地下鉄のない街 第一部完結

地下鉄のない街27 城の中から見た舞台

「お姫様はね、簡単に言うと切腹させられたお父上のことや、お家断絶で激変した自分の家来たち、自分のそういう運命全部をうまく受け止めきれなかったんだよね。
 まあ、それはそうだよね。徳川家光だっけ、『余は生まれながらの将軍であるぞ』って言い放ってお爺さんの家康とライバルだった大名たちを平伏させたの。お姫様もそれと同じで生まれながらの姫様だから現実が受け止められなかったのは当たり前かもね。」

 やっぱりこのあたりは初めて聞く話だった。

「記録によるとお輿入れが決まってからというもの、お姫様は自分の思い出の詰まった自分のお城を、わずかに残された自分の身の回りの世話をする侍女たちと、残された時間を惜しむように朝から晩まで見て回ったらしい」

「大大名のお城だから見てまわるのも大変だね。」

 僕はちょっと間抜けな相槌を打ってしまったかなと思った。姉さんはおおかしそうに笑って話を続けた。

「最初に行ったのは騒動の中姿が見えなくなっていた御友達の家。家といってもお姫様が住んでいたのが三の丸で、生まれたのが同じお城の中の二の丸。本籍が二の丸で現住所が三の丸みたいな感じだったのかな。小さい頃からお側に使えていた重臣の跡継ぎの子はお姫様が生まれた二の丸に住んでたんだ。もちろん実家は城の外にあるんだけど、この子はやっぱり生まれた時からお城の中の住人。重臣たちの中には二の丸の中にも自分のお家がある人もいたわけね。お姫様はそこを訪ねていったんだ。多分お家の断絶と混乱とかがなければ一生そこを訪ねることもなかったんだと思う」

 僕は本籍と現住所の例え話に笑った。そういえば今こうして姉さんと歩いている千鳥ヶ淵から四谷、 市ヶ谷方面の外濠に至る範囲には、徳川家譜代直参の家臣の住居が配置されたいわば江戸城と地続きの空間だったんだっけ。僕は以前ここを散歩した時に見た名所案内の立て看板でそんないわれを読んだことを思い出した。

「お姫様は幼馴染に会えたの?」

「うん。お友達はいるはずのない場所にお姫様を発見して最初は驚いだけど、とても喜んでくれたそうよ。そして激変した世の中のことやこれからのお家のことなんかを説明してくれたらしい。その家来もお姫様も今でいう小学生くらいの年齢だから、やっぱり受け止めるのは大変だったろうね」

 僕は頷いた。

「お姫様は侍女に命じてその家来の子との思い出の品、遠眼鏡を取り出させたんだ。その昔、男の子の本当の家が二の丸じゃなくてお城の外にあると聞いたお姫様がなみなみならぬ関心を示して、城の外というのは一体何なのか、と何度も聞いてきたらしい。お姫様にとっては生きていく一生分の全てのことは城の中で完結しているから、城の外に別の世界があってそこに普通に人が生まれて死んでいくことに新鮮な驚きがあったみたい。」

「そしてその子、御侍さんは外の世界と行き来しているというわけだね」

「そう。だからその家に遊びに行きたいとせがんだらしいんだ。」

「まあ学校が終わった後近所の友達の家に遊びに行くような訳にはいかないよね」

 僕はなんだかお姫様がとても身近に感じられた。お姫様の気持ちがとても良く分かる気がしたのだ。

「そこでその子が持ってきたのが遠眼鏡というわけ。その遠眼鏡で三の丸から飽きることなく城下を見るのがその日以来楽しみになったらしいよ」

「珍しいものばかりだったろうね」

「そうだね。言ってみればさ、お姫様にとって三の丸から見下ろす城下は観客席から見る舞台みたいなものだったんだと思う。そこには話で聞いたことのある町民や農民がお芝居をしているように、ううん、お姫様にとっては実際にお芝居にしか見えなかったと思うんだ。珍しいきたない服を着て小さな家に住んで、笑って、泣いて・・・。もちろん今の双眼鏡と違ってそんなに精度はよくないはずだから泣き顔や笑い顔まで視えるはずないけどさ、そこはあたしの想像。お姫様は現実世界のお城の観客席から、絵空事のお芝居の舞台を見るのが好きだったんだ」

