「おい、一体これはなんなんだ」
武蔵小杉署の捜査本部を後にして、関東管区警察局長榊原、神奈川県警刑事部長本田、武蔵小杉署署長佐々木、合同捜査の千葉県警刑事部長吉沢は、横浜市中区海岸通の神奈川県警察庁舎ビル19階の大会議室にいた。
壁には近隣の主要地域、及び神奈川県警察管轄区域全域の方面配備の映像がリアルタイムで映し出されている。
また、埋め込み式のテレビチューナーが縦横に数十機埋め込まれており、地上波衛星CATV主要チャンネル放送が映し出されている。
埋め込まれたチューナーのテレビ朝霧の『徹夜で生テレビ』を見ながら叫んだのは、関東管区警察局長榊原だった。
その他の居並ぶ幹部も顔面が緊張で白く変容しており、武蔵小杉署所長佐々木はあり得ない光景に体を震わせていた。
「佐々木警視正、事態を説明したまえ」
榊原は佐々木武蔵小杉署署長を面罵した。
「はっ。ただいま所轄に連絡を入れ捜査一課長に至急こちら来るよう指示しております」
「そんなことはどうでもいい。なぜ我々からのマイクを使った呼びかけに一切応答せず、電話回線も繋がらない藤井組と民間の放送局の一司会者がホットラインを繋げることができるんだと聞いているのだ」
「はっ」
畏まって脂汗を滲ませる佐々木警視正に見切りをつけ、榊原は神奈川県警刑事部長本田と千葉県警刑事部長吉沢を睨みつけた。
しかし厳粛な濃紺の制服に身を包んだ二人はただうなだれるばかりで、下を向いて榊原と視線を合わせようとしなかった。
そうこうしているうちにCMが開けた。
「それでは藤井組組長独占インタビューの前に、番組で用意いたしました、警察の拳銃横流し疑惑についての要点をボードにまとめてあるのでそれをご覧ください」 田原慎之助が数枚の数十枚のフリップを万年筆で指差しながら、事件の裏の全容核心の流れを解説し始めた。『徹夜で生テレビ』が進行中に腹心の番組スタッフが電話で篠崎及び、篠崎に紹介された斎藤邸にいる南方組ナンバーツー石橋にヒアリングしたもので、関係者でなければ知り得ないディテールが随所に盛り込まれていた。
「おいおいおい。これは殆ど我々がやっていたことの全貌に迫るものじゃないか」
榊原が腹の底からやっと絞り出すような声で呻いた。
直立不動で榊原に対していた三人も立っているのがやっとだった。
「元警察庁長官の亀山さん、ご覧になっていかがですか」 亀山もまた蒼白な顔でフリップを眺めていたが、しばらくしてやっと口を聞いた。
「ディテールから言って極めて確度の高い情報であるらしい、ということはできる。しかしにわかには信じられない、というか到底信じたくないことだ」
「仮にこれが事実だとしたならばどうでしょうか」「日本の警察機構はおしまいだ。いったん完全に解体しなくてはならないのはもちろん、法治国家日本の信頼は国際的にも地に堕ちて信頼を回復するには途方もない年月がかかるだろう」
「ちょっといいですか」
先ほど発言した大宅壮一賞作家の佐伯が手を上げた。
「はい、どうぞ」「この後世紀のホットラインが繋がるとのことですが、藤井組組長の証言もさることながら、ここまでの大掛かりな裏取引ですから物的証拠もあるわけですかね。いえ証言それだけでも、今の今まで我々が思っていたような、暴力団の武装を解除するという大義名分が嘘っぱちかもしれないということの確証になり得ますけども、まるっきり暴力団側の証言だけというのも…」
「おっしゃることは分かります。このフリップをご覧ください」「モノクロ写真にかなり鮮明に顔が写っていますね」
「はい。証言資料によりますと警察側の窓口の人間が銃器を実際に藤井組幹部と取引している現場だそうです」「隠しカメラで撮っておいたわけですか、名前は分かっているのでしょうか」
「神奈川県武蔵小杉署の寺村巡査長ということです」 会場は静まり返った。
亀山は古巣の決定的不祥事の証拠に憮然たる顔だった。
神奈川県警察本部19階大会議室は凍りついた。
「大丈夫です。まだ方法があります」
凍りついた会議室で、さっきまでその場にへたり込みそうになっていた武蔵小杉署署長の佐々木が息を吹き返したように口はしに笑みを浮かべた。
「何?」神奈川県警察刑事部長の本田が問いただす。
「寺村に本当の英雄、
「警察官の鏡」になってもらいましょう」
しばしの沈黙があった。
会議室の暗がりの中、四人の悪辣な警察幹部は同時に笑い声を上げた。四人が同じ悪巧みを無言のうちに共有したようだった。
「早速手配しろ」
関東管区警察局長榊原は佐々木警視正に命じた。
佐々木警視正はキャリア組が滅多にしない現場警察官の警察式敬礼で三人に無言で挨拶し、そのまま会議室から消えて行った。
続く