G１多摩川女子王座決定戦優勝戦
　
　多摩川競艇場で競艇の女子王座決定戦のレースが行われていて、一人の女性がそれを観戦しに来ていた。
「千堂里奈がトップでゴール！」
実況アナウンサーが女子王座優勝戦の勝者を叫んだ。その瞬間を見てその女性が叫ぶ。
「やったー里奈さん勝ったー！！！」
千堂里奈が他の強豪女子選手を抑えて優勝するのを喜び、そう叫んだ。
　千堂里奈が表彰台に立ち、周りに勝利の笑顔を見せる。それを女性は遠くから眺め、うれしそうに帰途に着いた。
　翌朝、千堂里奈の優勝の瞬間を思い出し、一人にやついていると
「どうしたのはるかちゃん？」
従業員の後藤美幸に声を掛けられた。彼女は「松山はるか」といい、後藤美幸と同じく「雀荘サバンナ」の女性従業員である。
「ゆっきぃ聞いて、昨日の里奈さん、すごかったのよー、スタートから猛ダッシュで・・・・・・・」
と仕事中なのに仕事を忘れてうれしそうに競艇のことを語る。
「また競艇？」
「里奈さん、一マークから女王田辺に全速ツケマイして、一気に抜き去ったのが凄くて、感動してたの」
「ごめん、私競艇のこと良くわからなくて」
美幸は女なのにと競艇が好きなはるかに呆れながらそう答える。ツケマイとは相手の艇の外に着き、曲がる時に相手の艇を自分の引き波に乗せて相手の艇を減速させる行為である。減速させられた艇は遅れて走ることになる。はるかは女ながら競艇にどっぷり嵌っていて、もはや同僚の美幸には理解できない人になっていた。

　再び競艇のことを思い出して、妄想に浸るはるかを見て美幸はもうどうしていいかわからない。そんな時に
「後藤さん新しく新人が入ってきたから色々教えてあげてよ」
「あ、はい」
そう店長に言われ、美幸ははるかだけでも大変なのにと思いながらも、新人の元に向かう。そして新しく入ってきた新人を見て驚いた。背が高く体格ががっちりしていて、とても雀荘のメンバーには見てもらえない感じだった。
「紹介するよ、滝川エリカさんだ」
「初めまして滝川といいます」
礼儀正しく挨拶するエリカを見て美幸はさらに驚く。こんなスポーツ選手みたいな体格の人が何で雀荘なんかにと美幸は戸惑いを隠せなかった。
「細かいことはこの後藤さんに聞いてやればいいから」
そう言って店長は美幸に新人を押し付けて業務に戻った。細かいことと言っても美幸はどこから始めようか悩んだ。
「へぇ～、この人が新しく入った人かぁ！」
美幸の後ろからはるかがそうエリカに声を掛ける。
「は、はるかちゃん」
美幸はあわてて後ろを見てうれしそうなはるかを見て唖然とする。
「ねえ、凄い体つきしてるけど、何のスポーツをしてるの？」
美幸を無視してはるかがエリカに質問をする。
「プロレスです。女子プロレス団体のワルキューレに練習生として所属しています」
そのエリカの答えに美幸は驚きを隠せない。しかしそれ以上にもっと驚くことをはるかが言い出した。
「え、プロレスラーなの？けどプロレスって八百長だからこんなに鍛えなくていいじゃん！」
と天真爛漫にプロレスを侮辱するように言った。

　思い付き的な軽口で言ったはるかの言葉を聞いてエリカの血の気が引いた。すぐさま美幸は異変に気付いたが時すでに遅くエリカがはるかに襲い掛かった。
「お前、プロレスを舐めてるのか！？」
エリカがはるかの首元を掴む。
「やめてよー！！！」
美幸があわててエリカを止めた。
「滝川さん落ち着いて、はるかちゃんは悪気が有って言ったのじゃないから」
そう言って美幸はエリカをなだめる。突然の騒ぎに客達は手を止め三人を見る。騒ぎを止めようと店長も駆けつけた。
「はるかちゃん駄目だよ、八百長だなんてプロレスをやっている人に失礼だよ」
「そうだよはるかちゃん、八百長ならあんなに真剣にやらないから」
店長もはるかを叱る。二人に味方されてエリカはうれしくて気持ちが落ち着いてきた。そして落ち着いてきたことにより、大事なことに気付いた。先輩に暴力的な行為をしたということを。これが所属するプロレス団体ならヤキを入れられて終わりだろう。しかしここは普通の職場である。普通にクビにされてもおかしくなかった。
（しまった・・・・・）
　エリカがクビになると動揺しているとはるかが
「ごめん、私プロレスを観たことなくて、そんなに真剣にやっていると思っていなかった」
とエリカに謝ってきた。はるかの謝罪に突然で予想外のことでエリカはどう言っていいかわからず戸惑う。続けてはるかは
「私も競艇のことを只のギャンブルだと言われたら怒るもの。選手は命がけでやっているって言い返すくらい」
と明るく語る。それを聞いてエリカは怒っていないんだとほっとした。