「お姫様にとっての現実は観客席の側にあるわけだもんね」

「うん、そうだよ。でもお父さんが切腹させられて自分は城の外に輿入れのために引っ越すことになるあたりからその境界線が曖昧になる。舞台の上では場面が変わって合戦が始まって、この間まで自分の父親もその舞台で刀を抜いて戦う役者を演じていたらしい。でもどうもそれがお芝居でなかったらしいのは、現実に城の中ががらっと変わってしまったこと」

「お姫様は実は自分の城の方が、下々の者や他国のもの、敵対する武将たちからは不可侵のきらびやかな舞台であったことに気が付きはじめた?」



 季節はずれの蝉の鳴き声がまた聞こえた。

 僕はふと、自分と姉さんも誰かに見られているような気がした。



「姉さんさ、地球人は実は宇宙人の作った動物園で飼われているめずらしい動物だっていう話知ってるかい?」

「うん、聞いたことあるよ。その絶滅寸前の珍しい動物がほんとに絶滅しないように宇宙人が保護地帯を作った。それが太陽系の惑星。時々おっちょこちょいな宇宙人が間違って円盤を見られたりするけど、動物園に立てかけている看板にあるように、決して檻の中の動物に餌をあげちゃいけないし、遠くからそっと気が付かれないように見ているだけがルールなんだよね」

「うん。その話思い出した」



 もしかしたら僕達も誰かに遠眼鏡で見られている舞台の上の人達なんだろうか。僕はもしそうだとしたらどんなに幸せだろうと思った。少なくとも、僕達のこの今という確かさは幻想なんかじゃなくて紛れも無い現実なんだと思えた。



「お姫様はね、二の丸を訪ねてしばらくしてからその家来の御侍さんと行方をくらましたの」

「・・・」

「別のお城に引越しするだけのお輿入れを受け入れることは、お姫様にとって多分恐ろしいことになっていたんだと思うんだ。夢からさめてまた死ぬまで夢を見るということがどんなことか、考えてみたら怖くなっちゃったんじゃないかなとあたしは思う。行き先は城下の御侍さんの実家。そこまで記録が残ってる」

「そこまで?」

「うん。正確には慌てた家臣たちが二人を探しに行って御侍さんだけ捕まえてきた。御侍さんは責任をとって一族郎党もろともすべて自害。お姫様はついに見つからなかったんだって」

「・・・うん」

地下鉄のない街30 戸惑い

「皆川くんの走りは見事だったよ。顧問の木島が仮入部を許可したわけも分かった。僕が放課後陸上部に顔を出す前に仮入部は決まっていたんだけどそういうのは例外なのね。うちの陸上部は大学を含めた学校法人全体の方針もあって世間でもかなり注目を浴びてる。中高でもスポーツ推薦枠で優秀な生徒を全国から越境入学させてるし、大学なんかだとケニアとかアフリカなんかからもどんどん学生を入れてるしね。」

「そうだね。あたしも他の学校の子には陸上部すごいんだね~、とかよく言われるけど」

 姉さんが何度か頷いて言った。

「僕なんかは中学から本格的に始めた、というか入部してから本格的にやらされちゃった感じもあるけど大多数はそうじゃないんだ。まず親が陸上選手だったのなんて当たり前だし、アマチュアの連盟で偉い人もたくさんいる。そういう家庭で小さい頃から陸上競技やるのがなんか当たり前みたいなそういう生徒も多いしね。」

「あんたみたいにちょっと足が早いから入部してみようなんていうのはあまりないんだね。ましてや途中から皆川くんみたいに思いつきみたいな感じで入部します!みたいなのは・・・」

