一巡せしもの―東海道・西国編

甲斐國[浅間神社] ( 3 / 22 )

甲斐國一之宮[浅間神社]03



実は甲斐国一之宮の浅間神社は、鉄道を利用すると非常に行きにくい場所に存在しているのだ。

乗車して運賃を支払う際に「甲斐一宮まで」と言うと、運転手から「通りません」という返答。

あれ? と首を傾げたら、追って「一宮バス停には止まります」との注釈。

それそれ! と納得し、相模湖→一宮の運賃850円を支払う。

ここで逆に「高速バスを利用するのなら始発の新宿から乗車すればよかったのでは?」という疑問も湧こうというもの。

実は今回の巡礼には「青春18きっぷ」を利用したので、高速バスと最も効率的に併用するため、相模湖までJRを利用した次第だ。

師走という時期と早朝という時間帯の割に、バスの車内は閑散としている。

というより、この時期にしては高速道を走るクルマの通行量そのものが著しく少ない。

乗客を疎らに積んだバスは、スカスカの中央道を西へ向かって順調に走っている。

しかし、バスは大月インターで中央道を降り、一般道の国道20号線に入った。

その理由も、車内が閑散としていた訳も、クルマの通行量が少なかった原因も、すべてここにある。

平成24(2012)年12月2日、笹子トンネル内で発生した天井板落下事故。

トンネル内に吊り下げられていたコンクリート製の天井板が、突如100メートル以上に亘って崩落。

走行中の車両が巻き込まれ、9名もの犠牲者が出た史上最悪のトンネル事故である。

まだ事故の発生から日も浅く、復旧工事は緒についたばかり。

このため全ての車両が大月インターで降ろされ、一般道の走行を強いられているのだ。

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甲斐國一之宮[浅間神社]04



おかげで国道20号線は大渋滞。

これまで高速道を使っていたトラックなどが一斉に一般道へ押し寄せてきたのだから、当然といえば当然の話。

ただでさえ時間のかかる一般道の走行が、さらに輪をかけてノロノロ運転になっている。

それでもまだノロノロ運転は我慢できるが、交通量が激増した国道沿いの民家にとってはいい迷惑に違いない。

バスの車内がガラガラなのも、甲府ならJRの特急で行ったほうが例え運賃は高くても、バスとは比べ物にならないほど早く到着するからだろう。

それでもこのバスを利用したのは、ひとえに浅間神社へのアクセスが圧倒的に楽だからに過ぎない。

笹子川を挟んだ反対側の中央本線を、特急列車がスイスイ走っていく。

もし甲斐国一之宮が鉄道駅の近くにあるのなら、迷わずJRを使うのだが。

なかなか進まないバスは晴天の日差しを浴び、車内は気温が上がって生温い空気が充満。

そんな暖かい車内で微睡んでいたせいか、それほど渋滞にイラつくこともなく。

やがてバスは笹子トンネルの左下に差し掛かった。

さすがに微睡みも霧散する。

右側上部の入口付近には夥しい数の工事車両が並び、作業員用のプレハブ小屋が林立している。

このトンネルの中には、まだ救出されていない犠牲者がいる…それを思うと、やりきれなさを感じる。

亡くなられた方々の冥福を祈り、トンネルに向かって手を合わせ黙祷した。

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甲斐國一之宮[浅間神社]05



その先で国道20号線は新笹子トンネルに入る。

こちらは吊り天井がないので落ちてくる心配はない。

笹子峠をトンネルで抜けると中央道が今度は左手に現れ、その向こう側には白い冠雪を頂いた南アルプスの峰々が聳立している。

一方、手前は一面の葡萄畑で、甲斐国に来たという実感を味わっているうちに勝沼へ到着。

それから間もない9時20分、国道20号線沿いにある一宮バス停に到着した。

時刻表では8時40分着の予定だったので、約40分の遅延。

しかし、あれだけ激しい渋滞に遭遇した割には、意外と早く着いたような気もする。

バスを降りて停留所の周りを見渡すと、すぐ近くに掲げられていた案内板を発見。

左上には「日本一桃の里」、右下には「一宮町役場」と記されている。

山梨県一宮町は平成16(2004)年に平成の大合併で笛吹(ふえふき)市となり、現在では存在していない。

国道20号を跨ぐ歩道橋を渡る。

好天には恵まれたが、空気が冷たい。

歩道橋の上からは南アルプスに連なる雄大な峰々が一望できた。

吹き抜ける風が塵を飛ばして空気が澄んでいるせいか、遠くの景色までクリアに望め、冠雪もクッキリ見える。

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甲斐國一之宮[浅間神社]06



国道から側道に入り、桃畑の中を浅間神社へ向かって歩く。

さすが「日本一の桃の里」だけあって、見渡す限り桃林が広がる。

まだ蕾すら見当たらない冬木だが、春になれば桃の花で一面ピンク一色に染まることだろう。

桃の花を愛でつつ浅間神社に参拝するのなら、4月上旬が最適かも知れない。

桃畑から国道20号線へ戻り「一宮浅間神社入口」交差点に立つ一の鳥居と社号標を眺める。

普通の明神鳥居で、扁額には「第一宮」とだけあり非常にシンプル。

塗りは鮮やかな朱色ではなく、少々くすんだ赤錆っぽい色をしている。

ちなみに鳥居は道路全体ではなく、歩道にのみ架かっている。

その一の鳥居を通り抜け、表参道を進む。

少し先に鳥居と同じ色合いをした「さくら橋」があり、渡った先に天神様が祀られている。

白い鳥居と小さな祠、右側には実をつけたままの柿の木、後背の遥か彼方には南アルプスの峰々。

それらが絶妙なバランスを取りながら一体となって、一幅の絵画のような風景を描いている。

道の奥に白い鳥居が見える。

だが、沿道の両側には大きな神社の参道に有りがちな食べ物屋や土産物屋などは一切ない。

あるのは煙草屋と銀行ぐらいで、道の左側には古びた石碑が立ち並ぶ、ある意味“ストイック”な参道だ。
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作家:経堂 薫
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