処女受胎

  若さが失われたことを実感していたお菊さんは、秀雄の心移りに激怒しなかった。と言うより、主人の秀雄より息子のコロンダ君を好きになってしまっていた。お菊さんは43歳を過ぎてからは、秀雄とほとんどセックスをしなくなった。これは、秀雄が求めなくなったと言うより、お菊さんが求めなくなったからだ。決して、お菊さんに欲情がなくなったということではない。あまりにも、コロンダ君への思いが強くなりすぎたからなのだ。

 

 お菊さんの態度の変化が、秀雄に新しい妾をつくるきっかけを作らせたといえた。今では、秀雄の心はお菊さんから離れてしまったが、お菊さんの面倒を見る気持ちは、変わりなかった。一方、お菊さんの心は、コロンダ君の妾となっていた。秀雄がいない大きな屋敷は、若殿と女中だけの淫靡な空気が漂うお城のようであった。お菊さんは、コロンダ君を誘惑するかのように、乳首が透けて見える浴衣を毎日着ていた。ノーブラでノーパンのお菊さんは、催淫性の強いネロリの香水をふりまき、コロンダ君の書斎にやってくるようになった。

 

 壁時計は、午前11時を指していた。お菊さんが、紅茶を運んでやってくる時間であった。ドアのノックが2度なると、お菊さんはそっと入ってきた。いつものように、中央のテーブルに腰掛け、ティーポットから紅茶を注ぐと、「どうぞ」とお菊はさん、甘ったるい声でコロンダ君を呼んだ。コロンダ君は、ゆっくりと腰掛け、お菊さんの胸元をチラッと覗くと、目をカップに戻し、右手でカップを口元に運んだ。しばらく、コロンダ君は黙って、応募のことをどのように切り出せばよいのか、お菊さんの顔色をうかがいながら思案した。

 

  お菊さんは、いつものように胸元を少し開き、コロンダ君の気を引こうとした。コロンダ君は、あえて胸元に目をやり話しかけた。「お菊さんの肌は、輝いていますね、きっと、心が輝いているからですね。うらやましいな~、そう、今日は、お菊さんに、びっくりするようなプレゼントがあるんですよ」コロンダ君は、いつかはばれると思い、思い切って話すことにした。

 

 お菊さんは、褒められたことで、目が輝いた。「サプライズですか!うれしいわ。坊ちゃんが気にかけてくれるなんて」お菊は、大きな胸の下に手を当て、グッと持ち上げた。「びっくりしないでくださいよ、なんと、お菊さんは、作家デビューしました。おめでとうございます」コロンダ君は、拍手を送った。お菊さんは、いったい何のことやらわからず、ぽかんとしてしまった。「いったい、何のことです?作家デビューって」お菊さんは、笑顔が消え、緊張した表情に変貌した。

 

 コロンダ君は、機先を制するように、ありったけの笑顔を作り、話し始めた。「実はね、お菊さんの作品を応募したんだ。すると、優秀賞を獲得したんだよ、すごくない」コロンダ君は、あっさりと言ってのけた。お菊さんは、両手をテーブルの上で組み、怪訝な顔で訊ねた。「お菊の作品?いったい、どんな、作品ですか?身に覚えがないですけど」お菊さんは、首をかしげた。

 

 コロンダ君は、気まずくなりかけた雰囲気を打ち消そうと、お菊さんの機嫌をとり始めた。「本当に、びっくりでしょう。作品と言うのは、いつも聞かせてくれる妄想を官能小説にして、応募したんですよ。お菊さんの才能を世界に知らしめようと、頑張っちゃった」お菊さんは、まだピンときていなかった。「官能小説?お菊のエロ話をですか?」お菊さんは、もしかして、淫乱な自分を書かれたのではないかと疑った。

 

 コロンダ君は、淫乱なお菊さんを主人公に書いていたため、内容の説明がしにくかった。「いや、官能小説と言っても、女性の人生についての物語なんです。エロいところもあるけど、性を真面目に捉えた作品なんです。お菊さんも納得していただけると思います」コロンダ君は、エロい描写には触れたくなかった。「そうですか、お菊の妄想が小説にですか?主人公は、お菊ですか?」お菊は、自分がどのように描かれているか興味が湧いてきた。「ちょとだけ、内容を話してくださいな。お菊のどんなところを書かれたのですか?」口では言えないような、エロい場面があって、返事に困った。ほとんどは、お菊さんのエロ話を参考に書いていたが、部分的に、事実を書いていたため、口に出せなかった。

 

コロンダ君は、ある深夜、一階のトイレに行ったとき、東奥のお菊さんの部屋から異様な声がするので、具合でも悪いのかと思い、様子を伺おうと部屋に向かった。襖の前までやってくると、アー、アー、という大きな声が断続的に耳に入ってきたので、やはり病気だと思い、ふすまに手を掛けた。その瞬間、イク、イク、ア~!とあのときの声が響き渡った。びっくりしたコロンダ君は、急いで二階の自分の部屋に帰り、お菊さんのあの時の姿を思い浮かべてしまった。そのときのことを勝手に想像して書いたところがあり、ここの部分だけは、罪悪感にさいなまれていた。

黙っていると、変におもわれると思い、適当に返事した。「簡単に言えば、父と僕とお菊さんのことを書いたんだ。詳しくは、受賞した「黒い花びら」を読んでください。そう、お菊さんに、訊ねたいことがあったんですよ。ほら、友達の新聞記者から聞いたんだけどね、博多の中洲女学園高校のJKが処女なのに妊娠したらしいんだ。こんなことってあるだろうか?」コロンダ君は、話を変える作戦に出た。

 

 お菊さんは突拍子もない話に耳を傾けた。「処女で妊娠ですか。どこかの新興宗教のデマでしょう。かつてそんな話を聞いたことがあります。神の子を宿したといって大騒ぎになったけど、結局は、デマでしたね。なんと言う宗教団体の話ですか?」お菊さんは、処女受胎が、信者を集めるための策謀の一つであることを知っていた。コロンダ君は、思い出しながら話し始めた。

 

 「彼が言うには、5年前、中洲に“バッテン真理教会”という教会ができて、女性の幸福を実現する女神が祭られているらしいんだ。すでに、多くの女性たちが礼拝に来ているとのことだ。そこのニワカ神父いわく、処女受胎した女性は、神の子を産み、その女性は神の母であるマリアになれる、ということなんだ。ところが、処女受胎するためには、1000万円の祈願料がいるという、うわさなんだ。処女受胎したJKの母親は、ニワカ神父に1000万円支払ったらしいよ」コロンダ君は信じられないような話を、噛みしめるように話した。

サーファーヒカル
作家:春日信彦
処女受胎
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