「そうそう。皆川くんの場合顧問の木島がね、一年の時の体育の授業で皆川くんの本気の走りを少しだけ見ていたんだ。」

「ああ、なるほど」

「僕も実はその時のことは覚えてる。皆川くんにしてみたら隠そうとしていたわけなんだけど、なんかの拍子で本気が出ちゃったわけさ。腿の上がり具合とか、足裏の接地時間とかね、そういうのは見る人が見たらそれこそ一瞬で分かるんだ。そいつがどれだけの走りをするのかって」

 僕は昔のことを思い出して、喋りながら何十年ぶりかに自分の足の親指に短距離走用の独特の力を入れた。親指の付け根、母指球に力を少し入れて千鳥ヶ淵公園のアスファルトを軽く引っかくようにに体重をかけると、今でもあの頃のトラックの感覚が蘇ってくる。

「実際に速かったわけね」

「100メートルを走ったよ。木島がタイムを測った。木島がタイムを測るもんだから部内のみんなもただ事じゃないなって集まってきてね、ほとんど全部員のいる中で皆川くんは走った」

「結果は?」

「12秒02」

「ごめん、どのくらいの記録なの?」

「軽く全国レベルだよ。全国のスポーツ推薦枠持ってる学校のスカウト注目の的」

 僕はあの時の皆川くんの走りを思い出していた。素質だけの我流の走りとはとても思えなかった。といって、部の連中のように乾いた雑巾を無理やり絞るような極限的な練習や、神経質なまでのフォームの矯正から生み出された走りではない、野生動物のような目を見張るような躍動的な走りだった。
 一流のアスリートは他人のフォームを見ているだけでも、凡人が懸命に走りこみの練習をするよりもはるかに多くのことを学ぶものだと、いぜん大学から特別コーチに来てくれた陸上部の卒業生が言っていた。皆川くんはまさにそれだった。登下校の時になんとなく目に映る僕らの走りを見ていて、無意識のうちに、理想的なフォームとのズレというものをぼんやり思い浮かべていたのかもしれない。

「じゃあ、みんな驚いたよね」

「そうだね、理事長の息子の神崎とその周りの取り巻きが一番ビビってたかな。大変なもの見ちゃったってね」

「大変なもの?」

「そう。あのタイムだったら少しフォームを競技用に矯正すれば神崎さんのタイムは軽く抜かす。神崎さんを中心にして組み立てられてる部内の秩序が崩壊する恐れが再び現実のものになりそうだったわけさ」

 姉さんの顔が一瞬険しくなった。

「健太郎もそういえば・・・」

「そうだよ。皆川くんの走りを見ていて既視感に囚われたんだけど、すぐに一年前の自分だったんだって気がついた」

「あたしにうちあけてくれたよね」

「うん。神崎さんの取り巻きの中の代表の西村さんに呼び出されて、部内の秩序を守るように懇々と、というか恫喝かな、ソフトな・・・。とにかく神崎さんを上回る記録は今後練習であっても出さないようにってね」

「あの時や辞めようかって真剣に悩んでたね。」

「まあね。西村さんの申し出を理解しないとどんな地獄が待っているか、まあ、普通は想像できる。でも僕にしたら陸上競技に命かけてるわけじゃないし、足が早いということで学校の中でそれなりの居心地がいいポジションがキープできるという以上の意味合いはあまり感じられなかったからね。結局うまくやっていくことにしたんだ」

「うん。姉さんは健太郎がトラックで一位になる瞬間というのを見れないのか、ってちょっと残念だったけどさ。まあ、それにしてもそういう世界なんだってあの時はびっくりしたの覚えてるよ。じゃあ、皆川くんにも西村さんという人が話しに行ったわけね」

