「なんかすごい話になっちゃたのね。実際そういうことがあったの?その…先生たちが」
コーヒーを置き、沈鬱な表情でなつみ訊いた。
「いっくんがそう言うのも、たぶんクラスのほとんどの生徒はあまり違和感なかったかもしれないわ」
「じゃあ、やっぱり…。でもいったいどんなことだったの?」
「先生がいじめを見て見ぬ振りというのもあってはいけないことだけど、もうちょっと陰湿なことやってたかな」
「先生たちが?」
「そう。いじめが起きるとね、その先生はクラス全員にいつも反省文を書かせていたのよ」
「それはありそうな…というかそれがどうして精神的にその転校した子を追い詰めることに?」
「その反省文そのものがいじめ隠しというか、もっと悪くいうと生徒を洗脳するようなことだったの」
「洗脳…」
母親はコーヒーを飲み干し、再び応接室でのいっくんとの話を始めた。
- 「教頭先生はうちのクラスの名物の反省文をご存知ですか」
伊佐夫は二人の教師に視線を遣ったあと、教頭に言った。二人の教師の顔に警戒する表情が浮かんだ。
「名物…か。生活指導の先生からの報告書で生徒からの代表的な反省文というのはいつも上がってきているからそれには目を通しているよ」
「失礼ですが実際にお読みになるのですか」
「もちろんだとも。あのK君の場合には添付されていたものだけでなく、先生に言ってその他すべての生徒の反省文にも目を通したよ。しかし…確か君に名前のものはなかったと思う」
伊佐夫の質問に即答した教頭の言葉に慶子は驚いた。教頭もまた担任や生活指導の教師とぐるだと漠然と思っていたからだった。
「はい。ないはずです。ここにいる笹川慶子さんのものもなかったはずです」
「うむ。そういえば全員分はなかった。君はいろんな意味で目立つ生徒だから君の名を探してみたんだがなかったな。笹川さんのものも確かなかったよ」
伊佐夫は「はい」と小さく頷いた。
「あの名物反省文は三つに別れてるんですよ。ひとつは生徒が書いたものをそのまま教頭先生が目にするグループ。もう一つは何度も書き直しをやらされた後のグループ。そしてもう一つが笹川さんの書いたもののように訂正させても最終的に担任の先生が気に入らなくて破棄されたり、僕のように最初から拒否して書かない、つまり存在しないグループです」
「おい、いい加減なことをいうなよ!」「お前は一体何を証拠にそんなことをいう!」
担任と生活指導の教師の教師は顔色を変えて伊佐夫の言葉を遮ろうとした。
「静かにしなさい」教頭が二人の教師の声をぴしりと制した。
「つまり君は、ここにいる二人が自分たちの都合の良い反省文を書かせて私に読ませているということを言いたいのかね」
「そうです。K君のこともクラスで問題になるたびに名物反省文を書かされました。それをホームルームの時間にみんなの前で読まされるんです。『K君は積極性がないのでいつもクラスの雰囲気を悪くしています』とか『自分ができないにもかかわらず、自分がいじめを受けているという作り話をして同情をひこうとしていますが、あれはいけないとおもいます』とか、そんなのですね」
「それは事実ではないと…」
「そういう作文が出来上がるまで何度もやり直しをさせるんです」
「ほう…事実かね、それは」
教頭は二人の教師に問いただそうとしたが、教師たちは教頭の視線をそらし、伊佐夫にすさまじい憎しみの目を向けた。
つづく