はじめに( 2 / 2 )
そして、実に延々と、非力な改革(かいかく)の絶えることなく続けられもした結果、漸(ようや)く多くの犠牲者との引き換(か)えに、その功を奏することともなっては、宗教の本来そうもあるべく、一民族を超えた非差別性にして万民性の、実現されようことともなったに違いないのです。
さては、施洗者ヨハネにしてその弟子イエスこその、まさにその先駆者たるに他ならないとされるべきなのです。
ところが、イエスの悲劇性の、遙かに師ヨハネを凌(しの)ぎもすればこそ、その劇的最期の顛末(てんまつ)の、殊更(ことさら)にも持て映(は)やされては、復活の奇跡ともども喧伝(けんでん)され、いかにも 『 神の国 』 にして 『 天の国 』 の、実現・実証もされたかに、その教えの流布(るふ)されることともなったのでした。
さてはそれこその、いわゆる運命の、一寸(ちょっと)した悪戯(いたずら)にもすぎなかったはずなのです。
しかし、後々(のちのち)顧(かえり)みられてのそれこそが、運命すなわち 『 定め 』 として、遺(のこ)された者たちの悔悟(かいご)と、自責の念の綯(な)い交(ま)ぜに、都合好くも解釈されては、予想だにせぬ進展を辿(たど)ろうことともなったのでした。
さて、この際、敢えても全ては明かさないでおきましょう。
なぜなら、もしやあなたご自身の、お考えや推理のお愉(たの)しみの、要(い)らぬ邪魔(じゃま)にもなり兼(か)ねませんから ・・・
著 者 主 代 宗 元