まるでどこを走っているのか分からない。
大通りからも外れてしまった。
どこをどう走ってきたものか、武骨な自然が目の前に広がっていて、無闇に叫びたい。
ここはいったいどこだろう。
右も左も分からない。
あたりはだんだん暗くなり、どんどん心ぼそくなる。
尻のあたりから焦りのような恐怖が、じわじわと、忍びよってくる。
迷子になってしまった。
少し走っていればなんとかなるだろうとコロンビア人風の楽観をしていたが、ぼくは要領が悪いのか状況は変わらない。どうやら楽観するのにも才能が必要らしい。そしてそれは、多くの日本人が持ち得ない才能らしい。
タバコをすってみても味がよくわからない。焦っている。
渇いた口と鼻から、ただ煙が出ていくだけだ。
いたずらに時間だけが過ぎてしまい、いよいよ不安に押しつぶされそうになっている。
学校に電話をしようとも思ったが、自分がどこにいるかが分からなければ、むこうでも教えようがない。そして自分がどこにいるか分かるくらいなら、一人で帰れる。
さあこまった。仕方ない。人に訊いてみよう。
ガソリンスタンドで道を訊く。まだコロンビアについて間もない頃だったから、ぼくのスペイン語はかなり幼稚だった。それでもスタンドのおじさんたちは、一生懸命に、ぼくに分かるように教えてくれた。実に親切だ。
が、人それぞれ言うことが違う。
「こっちへ行け」という人と
「あっちへ行け」という人がいる。
これは何かの聞き間違いなのか。そうさ、そうに違いない。もしくは、ぼくの訊き方がおかしかったので、こんなことになっているのだろう。ぼくはもう一度、訊きなおした。それでも答えがまとまらない。そうこうする内にもう一人、若い奴がやってきた。興味津々という顔をしている。そして、自信満々に
「それなら向こうへ行け」という。
二択が三択になり、難易度が上がってしまった。
悪い夢でも見ているのか、狐狸の類にばかされているような気さえする。
いっそ大穴狙いでさらに別の方向へ行ってしまおうか。
もはやぼくそっちのけで、男たちがもめている。
「西じゃ!」
「おやっさん、ちがうよ。東だよ」
「ちがうって。北に行かなきゃだめだって」とかなんとかいっているのだろう。埒があかず、ぼくは途方に暮れてしまった。おあつらえ向きに空は暮れなずんでいる。
そこへ、別の男が一台のタクシーを呼んできてくれた。
「このタクシーに先導してもらって帰れ」
と言う。
名案だ。初めからそうすりゃよかった。
親切な彼らに礼を言って、そこを去った。
その時はそれで学校に無事帰り、みんなに笑われるくらいですんだ。
だが、コロンビア人に道を聞いて、その通りに行けたということはなかなか無い。たずねると、とにかく教えてくれる。「知らない」などと言われることはない。本当に親切で、それがまた怖いところでもある。
「この道をまっすぐ行くだろ、そして三つめの信号を左に曲がるんだ。それで、すぐの信号を右に行けば五番通りに出られるよ」
「五番通りまで行けば分かる! ありがとう!」
三つめの信号を左折する。が、すぐどころか行けども行けども、信号は見えてこない。だまされたと思っていると、そこがもう五番通りだったりする。