「K君はきっと、Mさんと一緒にいて自分の空気を読む力みたいなのとか、それを元にその場をうまくし切ってプロデュースしていくみたいな力が、実は自分のものじゃなくて、皆川君の力だったっていうことに気がついたんじゃないかな。K君としてみたら辛かったと思うわよ。自分の無力感と、今まで仲良くしてやってたみたいに思ってたかもしれない皆川君の力を認めたりすること。何と言っても自分が好きだと告白した女の子が、そういうこと全部わかってたとしたら尚更ね」
春日井先生の言葉に皆川君はまたうなだれていた。
「力を持っている人がそれをあえて使わなすぎるっていうのは、人を不幸にすることもあると思うわ。」
「いえ、僕は…」
「分かってるわ。そうは思っていなかったんでしょ。でもそれだからこそ余計に君はきっと理由がはっきりわからない理不尽な思いをすることになるわ。とても難しいことだけど分かる?」
皆川君は頷いた。
「だからKは僕をいじめるようになった…。ただMさんが好きだと言ったのが僕だということだけじゃなくて…」
「そうね、身も蓋もない言い方をすればK君は自分への嫌悪感を直視せずに、皆川君に八つ当たりしたっていうことになるかもしれないのだけど…」
「そっか…」
うなだれる皆川君の横に座り、先生はしばらく黙って皆川君の肩をだいていた。
「悪くはなかったんだよ。皆川君は…優しすぎたのかもね。でもその優しさを同世代の男の子が理解するのは難しいかもね。ううん。頭で理解はできても心で受け止められないと思う。プライドとかいろんなものが邪魔をして…」
皆川君はうなだれていた。肩が少し震えていたのでもしかしたら涙を流していたのかも知れない。
「ずいぶんいじめられた?」
「はい。自殺を考えない日はありませんでした」
「そしてどうしたの?」
「どうしたらいいか分からなくて、賢い人を真似てみました」
賢い人は葉をどこに隠す?森の中に隠す。
森がない場合には、自分で森を作る。
そこで、一枚の枯葉を隠したいと思う者は、
枯れ木の林をこしらえあげるだろう。
死体を隠したいと思うものは、
死体の山を築いてそれを隠すだろうよ。 さっき言っていたチェスタトンの言葉を皆川君は途切れ途切れにつぶやいた。
「いっそ死人のように学校で生きて行こうと思ったのね」
「・・・はい」
「そこまで思わなくても良かったのに」
「いえ、僕は…最低です。僕はKの好きだった、付き合っていたMさんと時々Kに隠れて会うようになりました。最初はMさんがボロボロの僕を見かねてっていう感じだったんですけど…」
話が核心部分に近づいてきたようだった。
「なるほど、マッカーサー将軍に隠れて逢い引きしていたリッチモンドなのか…」
そういうことだったのか、あのクリスティの話は…。僕は話の展開に耳を凝らした。
「はい。手を握ってキスもしました」
「クリスティの小説と同じようにバレちゃったの?」
「はい…」
「K君は?」
「僕たちにははっきり言いませんでした。Mさんが別れることもなかったです。僕が、僕とのことは黙っていて欲しいと彼女に言ったので…」
「そっか…」
「Kは僕へのいじめを続行しながらTと衝突することが多くなって、ある日…」
「何か起きたのね」
「些細なことから喧嘩になって、完全にキレてしまったKはTをナイフで刺してしまいました」
「…」
「Kは最終的に転校して行きました。一命をとりとめたTも別の学校に」
「Mさんとは?」
「普通のクラスメートとして接しました。一人になった僕は自分で自分を罰しました。マッカーサー将軍の役目を自分自身に果たしたんです。マッカーサー将軍の僕はリッチモンドを殺しました。学校という森の中で、自分自身を枯葉一枚の重みにして深く隠しました」
「卒業するまでそうするつもりだったの?」
「はい、でも…」
「そうはせずに、うちの学校に転校してきたのはどうして?」
「…」
「Mさん?」
「はい。徐々に少しづつ話をしました」
「聞かせてもらってもいい?」
「はい」