 大きなため息が自分の中から沸き起こった。ああいう展開しかなかったんだろうか、本当に。

「もちろん行ったさ。西村さんが100メートルのゴールのところまでタオル持ってねぎらいに行ったよ。みんなはああ、西村さんが行ったな、って感じで見てた」

 姉さんが深呼吸をした。

「それで?」

「口論になった」

「・・・」

「皆川くんがタオルを西村さんから奪い取って地面に叩きつけてトラックから出ていったよ」



 姉さんは無言で頷いた。

 僕はもう一度大きなため息をついた。

 姉さんも小さくため息をついた。

$小説 『音の風景』

地下鉄のない街29 皆川くんの変貌

「あのね、皆川くんの話に戻るんだけど」

 僕は緊張に耐え切れなくなってこう言った。

 かなり話の流れを無視した感じになったと思うけど、姉さんは優しく頷いた。

 何か僕が話がしたいけど、それを上手く話せないでいる。そのことが気がついていて僕が話せる準備ができるまでお姫様の話なんかをしたのかもしれない。姉さんは昔からそういう気遣いをさり気なくしてくれたから。

「僕が保健室の奥のベッドで起きた時、皆川くんは春日井先生に随分熱心に自分の足のことを訴えていたんだ」

 姉さんは話の先を促すようにこくんと頷く。

「皆川くんが実はとても足が早くて、でもその足の速さはかえってみんなから余計にいじめられるネタにもなりそうだった。だからそれを隠していたっていうことは漏れ聞こえてくる断片的な話からも十分理解できたんだ。保健室にたびたび来て、本当の自分は今のようないじめられている自分ではなくて、クラスの秩序のために自分を殺して割り振られたいじめられっ子の役割を果たしているんだって。様子からするとたぶん教室でのいじめに疲れはてた時にはいつも来てたんだと思う」

 僕は保健室の奥で、起きた時のままの姿勢でじっと耳を済ませていた自分を思い出してこう言った。

「自分のプライドというか、本当の自分を時々保健室に確かめに来てたのかな。春日井先生だけは理解してくれる自分の二重の苦しさを含めて。それは分かるな。もしかして、ううん、絶対皆川くんはあの優しい春日井先生のことが好きだったんだよね。」

 それはそのとおりだと思う。

「ところがね、話を聞いているうちにだんだん、皆川くんが一人で興奮してきたんだ。先生は本当に僕が足が早いんだって思ってくれてるの?って何度も少し苛立ったような声で言っていたのが聞こえてきたんだ」

「苛立ってた?」

「いや、そうだな。苛立っていたと言うよりなんだか切ない感じで訴えてた。もしかしたら先生は問題児の僕がこうしてここにガス抜きに来て、また教室に帰って行くまでの間、ただ話に合わせてうんうん頷いているだけなんじゃないのかっていう、そんな言葉も聞こえてきたんだ」

 姉さんも少し切なそうな顔をした。

「そっか。その場所にもちろんいないわけだからなんとも言えないけど、保健室の先生ってそういう役割だからね。愚痴を言いに行く方も多少自分の日常生活を誇張して先生に春日井先生に相槌うってもらったり、お約束の範囲内で怒ってもらったり、そしてサボりの授業時間が終わると次の授業のチャイムまでに教室に戻っていく。まあ先生もそういう役割分かってて対応しているっていうのはあるから」

 僕も頷いた。

「僕はその時皆川くんは随分子どもっぽいなと思ったよ。今姉さんが言ったようにさ、保健室って教室で元気になるためのの非日常の癒しの場所であってさ、癒しの場所でホントのことにこだわるっていうのは、なんていうかルール違反のような気がしたんだ」

