記憶の森 第三部

1・アルテ川のほとり

それは、バクウとミラの出会う10年位前のお話。
バクウ達の住むイベリア国と海を挟んで北に位置するケルトの国での
とある街でのお話をしよう。

ケルトの国の首都ケルト・・・この街には北の奥深い山々から注ぐ
清らかな川が流れていた。
その畔では多くの人達が憩いの場として安らぐ。
橋から少し離れた川の中では年端もいかない子供達が魚を追っていた。

「ロイったら!また逃げられちゃったじゃないか~~。もう。」
魚を下流に追い立てていたエドは、
川下でざるを持って魚を捕まえるはずだったロイを叱った。
ロイは汗をかきながら、エドを見上げ、泣きそうな顔をした。
「ごめんよーー。今の魚大きすぎたんだ。このざるじゃ無理だよーー。」
「あー、もう・・・今日のおかずだったのにぃ。」
エドはがっかりした様子で口を尖らせた。
「エド、今度は頑張るからさ。ね、もう一回!」ロイはエドに懇願した。
「しょーがないなーー。次は必ずな。」エドが言った。
その様子をマリアが岸に腰掛けて眺めている。
「ロイ君!しっかり!」マリアが微笑んで手を振った。

彼等三人はケルトの街の中心から少し外れた孤児院で暮らしている。
エドが10歳、ロイが9歳、マリアが8歳である。
皆物心つく前に孤児院に預けられ、兄弟同然に育った。
今日は遊びがてら午後から川に出て今晩のおかずを狙いに来たのだ。
三人は歳が近い為、いつも一緒だ。
孤児院には十何人かの子供達がいたが、
彼等はその中で中間位の歳だった。

彼等が魚を追っている場所から少し離れた橋の上では、
アコーディオン奏者が軽快なメロディーを奏でていた。
マリアは心地良い風に髪を揺らしながら、
風に乗って流れてくる音色にワクワクしていた。
(こんな毎日が続けばいいのに)マリアは思った。
橋の上には人々が集まっているのが見えた。

ふと視線を川に戻すと真剣に魚を追う二人がいた。
まもなくロイの叫び声が響いた。
「やった~~!!」ざるの中で魚がピチピチと跳ねている。
なかなかの大物のようである。
「ロイ!早く籠に移して!」エドも興奮して叫んだ。
慎重にロイは魚を大きな籠に移した。
「やった~~!ばんざ~~い。」マリアも遅ればせながら
喜びの声を上げた。
ロイとエドは獲物を覗き込んでにんまりした。
エドはロイの肩をしきりに叩いて褒めた。
ロイは照れたようにエヘヘと笑った。
「早く見せて~~。」
マリアはいてもたってもいられなくなり、
川の中にジャブジャブと入っていった。
籠の中で捕らえられた魚が銀色に光っていた。
「早くアンヌ先生に見せに行こうぜ。」
親分肌のエドが言うと二人も嬉しそうに頷いて、
川沿いの道を上流へと歩き出した。




記憶の森・第三章のはじまり^^

2・アンヌ先生

エド達は孤児院まで走って帰り、息を切らしていた。
待ち受けていたアンヌ先生が通りに出て花の手入れをしていた。
花達は街の有志達がこの孤児院に送ってくれたものである。
いつもアンヌ先生が手入れをしているのだ。
薔薇にアジサイ季節の小花など、色とりどりの花が咲いていた。
この地方には冬があるが、あとは比較的温暖で過ごしやすい季節だ。
「まあ、貴方たち帰ってきたのね!
帰りが遅いので気になっていたのよ。」
「うん、ロイがね魚捕まえたんだ。見てよ先生!」
エドは嬉しそうに誇らしそうに籠の中の獲物を見せた。
アンヌ先生はニコニコして
「まあ、偉いわ。二人で協力して捕ったのね。」とウインクしてみせた。
アンヌ先生にはお見通しである。
エドは「へへ。」と頭を掻いて照れた。
その横でロイはニコニコしながらとても嬉しそうである。
マリアもとろけそうな笑顔をしていた。

