------------
同時刻神奈川県武蔵小杉署捜査本部------------
「ざっとこんな感じさ」
寺村は脇田に対してどうやって藤井組の長男を追い込んで行ったのか、得々として語り終わった。
「なんといいますか…」
脇田はあまりのえげつなさに戸惑い気味に言ったのだが、寺村にはそれが自分に対する賞賛のように聞こえた。
「すげえだろ。人が堕ちていくのを見る、しかも自分が仕掛けて堕としていくっていう快感はたまらねえよ」
なおも自分に酔う寺村の目は爛々と狂気を帯びて輝いていた。
「そんなこと藤井組に知れたら寺村さん間違いなく殺されますよ」
「もうとっくに知られてるさ」
「え!どうして…」
「俺が藤井組の坊ちゃんに直接言ってやったからさ。本人は死んじまったが誰か組員に喋ってるかも知れねえな」
「直接言ったって、息子の私立中学に行ったり奥さんや自分の付き合いのあるところに有る事無い事言いに行ったことですか」
脇田は自分の耳を疑った。もしそうなら…目の前の自分の上司は狂っているとしか思えなかった。
「ああ、そうさ。こっちは警察権力に守られてるんだ。俺には手も足も出ねえぜ。単なる一介の巡査長じゃねえんだよ、俺は。拳銃摘発裏組織と全国の警察組織の間に立つフィクサーってやつなんだ。俺のさじ加減一つでどの県警にどのくらい闇拳銃を流すか、藤井のところに話ができるのは俺しかいねえ。俺は警察の組織の中でも上が無視できないような力を持ってるんだ。その俺をヤクザごときがどうこうできるわけもねえんだよ」
それで、わざと自分の力を誇示するために、本人に自分の暗躍を喋ったというのか…。脇田は寺村にこの瞬間完全に見切りをつけた。
「しかし、百歩譲ってそうだとしてですよ…寺村さんがそういう特殊な力を持ったのは、それもこれも藤井の坊ちゃんを追い込んだからでしょう。言ってみれば藤井あっての寺村さんなわけじゃないですか。結局坊ちゃんはホテルで偽装自殺。親分の藤井が切れたら寺村さん一巻の終わりですよ」
なぜこんな単純な理屈に寺村は気がつかないのだろう。脇田は寺村の熱っぽい表情が空恐ろしくなってきた。
「だからよ…」
寺村はまるでチンピラヤクザのように、脇田の肩に手を回して品のない笑い顔を浮かべた。
「だから、どさくさに紛れてこれから藤井組を壊滅しちまうんじゃねえか。お偉いさん達は拳銃密売のデータベースを破壊したい。俺は藤井組の組員が皆殺しになって欲しいというわけだ」
「そうまくいきますかね」
「SATが皆殺し作戦を上手くやってくれるのさ」
「誰の情報です」
「署長だ」
「まさか。寺村さんために?」
「いや、警察組織のためにさ。お前がなんとなく今回の捜査本部は雰囲気が違うと言ったのはそういう裏があるからだ。そういう陰謀のきな臭い硝煙のようなくすぶった匂いが今この捜査本部本部にはプンプンしてやがるのさ」
寺村がそう言った時、捜査本部上手の出入り口から県警刑事部長、武蔵小杉署署長、合同捜査の千葉県警刑事部長、統括する関東管区警察局長が入室した。
これから捜査方針が発表される。
寺村が今言った警察の陰謀が狂人の妄想ではなく事実ならば、捜査方針は捜査というより特殊部隊によるヤクザ組織の制圧殲滅だ。捜査本部は警察というよりは自衛隊の作戦指揮本部となる。
寺村が署長に向かって小さく手を挙げた。
それは身分上あり得ない光景だったが、次の瞬間脇田はもっと驚愕の光景を見た。
それと気づいていないものにはまったく分からないような小さい不気味な微笑を、キャリアの署長が一介の巡査長に返したのだった。
続く