処女受胎

  お菊さんは、コロンダ君の父親、秀雄の妾であるにもかかわらず、コロンダ君に不可思議な愛情を抱き、笙子に嫉妬していた。お菊さんは、19歳でかけ落ちし、子供をもうけたという激情的一面があり、さらに、自分とお菊さんとの関係は決して話してはいけない、と秀雄に口止めされていたにもかかわらず、お菊さんは、そのことをコロンダ君に話してしまった。また、自分でも抑えきれない欲情があり、淫乱な妄想が自分を狂わせることがたびたびあると、悩みを打ち明けるようにコロンダ君につぶやいていた。

 

 コロンダ君は、お菊さんのことが少し怖くなったが、女の業に悩むお菊さんを不憫に思ってしまった。次第に、お菊さんを題材にした小説を書きたくなり、約半年かけて「黒い花びら」を完成させた。この作品は、お菊さんのものであり、お菊さんに喜んでもらいた一心で書き上げた。だが、今では、応募しなければよかったと後悔していた。お菊さんを題材としていることを知れば、激怒を突き破って、殺されるかもしれないとさえ思えてきた。

 

 最近のお菊さんは、どことなく寂しげであった。秀雄は、法務大臣になってからは、ほとんど家に帰らず、5年前に買ったマンションで暮らしている。5年前、秀雄に新しい妾、27歳の山本洋子ができてから、お菊さんによそよそしくなった。お菊さんも、新しい妾を直感的に感じ取り、自分がお払い箱になったことを悟っているようだった。また、お菊さんは、年をとっていく自分を疎ましく思うようになっていた。

 

  若さが失われたことを実感していたお菊さんは、秀雄の心移りに激怒しなかった。と言うより、主人の秀雄より息子のコロンダ君を好きになってしまっていた。お菊さんは43歳を過ぎてからは、秀雄とほとんどセックスをしなくなった。これは、秀雄が求めなくなったと言うより、お菊さんが求めなくなったからだ。決して、お菊さんに欲情がなくなったということではない。あまりにも、コロンダ君への思いが強くなりすぎたからなのだ。

 

 お菊さんの態度の変化が、秀雄に新しい妾をつくるきっかけを作らせたといえた。今では、秀雄の心はお菊さんから離れてしまったが、お菊さんの面倒を見る気持ちは、変わりなかった。一方、お菊さんの心は、コロンダ君の妾となっていた。秀雄がいない大きな屋敷は、若殿と女中だけの淫靡な空気が漂うお城のようであった。お菊さんは、コロンダ君を誘惑するかのように、乳首が透けて見える浴衣を毎日着ていた。ノーブラでノーパンのお菊さんは、催淫性の強いネロリの香水をふりまき、コロンダ君の書斎にやってくるようになった。

 

 壁時計は、午前11時を指していた。お菊さんが、紅茶を運んでやってくる時間であった。ドアのノックが2度なると、お菊さんはそっと入ってきた。いつものように、中央のテーブルに腰掛け、ティーポットから紅茶を注ぐと、「どうぞ」とお菊はさん、甘ったるい声でコロンダ君を呼んだ。コロンダ君は、ゆっくりと腰掛け、お菊さんの胸元をチラッと覗くと、目をカップに戻し、右手でカップを口元に運んだ。しばらく、コロンダ君は黙って、応募のことをどのように切り出せばよいのか、お菊さんの顔色をうかがいながら思案した。

 

  お菊さんは、いつものように胸元を少し開き、コロンダ君の気を引こうとした。コロンダ君は、あえて胸元に目をやり話しかけた。「お菊さんの肌は、輝いていますね、きっと、心が輝いているからですね。うらやましいな~、そう、今日は、お菊さんに、びっくりするようなプレゼントがあるんですよ」コロンダ君は、いつかはばれると思い、思い切って話すことにした。

 

 お菊さんは、褒められたことで、目が輝いた。「サプライズですか!うれしいわ。坊ちゃんが気にかけてくれるなんて」お菊は、大きな胸の下に手を当て、グッと持ち上げた。「びっくりしないでくださいよ、なんと、お菊さんは、作家デビューしました。おめでとうございます」コロンダ君は、拍手を送った。お菊さんは、いったい何のことやらわからず、ぽかんとしてしまった。「いったい、何のことです?作家デビューって」お菊さんは、笑顔が消え、緊張した表情に変貌した。

 

 コロンダ君は、機先を制するように、ありったけの笑顔を作り、話し始めた。「実はね、お菊さんの作品を応募したんだ。すると、優秀賞を獲得したんだよ、すごくない」コロンダ君は、あっさりと言ってのけた。お菊さんは、両手をテーブルの上で組み、怪訝な顔で訊ねた。「お菊の作品?いったい、どんな、作品ですか?身に覚えがないですけど」お菊さんは、首をかしげた。

 

 コロンダ君は、気まずくなりかけた雰囲気を打ち消そうと、お菊さんの機嫌をとり始めた。「本当に、びっくりでしょう。作品と言うのは、いつも聞かせてくれる妄想を官能小説にして、応募したんですよ。お菊さんの才能を世界に知らしめようと、頑張っちゃった」お菊さんは、まだピンときていなかった。「官能小説?お菊のエロ話をですか?」お菊さんは、もしかして、淫乱な自分を書かれたのではないかと疑った。

 

 コロンダ君は、淫乱なお菊さんを主人公に書いていたため、内容の説明がしにくかった。「いや、官能小説と言っても、女性の人生についての物語なんです。エロいところもあるけど、性を真面目に捉えた作品なんです。お菊さんも納得していただけると思います」コロンダ君は、エロい描写には触れたくなかった。「そうですか、お菊の妄想が小説にですか?主人公は、お菊ですか?」お菊は、自分がどのように描かれているか興味が湧いてきた。「ちょとだけ、内容を話してくださいな。お菊のどんなところを書かれたのですか?」口では言えないような、エロい場面があって、返事に困った。ほとんどは、お菊さんのエロ話を参考に書いていたが、部分的に、事実を書いていたため、口に出せなかった。

 

コロンダ君は、ある深夜、一階のトイレに行ったとき、東奥のお菊さんの部屋から異様な声がするので、具合でも悪いのかと思い、様子を伺おうと部屋に向かった。襖の前までやってくると、アー、アー、という大きな声が断続的に耳に入ってきたので、やはり病気だと思い、ふすまに手を掛けた。その瞬間、イク、イク、ア~!とあのときの声が響き渡った。びっくりしたコロンダ君は、急いで二階の自分の部屋に帰り、お菊さんのあの時の姿を思い浮かべてしまった。そのときのことを勝手に想像して書いたところがあり、ここの部分だけは、罪悪感にさいなまれていた。

サーファーヒカル
作家:春日信彦
処女受胎
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