孤児院はアルテ川沿いにある。
この辺りは近所の散歩の人くらいしか通らない。
ここはお店の並ぶ街の中心地からは大人の足で二十分位掛かるだろう。
たまに先生が先導してくれて一緒に買出しに行ったりする。
もう思春期に入る歳の孤児院の先輩は
先生に買い物を頼まれて一人で出かけたりする。
エド達にはそれが大人に見えて羨望の的だったりする。
アンヌ先生は三人いる先生の中で一番若い。
後は歳老いたご夫婦がこの孤児院を営んでいる。
アンヌ先生は思春期の頃事情があってこの孤児院に預けられた。
そして、そのまま十六になった時、正式にこの孤児院で働きだした。
今は三十八歳である。

「アンヌ先生!お料理作って。」マリアが先生に甘えて言う。
「ええ、分かったわ。いい子ね!」
アンヌ先生に頭を撫でられるとマリアはまた格別な笑顔を見せた。
「先生、皆に勉強も教えてくれるし、
お料理も作ってくれるし・・・大好き!」
マリアは先生に抱きついて甘えている。
エド達はこんな時、なんとも言えず幸せそうな顔をするのだ。
先生はいろんな子供達を送り出してきた。
孤児院の子供達は十六になると仕事を始めて世の中に出て行く。
それがこの孤児院の掟なのだ。
アンヌ先生のように残って孤児院で働ける者は少ないだろう。
孤児院はひっそりと街の有志達の援助を元に営まれていた。

その夜、十数人の子供達は食卓を囲んだ。
エド達の捕った魚は脇役ではあったが、華を添えていた。
アンヌ先生がさばいてフライにしてくれていたのだった。
もう大人な子供達はエド達を見てニコニコしている。
「偉いぞー。わんぱく小僧達。」
そんな風に言われてエドもロイも少し照れている。
そんな二人をアンヌ先生は誇らしそうに微笑んで見ていた。

3・アンヌの祈り1

その夜アンヌ先生はマリアの髪を梳いてやっていた。
マリアは少し黄色がかったような茶色い美しい髪をしている。
まだ八歳の少女だが、大人になればべっぴんさんになるであろう。
「マリア、先生の髪も梳いてあげる!」
マリアは無邪気に叫ぶ。
アンヌは一日の終わりのこの時間がホッとして落ち着ける。
「はーい、また今度ね。」
「あーん、先生の髪とかすのーー。」
マリアはふくれっ面をするが、
「先生は後でいいのよ。さあ、もう寝る時間よ。マリア。」
孤児院では歳の近い子供達同士で個室に別れていた。
ベッドはエドとロイの、それからマリアの小さなベッドがあったが、
寂しがりやのマリアは温もりをもとめて、二人のベッドにそっと忍び込む。
お世辞にも綺麗とは言えない質素なその部屋を
マリアは愛していた。

いつも幼いマリアのベッドの脇で本を読んであげて
マリアが寝付くのを見守るのがアンヌの最近の日課だった。
いつもはマリアとアンヌは一緒にお風呂に入るのだが、
今日はマリアがエドとロイと一緒に入りたい!と言い出して、
アンヌはまだお風呂に入っていなかった。
老夫妻の奥様のジョディー先生がやってきた。
「さ、マリア、アンヌ先生はお風呂に入るから、
今晩は私がお話を読んであげるわね。
さあ、アンヌ先生後はゆっくりして頂戴。」
そう言ってジョディー先生はアンヌに目くばせをした。
マリアは「わ~~い。ジョディー先生!」と無邪気に喜んでいた。
アンヌは「よろしくお願いします。おやすみなさい。」
そう言ってエド達の小部屋を後にした。

