大会結果にそんなことが賭けられているのは」

 

話題を変えようとイエローさんに聞いてみた。

 

「ええ、私もメールでしか連絡いただいてないですが・・・」

 

イエローさんがメンバーを見渡す。

 

「事が大きすぎるなあ、だからあんな黒スーツがいるのか。」

 

ブルーさんがペットボトルの水を飲み干しながら、駐車場の方に目をやった。

 

「まあ、いずれにせよ俺たちにできることは目の前の試合に勝つことだけだから。

ああ、それと・・・」

 

さすがレッドさん。ストライカーっぽい。うん?何か指摘されるのか。

 

「どちらかと言えば俺は“彗星”より、赤い“肩”の方が好きだったから。」

 

身構えていたのに、想定外だった。フェイントをかけられた気分だ。

 

懐かしのアニメ談義に話を膨らまそうとしたが、思いとどまった。最終戦控えているし、大人しくしておこう。先ほどの試合でも連携ミスをおこしたばかりだ。

 

 

フットサルコートが増えたおかげでボールに触れる機会が増えたが、若者にはさすがについていけない。ましてや経験者ではない。A-40のような個サルは貴重な存在だ。メンバーも同世代で程よく真剣、程よくゆったりと居心地がいい。

 

自分は未経験でミスも多い。空気が読めないくせに小さいことが気になる。ミスを気にしないように自分に言い聞かせているが、周囲の冷たい目がささることが他の個サルでは良くあった。だが、A-40は違う。周囲が受け入れてくれる雰囲気があった。

 

「失いたくないな、この場所・・・」

 

誰かが言った言葉に全員が共感した。心に小さな炎が灯った気がした。

 

6.タイムアップ前

 

 

終了時間が迫っていた。スコアは0-1。相手はいたぶるようにボールを回している。

 

A-40のメンバーは苛立ちと疲労の耐えながら、ボールを追いかける。

 

イエローが何とか体を張って相手からボールを奪い取った。すぐさま右サイド中段のグリーンにボールが渡る。やや半身になっていたグリーンは、トラップからテンポよくパスをレッドに出した。

 

「さすが俺の欲しいタイミングを良くわかっている。」

 

敵を背後に感じながらレッドはパスの軌道を予測する。 

丁寧な球筋は中央で敵を背負っているレッドのやや右に向かっていた。動き出そうとした瞬間、周囲の音が遠のいた。

 

「この感覚、久しぶりだ。」

 

敵の動きが遅い。正確には遅くなったように感じる。背後からの息遣いで、自身の動きに喰いついてきているのがわかる。

視界の端に白い閃光のようなものが見えたが、気に留めなかった。

 

赤い紐が結ばれた左足を軸にして右に流れようとする球の威力を右足内側で吸収する。

と、同時に左足の後ろ側にボールを通すと、自身は反対方向に躰を翻した。

背後の敵は慣性の法則に従うかのように止まりきれずにいた。ボールは翻した躰の右前方にあった。

 

「いい位置だ。」

 

シュートの弾道もイメージできた。レッドは左足を踏み込む。

が、次の瞬間“ぐにゃり”とした嫌な感覚と共に視界がスローモーションで傾いていく。膝が持ちこたえられなかったのだ。倒れこみながら右足を振りぬいたものの、球に勢いはなかった。相手ゴレイロに向かって力なく球が転がっていく。

 

「最後まで持たなかったか・・・」

 

感傷的な気持ちのまま人工芝のピッチに倒れると同時に見えてきた光景に驚いた。

 

照明に照らされた白い選手が、何かつぶやきながら相手ゴレイロを華麗にかわして、ボールをゴールマウスへ流し込んだのだ。ほぼ同時に終了の笛。

 

交代する選手はいなかったはずだ。駆け寄ってくるその選手の顔を見て更に驚いた。

 

「お、お前何やってんだ!」

 

「そっちこそ、何やっているの、お父さん。」

 

集まってきた周囲のメンバーに軽く会釈をしながら、娘は話を続けた。

 

「ランニングしていたらここが見えて。そうしたらお父さんがいて、しかも負けていたからつい代わってもらっちゃった。何か問題あった?」

 

少し伸びたショートヘアを後ろでくくった顔を近づけながら、いたずらっぽく笑う。

駆け寄ってきたメンバーが、娘と聞いて一様に驚いていた。

 

「問題あったって、お前・・・」

 

「ああ、でも逆転までは時間なかったなあ」

 

「いや、そうでもないよ。」

 

イエローがそう話した時、全員がすぐにその意味を理解できなかったが、交代したグリーンが気付いた。

 

「この大会のローカルルール、確か女子の得点は2倍でしたよね。」

 

「そうなんだ。だから今のゴールで2-1、逆転だ!」

 

「じゃあ、守れたのか。」

 

「ああ、レッドさん」

 

差しのべたイエローの手をつかみ、レッドが起き上がったと同時に、イエローが腰を押さえながらうずくまった。みんなは申し訳ないと思いつつ、笑いを堪えきれなかった。

 

喜びの輪に入る娘。物怖じしない姿を頼もしいと言うべきか。レッドは苦笑いだった。

 

ピッチの向こう側で黒スーツが審判に詰め寄っている。

おそらく交代選手が突然出てきたことへの抗議だが、判定は覆らないだろう。

 

 

「足大丈夫? 家まで帰れる? レッドさん」

 

「からかうな。まあ、自転車ぐらいは乗れるだろう。」

 

「あっ、そうそう。このタイミングで何だけど・・・」

 

左側に寄り添いながら、娘は続けた。

 

「私、ドイツに行くわ」

 

「はあ?!」

 

ミキトモ
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