恋の至極と年賀状

恋の至極と年賀状

 恋の至極は忍恋(しのぶこい)と見立て候。逢いてからは恋のたけ低し、一生忍んで思い死することこそ恋の本意なれ。
「恋死なん 後の思いに それと知れ ついに洩らさぬ中の思いは」
この歌の如きものなり。
『葉隠』







 届いたはがきの絵や一言に我知らず口もとを緩ませつつ

 ひっくり返して、自分の名前と差出人をもいちどみる

 私も出したこの人。私のこと覚えててくれたんだね…

 ありがと



 次の一枚を歌留多の札のようにやまからめくる

 あの人から来てるかな…

 やまの歌留多が減るにつれ

 いつしか心は落ちつかない




 やまはもうじきおしまい

 来ないかもな

 だって、あたしは出してないもん

 だせなかったんだ、去年もまた




 昔は年賀状を交わすなんてアホらしかった

 会って話したばかりだし

 会えなければ電話する

 電話にでなければ、静かに怒るだけ



 誰だって家族には年賀状なんて出さない

 いくら遠く離れてても、何年故郷に帰ってなくても。

 あの人は自分の家族以上の人だったから

 年賀状なんてそんなのあり得なかった




「恋死なん 後の思いに それと知れ ついに洩らさぬ中の思いは」

 


 告白できない男女の思いか、もしかしたら表沙汰にできない恋?

 でも別れたあとの、静かにつのる未練の歌とも取れると知る

 恋は日々にあたらしく…

 でもつらいのは、別れたあともかってに育つ恋なのか

 


 それでももしあの人からの年賀状が来てるのならば、

 彼の文字から彼の息遣いを感じるのは震える程にうれしいのだけど

 私は今度こそ本当に、あの人の家族でなくなるんだ

 今はもう家族の元に帰ったあの人が家族の住所から出す、心の世界の絶縁状




 期待の鼓動はいつしか動悸に変わり、指先は冬の寒いリビングでじっと汗ばむ

 もうじき葉書のやまはなくなる

 もしかしたらあの人も、奥さんに悟られないように、そんな気持ちで年賀状をめくるのかもしれない

 勝手に育つ恋ならば、勝手な妄想もまた自由なのだ



 最後の一枚

 葉書はなかった。

 


「ねえ、ママ。年賀状きた人にちゃんと出してた?」

 娘の声に我に返る。

「あ、あたりまえじゃない」

 いつに間にか、寝巻き姿の娘がリビングの入口で腕を組んでこちらを見ていた。

「あれ?なんかあやしいなあ。ママ今、女の顔してたよ。なんか不倫の匂いがするな」

「あんた、今年小学校にはいる子がどこでそんな言葉覚えたの!」

 私は動揺を抑えながら、四月から国立小学校に入学する大人びた美人顔をした娘の顔をチラと睨む。

「あんたこそ、毎年いっぱい来てる男の子たちからのお年賀状、ちゃんとこちらからも出してるの?」

 小学校お受験の予備校でこの子はずっとアイドルだった。未就学児童の男の子だけでなく、独身男性教師や、いや…既婚男性教師の間でも。

「出してないよ。だって変に気を持たせたら相手に失礼じゃん。それに面倒なことになるかも知れないし…」

 娘は大人びたことを平気で口にする。それが妙に説得力がある感じなので私はいつもたじろいでしまうのだった。

「でも…」

「もう、分かってないなあママは。恋死なん…」

「…あんた。その歌知ってんの?」

 娘はすました顔で頷いた。
 
「ママが教えてくれたんだよ」

「え?」

「小学校受験の国語の問題で『便りのないのは良い便り』の意味をあたしが聞いた時。まだ大学生だった頃の不倫の思い出と一緒にママが教えてくれたよ」

「げ!そんなバカな。そんな非常識な親どこにいるっていうの!」

 娘は私の顔をじっと見つめた。怒っているようにも、優しく少し哀しそうにも見えた。

「もう起きなよ。変な初夢だったね。正夢にならないように気をつけてね。じゃあ、ね」

「え」



 目が覚めてスマホで時間を確かめると一月二日の朝五時だった。

 そっか、初夢だったのか。ベタな夢オチだと笑われるかもしれないけどこれを今日の「創作の秘密ブログ」に書いてみよう。

 私はそう思って、枕元のiPadをゴソゴソ探った。


「おっとその前にやることがあったんだ」

 私はリラックマの小さい柄のいっぱいついたパジャマの上にカーディガンを羽織って、暗い廊下を抜けて、リビングのまだ整理していない年賀状のやまをみる。



恋死なん 後の思いに それと知れ ついに洩らさぬ中の思いは

 私は小さく声に出し、深呼吸をしてから、冷んやりした椅子に座った。




「今年もあの人から来てませんように」





読み切り短編小説
『恋の至極と年賀状』


作り話おしまい

photo:01




 

あとがき風の解説

 本ショートショートの解説の代わりに、ブロ友 “たごさく" さんとのコメントのやり取りを、こちらの本文記事に転載させていただきます。

========以下引用=========
19. 【たごさくさん から】

ゆっきーさん、おめでとうございます。
最初の何行かを読んでわたしは、これはリアルな出来事だと実感しました。
で、読み続けていくうちに小説だと思った次第でございます。
皆さんが書いているように非常にリアルで良くできたショート・ショートでした。


たごさく 2013-01-04 01:45:40





========以上引用=========
 この小説はショーとショートだな
…と思わせて…

でも最後の一行でもう一回反転して、実はやっぱり(不倫の部分は)リアルの話だ!という読み方もできてしまうかも(笑)。

しかし、最後お題名のところには「作り話」と書いてあるから、やっぱり小説かな。

あれ?
でも、その「作り話」という部分までで虚構の(嘘の)小説が終わってるなら、作品世界の外側にいる作者のリアル体験ということ?



という仕掛けになってます。
 あれ〜(*^_^*)?
そして、真相は結局「謎」なわけでした!

 これを書いてアップしたのが実際の一月二日で、アップした場所が小説に中に出てくる私自身のブログだったという背景があってトリック的な部分が成立するお話でしたので、今回この解説を加えました。

 個人的にみなさんとのリアルタイムの緊張感が思い出として懐かしい、とても気に入ってる小説です。 ('-^*)/
ゆっきー
恋の至極と年賀状
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