アンヌは自分の小さな部屋に戻るとその豊かな髪を解いた。
いつもは邪魔にならぬようその髪をまとめてお団子にしていた。
アンヌはその瞬間アンヌ先生ではなく、
一人の女性に戻ったのを感じていた。
アンヌは美しく若さを保っていた。
二十代の頃には恋人もいた。
しかし、孤児院での毎日を考えて、
アンヌの方から恋人に別れを告げた。
ふっとアンヌは一人になるとそんなことを思い出す。
決して過去を後悔している訳では無かったが、
一抹の寂しさを感じたりするものだ。
キャンドルの灯りの中、ふと鏡越しに自分自身と目が合う。
(大丈夫・・・)アンヌは自分の心に自答していた。

それからアンヌは一人でお風呂に入った。
古びた浴槽ではあったが、子供達が数人は漬かれる浴槽は
大人一人で入るには十分すぎる広さだった。
アンヌは静かに身を清めた。
いつもはマリアとおしゃべりして入るお風呂が
今日はがらんと広く感じられた。
洗い終わると湯船にゆっくりと漬かった。
じんわりと雫が首筋を流れるのを感じながらアンヌは目を閉じていた。





4・アンヌの祈り2

アンヌは風呂から上がりその雫を拭き取ると
白いコットンのスリープドレスに袖を通した。
長い髪を丹念に乾かすように拭き取った。
バスタオルを頭に巻いて自分の部屋に戻ろうとすると
暗がりにジョディー先生の姿が見えた。
「マリアは寝付いたわ。」
ジョディー先生は皆を起こさぬよう小さな声で囁いた。
頷いたアンヌの手をジョディー先生はしっかりと握った。
そして耳元に囁いた。
「貴方はまだ若いのよ。自分を大切にね!
それから祈りを忘れぬよう・・・」
ジョディー先生はそれだけ大急ぎで言うと暗がりに消えた。

風呂上りのこの時間いつもアンヌは祈りを捧げる。
それは習慣となっていてアンヌはそれに疑問を感じたことは無かった。
このケルトの国では神を中心に
それを支える天使、妖精などの存在が昔から信じられていた。
アンヌは神に天使に妖精達に子供達の幸せを祈る。
ここの子供達はアンヌにとっては家族同然である。
そして、天使や妖精達と同様にこの国の歴史を作ってきた
先人に対しても敬意を払うのがこの国の習わしだった。
アンヌは跪き祈る。
「神とそれを支え救いたもう者達に幸あれ!」
それはアンヌにずっと根付いてきた思いだった。
誰に教えられた訳でも無かったが、
祈りを捧げる時アンヌはこの言葉を口ずさんでいた。

この国にも悲しい過去の歴史があった。
およそ二百年程前のこと・・・
ケルトと海を挟んだイベリア国との間で戦争があった。
砂漠が大半を占めるイベリアの当時の国王は
貿易の要とも言えるケルトの海岸地帯を占領しようと
兵を進めたのだった。
その当時水の都べナールという東の海岸地帯に
ケルトの聖地というべきクリスタルの社があった。
そこには神もしくは天使の声を聞く巫女とでもいうべき者達がいた。
それはこの国の神聖を現す存在だった。
巫女達はこぞって戦争に反対の意を示し続けていたのだが、
ケルトを守る!という国王国民の意思は固く、
自国を守る為にケルトの国は戦争を選んだ。
数百人は居たという巫女達は嘆き悲しんで、
異国に放浪し、散りじりになっていったという伝承が残っていた。

かつては神聖な地域で、一般の者は立ち入れなかった
そのべナールの社も今では歴史の遺跡となって
多くの者達に開放されていた。
結局その長い戦争はお互いの国を疲弊させただけで終わり、
十年もの長い戦争には和解条約が結ばれ終わりを向かえた。
アンヌも何度かその社を訪れたことがあった。
それは何か神聖で霊的なものを感じさせる存在であった。
(明日、べナールの社を訪れてみよう)
アンヌは自分を導いてくれる存在を信じていた。

haru
作家:haru
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