大変だ。死んだように寝てしまった。
日付が一日飛んでいる。土曜に姉さん、いやこの家に帰ってくると実感が急に湧かなくなってくるから由紀子ちゃんか・・・由紀子ちゃんと会ったのが土曜日。
今は月曜の午前7時10分。支度をして会社に出かけないと。
同僚や電話でお客さんと話をしていてもどこか上の空だった。午前中はあっという間に過ぎた。
「おい君島、なんだか疲れてるな」
昼休みに直前に神田先輩が話しかけてくれた。
「気分転換に、飯でも食いに行かないか」
「ああ、神田さん。そろそろお昼ですね」
「10分前だけど、出るか」
「はい」
「じゃ、行こう」
行きつけの定食屋は、12時前だったのですいていた。テーブル席に座ったぼくは、朦朧とする頭の中で何も考えずに土曜日の話をし始めた。相手が神田先輩だっという安心感もあったのだと思う。
「最近変なんですよ」
「税理士試験の勉強で疲れてるだろ。見てて分かるよ」
「ああ、それもそうなんですけど、工場は消えてしまうし、地下鉄も時々なくなる。女性のチャット友達とこの間会ったんですけど、自分は僕の姉だっていうしなあ」
先輩はカキフライ定食のカキを次々と口に放り込みながら吹き出しそうになった。
「おいおい、大丈夫か、もう少し受験勉強のペース落としたら、はははは。試験に落ちたらしゃれにならないけどな」
「そうですねちょっと根を詰めすぎたかもしれませんね。」
ぼくは冷静になって話を切り出そうと思った。
「でも不思議なんですよね」
「何が?」
「そのチャット友達のおんなのこ、確かに死んだ姉さんにそっくりなんです。家に帰ってきてからも写真で確認したんですけど、まるで同一人物なんです」
「まあ、他人の空似ってことはよくあることだからな」
神田さんは定食の野菜をほおばりながらちらっとこっちをみた。
「そうなんですけど、そういえば、しゃべり方とか、目のあてかたとかもそっくりだなあ。しかも、健太郎という僕の名前も知っていたし、他にも色々としゃべってないことまで知ってたんですよね」
神田さんは、曖昧に微笑みながら、年上の顔で優しく答えてくれた。
「君のお姉さんだったら、もう随分な年だぜ。いくつくらいの人?」
「まだ17歳だそうです」
ぼくもおかしなこといっていると思いながら、言ってみた。
案の定回りに聞こえるくらいの声で笑われてしまった。
「ありえねーよ。なにいってるの。からかわれているんだよ。ははは。34歳の君島に17歳の姉さんね。こいつはまあすばらしいファンタジーってやつだな」
僕もつられて笑った。すっと土曜日のことが非現実の世界に遠のいたようだった。
「そうですよねえ。からかわれているんですかね」
「当たり前だ。はははは。今はどこからどういう個人情報が漏れるかわかったもんじゃないさ。お前の下の名前だってどこか他に書いた情報をどうもお前らしいと特定して当てずっぽうで言ったことだって十分ありえるし、お前占い師のテクニックのコールドリーディングって知ってるか?言葉の端々からかまをかけて情報聞きだして、さも自分は最初から何でも知っていたかのように思わせるテクニックだってかなり確立されてるそうだぜ。大方そんなところだろう」
あの日の現実を失いたくはなかったけれど、先輩にそう言われてみればそういうことだって十分なあるだろう。僕は客観的にそう考えられる自分も認めざるを得なかった。
「今度の土曜日もう一度会うんです」
「そうか、まあ、気分転換にいいじゃないか」
「ええ。そうですね。」
まだ休憩時間があったので、お茶を飲みながら雑談をした。
「ところでさ、由貴ちゃんとどうなってるの」
「進展ありません」
「もしかして、そのチャット女の子のことが気になるのか」
「少し」
「ははは。勉強疲れだな。現実世界の大切な人を一番大事にしないとな」
「はい」
「まあ、昼間は淡々と仕事こなして、夜は受験勉強。謎の女子高生はその次だね」
「そうですね」
「よし、そろそろ会社戻ろう」
「はい」
戻るところ、どこなんだろうそれは。
いい。そんなことは。
今はとにかく会社に戻る時間だ。
淡々と業務をこなすこと。そして試験勉強をすること、そして彼女と会うこと。
神田先輩のおかげで現実と非現実はちょうど半分ずつのバランスになった。
続く