記憶の森 第三部

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7・社の中

アンヌは紳士とともに水路の脇の回廊を歩いた。
回廊はろうそくが等間隔に壁際に並んでいて、
歩くのには不自由ではなかったが少しだけ暗かった。
揺らめくろうそくの炎に照らされた総クリスタルの回廊は
神秘的だった。聖地に来たのだという感慨を持って、
アンヌは歩いた。
時々、紳士の横顔を見上げた。
彼はもう四十台近いだろうか・・・
無駄をそぎ落としたような華奢な輪郭の顔、
そして、歳のせいではないだろう銀髪、
何故だろう?眺めていると何か懐かしい感じがした。
視線を感じたのか紳士はアンヌに笑みをよこした。
アンヌも気が付くと自然に微笑んでいた。

他の観光客達も一緒だったが、
皆思い思いに見入ったり、
ご来光を見るのが目当てだからのんびりしていた。
船頭さんの話ではまだ陽が上がるまで三十分位はあるそうだ。
「陽が少し上がってからの社の中も素晴らしいので、
必ず見て帰ってくださいね。」と船頭さんが言っていた。

二人はゆっくりと歩きながら、
ぽつりぽつりとごく自然に会話をした。
「ここに来るのは初めて?」
そんな紳士のさりげない言葉から
会話は観光をはさんで進んだ。
アンヌは何度か訪れたことを話し、自己紹介をした。
紳士はアルフと名を告げ、
ケルトの製本工場で本を作る仕事をしている事を告げた。
ケルトは天使や妖精などの言い伝えでも有名だったが、
別名紙の街として世界中に知られているのだ。
そして紳士は「よろしく。」と言ってアンヌに手を差し出した。
アンヌは自然と手を差し出した。
握手を交わすとアルフと目が合った。
グレーの瞳に吸い込まれそうで、
アンヌは少しだけドギマギしたが、
アルフが微笑んでいたので、つられて微笑んだ。
ぽつぽつとアンヌは孤児院で子供達の世話をしている事などを
アルフに語った。
彼はその言葉を頷きながら静かに聞いた。

天使と妖精達が囁き合うかのような
クリスタルの彫像の前でアンヌは足を止めた。
以前来た時にも見とれたのだが、つい見とれてしまう。
「素敵!」アンヌはため息をついて大きな彫像を見上げた。
「そうだね。僕は初めて見た。」
「まあ、そうだったの。」
彼は余りおしゃべりな方では無かった。
でもアンヌの言葉を静かに受けとめてくれて、
アンヌには話しやすかった。

奥へと回廊を進み続けると、
小さな小部屋がいくつもあった。
今はがらんとした空間だが、
かつては巫女達がここで暮らしていたのだという。
無数に並んだ小部屋を通りすぎていくと、
広い回廊に出た。奥に大広間が見える。
回廊にも赤々とろうそくの灯りがともされ、
至る所にある天使や妖精の像を照らし出していて
神秘的であった。
アンヌはアルフと共にゆっくりと歩いた。
クリスタルのひんやりとした感触が足元から伝わってきた。

8・光を集める者

アンヌはふと足を止めると
大広間の入り口の手前で
アルフの前に回り込んで
悪戯っぽくアルフの顔を覗き込んだ。
「ねえ、ここには何が待っていると思う?」
アルフはふいを突かれたが、
アンヌに微笑み返して言った。
「僕はここは初めてなんだよ。さあ、何だろう?」
「うふふ、さあどうぞ。」アンヌはそう言うと
ドレスを少しつまんで裾を広げて
胸に手を当てて、うやうやしくアルフにお辞儀をした。
「さあ、行こう。楽しみだ。」
アルフはアンヌの肩に手を置くと、
大広間の中へと促した。

大広間の中はろうそくの灯りが至る所に据えられ
ため息が出そうな程の美しさだった。
クリスタルの床には至る所に金色の星が埋め込まれ
それは星座を形作っている様に思えた。
壁には天使や妖精のレリーフが
ろうそくの灯りにともされて、ぼんやりと見えた。
その床の中央には
クリスタルの台座の上に多面的にカットされた
球形のとても大きなクリスタルが乗っていた。

