花骸(はなむくろ)

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【一】( 4 / 15 )

尼君はその間、少将の従者たちに心付けを配っている。最初、少将はそれは無用ですと言ったのだが、彼女は聞かなかった。疲れた人にそれくらいするのは当然だと。その心優しさを少将は尊いものと思った。しかし、今の少将は、彼女に尋ねるべき事があった。自分が受けた命令に関する、重要な事をまだ聞いていなかったのだ。彼は咳払いして尼殿、と呼びかけた。

「今日で私がここに参るのは三十日目になりました。数えてみますと、百日めとなるのは、年が明けた睦月の六日。いまはまだ神無月の終わりです。

今まで三十日間、紅葉狩ならぬ椿狩をやってまいりましたが、これは艱難辛苦だとあらためて思いましてございます。男が弱音を吐いてはならないと存じておりますが、いささか気にかかることがございます」

従者と和やかに話していた尼君は、大きな眼を、ひたと少将に据えて次の言葉を待った。

 

「あの御方、蜻蛉の更衣は、このことをご承知遊ばすのでしょうか? 帝が『蜻蛉の更衣の邸に百日通えば、その褒美として、蜻蛉の更衣をそなたに賜る。邸に出向いた証拠として、あの邸にある紫の椿を持って参れ』と、私に命令遊ばされたことを。

どうも私の周囲の公達は皆それを承知していて、私を励ましたり、そんな夜歩きは危険だと心配したり、もうさまざまな話題が宮中に満ちておりますが、蜻蛉の更衣は、それをどのくらいご存知なのでしょうか?

尼君は、更衣の御母上で遊ばされますが、もしや、あの方からなにかうかごうてはおられませんか? 」

 

 

【二】

 

蜻蛉(かげろう)の更衣は、床の中で長い豊かな髪をかきあげつつ起き上がろうとしかけたが、考え直して再び夜着を引きかけた。今は、何時くらいなのであろうか。卯の刻くらいであろうか? 寅の刻というにはあたりが暗いと思った。そうして、今朝まで自分が遊弋し、身をさすらわせていた夢には、いかなる意味があるのかと心をざわつかせた。

その夢は、まったく見知らぬ公達と蜻蛉とが、薄のなびく武蔵野の野原にて臥
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深良マユミ
作家:深良マユミ
花骸(はなむくろ)
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