他人事のように自分の人生を生きること。
いつの頃からか、それが自分の生き方になった。
無責任というのとは違う。責任はいつも果たしてきたつもりだったし大抵の人は僕のことを大した人間ではないけれど約束は守る誠実な人間だと思ってくれいるはずだ。
もっとも責任を取らなきゃいけないことを極力避けてきて、取れる範囲の責任しか問われないところで生きてきたことには変わりない。
人を傷つけたり争いごとになったりするくらいなら、全部自分が悪かったことで構わない。ヒーローを気取るんじゃない。人と争うという根本的な力が僕には欠けていたし、それは鍛えてなんとかなるようなものでもなさそうだったから・・・。
だから、耐え切れない現実は白昼夢のようにやりすごす。
これができなかったら僕はとっくの昔に気が狂っていたかもしれない・・・。
「まあ、お前がそれでいいならいいんだけどな」
神田先輩はそういう僕の生き方を見ぬいて多分そう言った。
不正経理の片棒を担がされた格好になっても、僕はどうしても岸本に怒りをぶつけることが出来なかったのだ。
神田先輩の言うように弱みを握られているなんて言うことではない。
そう・・・。
僕には、人に怒りをぶつけるということそのものができないのだ。
気が弱いというのとは違う。
聖人君子というわけでもない。
だから、できないというより、人に怒りの感情を持つことが分からないんだ。
怒りに似た気持ちが湧いてくると、あ、これが怒りの感情がって思うこともあった。でもどこからかそれをすっと冷ましてしまう何かがやってくる。
『岸本は悪くないんじゃないのか。』
『悪いのはもっと別の何かだ。』
その声がすると僕はすべてのことに怒りを感じることができななくなってしまうのだ。
そして今回みたいに最終的には自分が悪かったようになってしまう。
それの繰り返しだった。
多分、どうしようもない不治の病気なんだ。誰にもわかってもらえない。同情すらしてもらえることのない病。
いや、一人だけわかってくれる人が昔いたんだったね、姉さん・・・。
ぼくはあの子とのこの一週間の途切れ途切れの短いチャットを思い浮かべながら駅へ急いだ。
今日も地下鉄はなかった。
地上を走る電車は、まるで、素直な昔のぼくの心のようだった。
窓の外から降り注ぐ日差しは明るくて温かい。
河原で野球をやっている小学生。まるでここまで声が聞こえそうだ。
いつからぼくは地下鉄を必要とする生活を送るようになったのだろう。
覚えてない。
でも多分あの頃か、な・・・。
この陽射し、このさわやかな線路の音。
踏み切りの音が途方もなく懐かしく聞こえる。
地下鉄には絶対にない踏切。
踏み切りの音って、こんなに楽しいんだね。
もっと怖いものだと思っていたよ。
もうすぐ君に会えるね。
「もう、おそいよー。待ちくたびれた」
日本武道館を左手に坂を登り切ると、少し不機嫌そうな君がいた。
僕は見つけても駆け足になるわけでもなく、ゆっくりと歩いていった。
「ごめん、ちょっと寝坊しちゃった」
僕はとりあえず謝まった。
「いいよ。あまり時間が無くなってきたからさ、ちょっと言いたくなっちゃった」
視線を遠くにやって、少しさびしそうに君はつぶやいたね。
恐怖にも似た胸騒ぎがしそうになったけど、僕は黙っていた。
君は前をゆっくり公園の奥の方に歩いて行く。
今言ったのは今日のデートの時間のことではないんだよね。
会えたばかりなのに、もうお別れの時間がやってくるのかい、姉さん・・・。
懐かしい長い髪の後ろ姿の17歳の姉さんに、僕は聞こえないくらいの声で小さくつぶやいた。
続く