大人のピアノ

大人のピアノ その百にじゅうご

「ぼんさん、いつもおっしゃってました。強くなるのはどっちかの世界に身を任せることだと」

 三浦が話し始めた。

「うん」

 藤井は静かに頷いた。それは自分の息子の口調を思い出しながら三浦の言葉を味わっているようだった。

「『何かから締め出されて、不安にかられて自分の周りを見渡す。敵を発見して、味方を探して躍起になって自分が正しいことを証明する。そして言葉でも暴力でもなんでもいい、自分の正しさがやっと証明されたように思った時、その時一番大切なものが無くなるんだ』こうおっしゃてました」

「大切なものが無くなる…」

「はい。『最初についた嘘が嘘だったっていうことを忘れてしまう』ともおっしゃってました」





 その言葉に反応したように、南方が三浦をじっと見つめた。

「おめえ、分かるか」視線に気がついた藤井が南方がに話を振った。

 南方はハッとして藤井に向き直った。

「…はい。実は自分もおそらくぼんさんと同じような感覚にこだわってきたような気がします」

「その右手の小指か」

 言われて初めて南方は、自分が無意識のうちに自分の欠落した小指探すように親指を動かしていたことに気がついた。





「おめえと武志はよ、これから本格的に始まる警察との戦争でどんな手を使ってでも無事にシャバに送り届けてやる」

 藤井は南方武志を見た。

「だがよ、もう充分にわかってるだろうが、俺も三浦もこの戦争を生きて終えようとは思ってねえ」

 三浦は無言で藤井を見つめ、満足そうに頷いた。

「今、冥土の土産の三浦の一番大切な話を聞かせてもらった。息子の話を聞きながらおめえの話も聞きたいんだよ」

 藤井は南方に微笑んだ。

「誰も聞いたことのねえ、お前のところナンバーツーの石橋でさえ知らないらしいお前の右手の小指。ヤクザになってから落としたんじゃなくて、中学生の時にやったっていうその話をそろそろ聞かせろよ」

 一瞬戸惑った顔をした南方だったが、藤井が悪戯小僧のような人懐こい目で自分を見ていることに気がつくと、南方自身も少年のような顔つきになった。

「分かりました。こうなってはここでお話ししないわけにはいかなくなったような気がします」

「おう、そうこなくっちゃな」藤井が三浦に笑いかけた。

「はい」三浦が破顔する。

「武志はよ、あんまり興味ねえかもしれねえが、まあ付き合ってくれ」

 藤井がそう言うと、南方は首を振った。

「いや、そんなこともないと思います」






 武志がその言葉の意味を問うように南方を見た。

「さっき、三浦が話してくれたぼんさんの『最初についた嘘が嘘だったっていうことを忘れてしまう』。柄にもなく自分が昔吐いたセリフを思い出してました」

「おう。どんなだ」

「『そんなことしたら慶ちゃんのピアノの音が聴こえんようになってまうやんか』」ドア

 南方は武志を見た。

「俺が中学の時お前のお袋さんに言った言葉だ」

「!?」武志は虚を突かれて南方をもう一度見直した。

「笹川慶子。今は結婚して斎藤慶子さんか。お前の母親が俺の初恋の相手だ」






 沈黙を破って藤井が上機嫌で笑い出した。

「一切合切全部聞こうじゃねえか」

 藤井に合図され、三浦が長距離ライフルが収納された横のキャビネットからスコッチの瓶を運んできた。





続く





PSーーーー
本年もブログに足を御運びいただきありがとうございました。

思うとことあって、ペタ、メッセージ、最近はコメント欄も閉じて引きこもりしてますが(笑)、皆様とのそこはかとなくも得難い大切な交流があればこそ、今年も一年書いてこれたと思ってます。

来年もよろしくお願いします。

皆様、良いお年を(´▽`)


ゆっきー(三ブログ共通ご挨拶)






ゆっきー
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