ぼくらは田舎の民宿で、さいごの夏を過ごした。
民宿は浜辺にあって、乾いたような、べたつくような風が、一日中吹いていた。
ぼくらは絶えずはしゃいだ。
帰る日がせまっていることを、みな忘れたがった。
この浜辺にふたたび来ることはない。
やわらかな砂も、広い海も、二度と触れることはない。
望まない帰還が胸をしめつけていたけれど、だれもそれを表には出さずに、せいいっぱい楽しんでいた。
夜の花火は、派手なものからはじまり、さいごの線香花火でしめくくられた。
線香花火の、ほとばしる光がしだいに弱まり、ぷつりと落ちたあとの余韻のまま、夜は深まっていった。
朝になれば、それぞれの帰還がはじまる。
布団に入っても、だれひとり眠っていない気配を感じながら、ぼくは暗闇のなか、ずっと目をあけていた。
夜の庭で、白木蓮がひかっています。
しろく、まばゆいひかりを、すこし遠慮がちに放っているのでした。
その根元では、ちいさな蠍があたまを垂れています。
白木蓮のひかりをみあげては、うなだれて、またみあげてはその清廉なひかりに、きゅっと目を閉じて、胸の蛇をおもいます。
胸のなかでとぐろを巻いている、どす黒い蛇の、目のないことをおもいます。
そうして繰り返し、蠍はうなだれているのでした。
その様子を、探るような目でみている猫がいました。
白木蓮を中心に、この辺りを縄張りにしている野良です。
冷たく、射るような目は、白木蓮のひかりを反射して、澄んでみえます。
蠍は野良の視線に気づきましたが、あたまをあげることができません。
野良はすこし、呆れたような溜め息でつぶやきました。
「そんなふうにうなだれて、じぶんのからだにその花のひかりが照っていることも、知らないでいるのか」
そのまま、ふん、と鼻を鳴らして行ってしまいました。
蠍は足を動かし、そこに白木蓮のひかりが映っているのをみました。
じぶんの足がひかりを放っているかのよう。
それから、蠍はみえない背中を想像しました。
それはまばゆいひかりが、清らかに降り注いで、つつまれています。
「あたたかい、」
蠍ははじめて、胸のなかの蛇と目があった気がしました。