女医・ヨシミが解く！　　他生物起因病理エピソード２　
「ガジュマルな男性(やつ)」　　　　　　　　　　　　　　　　　　作・　飛嶋　南（とびしまなん）

目　　次

• 序　　　       page 2
  
• 男              page 3
  
• 外来           page 4
  
• 問診           page 5
  
• 男仕事        page 6
  
• シングル     page 7
  
• 日課           page 8
  
• 毛               page 9
  
• オフ            page 10
  
• 男オフ        page 11
  
• 知識           page 12
  
• 診断材料    page 13
  
• ガジュマル  page 14
  
• 口実           page 15
  
• 臨床実験    page 16
  
• 診察結果    page 17
  
• 末路           page 18
• 飛嶋　南作品紹介　　page 19

◆　序

　あの騒動が起きる前の島は、それはそれはのどかで、離島振興法とやらが、何十年先も必要のない様な立派な道や橋を、ゆっくり造っていた。
歌で言うと、ザワワー・ザワワーだ。南国特有の風が、目をつぶっていても潮だの、草いきれだの、島の自然を教えるように運んでくる。
　「三京」（みきょう）。ここは徳之島の中でも海から離れた山間地。当時は小中学校の小さな分校がひとつあった。そこを通り亀津へと続く山道は、非常に貴重な原生林の中を通る。きっとかつては島の広範囲に、このような荘厳な森が存在していたのだろうと、残念な思いをさせうる、そう、通（つう）には、とんでもないパワースポットだった。

　夫のセサミ・ウォレスは、その森のなかでひときわ大きいシイノキの前に立ち、覚えたての日本語で叫ぶ。
「いる、いる。ゼッターイ、いる！」
肩にザイル。手にカメラ、鉈。腰にビニル袋。ミスマッチが一つ。頭にはヘルメットではなく、つばのある帽子。
「わかる！　あのヤンバルとおなじ、におい、する！」
　しかし、この島も三度目。来るたびに道は少しずつ広く、長くなり、森に近づくにつれ、何回か赤土に車輪をとられた。
「今日、見つかればいいねえ。」
傍らのヨシミは輝く瞳の夫に声を掛けた。
　どこでどう覚えたのか、夫は２回目のトライで大木の枝にロープを掛け、上へと上がっていく。
目指すのは枝先端近くにある、うろだ。
枝にしがみつくコアラの、いやシャクトリムシのように枝先へと。
首からかけたカメラが左右に揺れる。腰に手をのばす。鉈が、うろへと押し込まれていく。
と、その時、
ウォーという叫び声と共に、ヨシミの視野に写っていた枝と夫が、メキメキという音を加えて、消えた。
ドスッ。鈍い音。ウォー、ウォー。引きずるような夫の声。
その声は、草むらの下から、ハーッ、ハーッと荒い吐息に変わっていく。
　ヨシミが助けを求め人を呼び、現場に戻って目にしたものは、折れた大木をうらやむよう、半目でにらみつけ、くの字になって倒れている夫の、３時間後の姿だった。付近の草むらを染めていた血の色もドス黒く変わっている。
　もちろん、悔やみきれなかった。恨んだものはいっぱいある。
出血多量に陥れた、鉈。頭を護りきれなかった、帽子。助けを呼びに行った際の、スタック。それよりも何よりも、あの虫さえ沖縄で発見されなかったら・・・・

　国際線待合いフロアー。四角くなった「夫」を白布ごと両手で抱きしめ、終始下を向いている女性の姿には、誰だって目を背ける。 その空々しさがやけに背中に冷たい。華やいだカップルの声がまるで『おまえが悪い」「悪いのはアンタよ」と、アナウンスよりしつこく心に響いてくる。
　早く飛行機、出ないかな。早くドゴール着かないかな。
ひと滴、ふた滴。手の甲から白布へと涙がすべっていく。

「あーあ、また夢見ちゃった・・・。」
・・・「まだどっか、吹っ切れてないのよねえ。」
・・・「こんな日に限って、コアな患者と出会うのよねえ。」
ベッドシーツを白から柄物に替えて、もう何年にもなる。でも、起きあがる際のふとした手触りが、あの涙の待合いフロアーを昨日のことのように思い出させる。