アルフはこの場の雰囲気に圧倒されているようだった。
「素晴らしい。」
アルフはそう言って息を呑んでいた。
アンヌは中央の球体のクリスタルまでゆっくり歩いた。
「アルフ、ここを見て。
 古代文字で書いてあるの。」
アルフもゆっくりと近づいて、
その台座の上の端の文字を見た。
「私が教えてあげる。これは 光を集める者-Angee-よ。」
その文字をアルフは興味深く眺めた。
Angeeとはケルトの言葉で天使の意味である。

9・松明に頬染めて

アルフとアンヌは飽きることなく
大広間の至る所を見ていた。
「昔は巫女達がいて、皆この広間で祈りを捧げた
 のでしょうね。」アンヌが言った。
「ああ、君のようなガイドが居て、心強いよ。」
そう言ってアルフは微笑んだ。
「いいえ、大したことじゃないわ。
 私も毎晩祈っているのよ。」
「ああ、天使達が光を連れて来るって信じてるのかい?」
「ええ。」
アンヌはこんな話ができるのが嬉しくてたまらなかった。
(新しい 大切なお友達)
アンヌの中にそんな思いが浮かんだ。

社の中にはガイドとでも言うべき人がいた。
「さあ、皆さん。神聖な朝日を迎える準備をします。
 この広間のろうそくを消して、朝日を待ちますよー。
 海岸に松明と温かい飲み物を用意してあります。
 皆さん、どうぞそちらでご歓談を。」
もう夜明けは間近だ。
ガイドの指示通り、多くの観光客が大広間から表に出た。
赤々とした松明の炎が目に飛び込んできた。
季節はもう冬を迎える間近。
暖を取ろうと人々は皆その松明の傍に集まった。
焚き火もたかれていた。
そこでは大きな鍋からカップにスープがよそられ、
皆に振舞われていた。
アルフとアンヌもご相伴に預かって、
温かいスープに目を細めた。

「皆さん!東の岸をご覧下さい。
 あと何分かで朝日が出ます。」
今日は雲も少ない。
水平線が赤く染まって、素晴らしい朝焼けがそこにはあった。
アンヌは水平線を眺めた。
海も心なしか赤く染まっているようだ。
「もうすぐね。」アンヌはアルフに囁いた。
「ああ。」アルフはアンヌに微笑んだ。
アンヌは水平線を見ながら、
アルフの横顔を時々眺めた。
こうしているととても幸せだった。

10・光の輪の中で

朝日は音も無くその姿を海上に現した。
聞こえるのは繰り返される波の音だけだった。
陽の端が海上に現れると、
人々から感嘆の声が上がった。
静かに上りくる太陽は
光線の関係なのか、赤々と静かに燃えているようだった。
陽は静かに上りながら
次第に黄金色にその姿を変え、
海も黄金色に染め上げた。
その美しさは声を無くす程だった。
二人は片時もその姿を見逃すまいと真剣に見つめた。
そして黄金色に染まった波をアルフが指指し
二人で見詰め合って微笑んだ。
「本当に最高だよ。」
アルフは今日この場に居られたことを神様に感謝していた。
「ええ、本当に。」
アンヌは心の中に陽が差してきたような
明るい希望とも呼べる物が心を満たしているのを感じた。

「さあ、皆さん。そろそろ社の中に朝日が差し込む時間ですよ。
 朝日の差す社の中はそれは素晴らしいので、
 どうぞ、その目に心に焼き付けて帰って下さいね。」
ガイドに促され、人々は社の中へと歩を進めた。
その人数は二十人程だろうか?
アンヌはワクワクしていた。
朝日の差すべナールは初めてである。
社は朝日に照らされ、既にその光で輝いていた。
それは荘厳とでも呼ぶべき姿であった。
二人はその光り輝く中へと足を進めた。
中でどよめきが聞こえた。

一歩中に足を入れると「わー。」とアンヌは声を漏らした。
アルフは信じられないという顔で
アンヌの手をぎゅっと握った。
それは光りの洪水とでも言うような見たこともない世界だった。
中央のクリスタルへと壁面の高い窓から光りが差し込み、
クリスタルの多面体が光りをあらゆる角度に反射させていた。
その光は四方の天使達の像を照らし出し、
たった今空から天使が降りて来たかの様な
錯覚を覚えさせた。
アルフも同じことを感じていたのだろう。
「君、天使が舞い降りて来たよ。」
アルフはアンヌに呟いた。
天使の顔は今にも愛を囁きそうに優しくアンヌの目に映った。

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haru
作家:haru
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