「まあね。変な話だけど大人が銀座や六本木の店の中で女の人に本気になっちゃうみたいな」

 僕は思わず声を上げて笑った。

 高校生の姉さんはもちろんそんな場所は知らないはずだ。ぼくは姉さんがとても可愛く見えた。

「なによ」

 姉さんが楽しそうに笑う。姉さんはそんな僕の気持ちを読み取ったようだった。


「でもね、大人なら周りに笑われておしまいになるかもしれないんだけどさ・・・」

「うん。まずい方向に真剣になっちゃったのかな」

「そうなんだ」

 僕はそこから急展開していく皆川くんの変貌の始まりを思い出して、さっきの笑いがすぅっと静かに自分の内側に引いていくのを感じだ。




「放課後陸上部に顔を出すとね、皆川くんがトラックに入り込んでアップの真似事やってたんだ。陸上部に仮入部ということで」

「・・・そっか」

地下鉄のない街31 包囲網

 僕は翌日からの皆川くんを取り巻く環境の変化を姉さんに語った。

 一言で言うといじめが極めてシステマティックに行われた。

 皆川くんが朝登校するときには、皆川くんの後ろから毎朝違う誰かが自転車ですれ違いざまに皆川くんの鞄をひったくった。学校の正門前で行われる服装チェックでは、担当の教師の誰もが皆川くんの番になると余計に時間をかけた。そしてそのことに絶妙のタイミングでだれか生徒が文句をつける。教室に入った後は、校門で毎回皆川くんが服装チェックに時間をとらせるために、他の生徒が遅刻してしまうことついて担任が司会をして問題を話し合った。

 いじめといってよくあるような、持ち物を隠したりとか弁当をゴミ箱に捨てたりといったことはなかった。あのシステマティックなしくまれたいじめに比べればそうしたわかりやすいいじめはむしろ微笑ましささえ感じられたと思う。

 皆川くんへのいじめがなぜこんなに、変な言い方をすればスムーズに行われたのかは、僕は後になって知った。

 僕とトニー、皆川くんの三人には知らされていなかったのだけど、あの時のクラス、いや学校全体に目に見えない身分制度ともいうべき見えない秩序があって、その秩序の内部で気分の以心伝心ともいうべき、ものすごく濃密で迅速なコミュニケーション網が形成されていたのだった。

 神崎さんのようなスター階級。神崎さんレベルの、つまり神崎さんと対等にぼけツッコミが可能な準スター階級。そして日は当たらないけれど普通に学校生活を送る分にはその身分を保証されている一般階級。そしてその三階級の引き立て役の第四階級が暗黙のお約束として存在していたのだった。

 後で知ることになったのだけど、僕とトニーと皆川君はそのどれにも分類されていなかった。分類不可能な人間は、どこか自分たちとは違った世界を持つ者だった。どれだけ痛めつけても静かに笑っているような不気味な背後を持つもの。そう…フランシスコ•ザビエルのように。

 彼らは僕たちのような人間には普段は自分たちの牙を剥かない。自分たちの牙が無力であることを公衆の面前で晒すことは、それこそ自分たちで自分の首を絞めることになるからだ。彼らが牙を剥くのは僕らのような存在が自分たちと同じ土俵に上がってきた時だ。例えば皆川くんがそうしたように・・・。

 牢屋にだって身分制度は厳然としてある。新入りの咎人は牢屋の主の機嫌を取ることから囚人生活をスタートさせる。それは学校という牢獄も全く同じだ。

 皆川君はいわばいきなり第一階級から自分の学校生活を仕切り直そうという無謀な企てを敢行した馬鹿者であって、この企てに対する制裁は第一階級やその取り巻きの第二階級からではなく、自分たちの存在の頭を飛びこそうとしていった第三階級、第四階級から実行された。それが、登校時に始まったシステマティックないじめの正体だった。教師もその階級制度と無縁ではなく、その場の空気を読みながら、第三階級や第四階級の教師は服装チェックやホームルーム時に自らの役割を果たしたのだった。

 皆川君はまず、いわば同じカーストのくせに身分違いのことをする、そういう種類のカースト内部からの制裁をもろにうけたのだった。

 姉さんは最初は飽きれながら話半分に聞いていたけれど、最後はそれが大げさな作り話などではないことに納得して陰鬱なあきらめ顔で言った。

「それで皆川君はまた保健室に行ったのかな」

 僕は頷いた。


 しかしその時にはすでに皆川君が再び保健室を避難所とすることも不可能になっていた。

 学校カースト制度の不気味な力は、皆川君の後ろ盾だった保健室という駆け込み寺にも抜かりなく及んでいた。

 皆川君の時とは違って、第一階級、第二階級からの弾圧がポニーテールの春日井先生の笑顔に容赦なく、確実に加えられていたのだった。


「うん。次の標的は春日井先生だったんだ」
ゆっきー
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