処女受胎

黒い花びら

 

 コロンダ君は、いつものように書斎でぼんやり考え込んでいた。今回は、小説の構成について考えていたのではない。お菊さんにかかわる重大な事件のことで頭を悩ませていた。コロンダ君は、日ごろ、お菊さんからいろんな妄想を聞かされていた。彼女の妄想は、リアリティーがあり、しかも、作品のレベルに達していた。コロンダ君は、妄想を作品化し、時々、お菊さんの名前で電子書籍としてリリースしていた。2ヶ月前に、官能小説の応募があり、この機会にと思い、妄想とお菊さんの私生活を組み合わせ、「黒い花びら」という作品を無断で応募した。

 

 あくまでもお菊さんの才能を世に知らしめたいとの思いで、この作品を応募したところ、優秀賞を獲得してしまった。コロンダ君は、自分の思っていた通り、お菊さんの才能は本物だと確信したが、お菊さんは、コロンダ君が小説を書くことを嫌っていた。ましてや、お菊さんの話を勝手に小説化し、応募したことを知ったならば、激怒することは間違いなかった。コロンダ君は、お菊さんに無断で応募し、優秀賞を獲得したことを話すべきか悩んでいた。その優秀賞には10万円の副賞がついていた。

 

 しかも、最近のお菊さんは、コロンダ君を挑発する浴衣を着るようになっていた。これは、コロンダ君が笙子と3年前からエッチをしていたことを知ってからだ。お菊さんは、二人はいとこ同士だからと笙子との結婚に反対し、さらに、コロンダ君をソープに行かせ、そのことを笙子に耳打ちし、失恋させようとまでした。お菊さんの異常な嫉妬は、理解しがたいものであったが、日を追うごとに挑発はエスカレートしていった。

  お菊さんは、コロンダ君の父親、秀雄の妾であるにもかかわらず、コロンダ君に不可思議な愛情を抱き、笙子に嫉妬していた。お菊さんは、19歳でかけ落ちし、子供をもうけたという激情的一面があり、さらに、自分とお菊さんとの関係は決して話してはいけない、と秀雄に口止めされていたにもかかわらず、お菊さんは、そのことをコロンダ君に話してしまった。また、自分でも抑えきれない欲情があり、淫乱な妄想が自分を狂わせることがたびたびあると、悩みを打ち明けるようにコロンダ君につぶやいていた。

 

 コロンダ君は、お菊さんのことが少し怖くなったが、女の業に悩むお菊さんを不憫に思ってしまった。次第に、お菊さんを題材にした小説を書きたくなり、約半年かけて「黒い花びら」を完成させた。この作品は、お菊さんのものであり、お菊さんに喜んでもらいた一心で書き上げた。だが、今では、応募しなければよかったと後悔していた。お菊さんを題材としていることを知れば、激怒を突き破って、殺されるかもしれないとさえ思えてきた。

 

 最近のお菊さんは、どことなく寂しげであった。秀雄は、法務大臣になってからは、ほとんど家に帰らず、5年前に買ったマンションで暮らしている。5年前、秀雄に新しい妾、27歳の山本洋子ができてから、お菊さんによそよそしくなった。お菊さんも、新しい妾を直感的に感じ取り、自分がお払い箱になったことを悟っているようだった。また、お菊さんは、年をとっていく自分を疎ましく思うようになっていた。

 

  若さが失われたことを実感していたお菊さんは、秀雄の心移りに激怒しなかった。と言うより、主人の秀雄より息子のコロンダ君を好きになってしまっていた。お菊さんは43歳を過ぎてからは、秀雄とほとんどセックスをしなくなった。これは、秀雄が求めなくなったと言うより、お菊さんが求めなくなったからだ。決して、お菊さんに欲情がなくなったということではない。あまりにも、コロンダ君への思いが強くなりすぎたからなのだ。

 

 お菊さんの態度の変化が、秀雄に新しい妾をつくるきっかけを作らせたといえた。今では、秀雄の心はお菊さんから離れてしまったが、お菊さんの面倒を見る気持ちは、変わりなかった。一方、お菊さんの心は、コロンダ君の妾となっていた。秀雄がいない大きな屋敷は、若殿と女中だけの淫靡な空気が漂うお城のようであった。お菊さんは、コロンダ君を誘惑するかのように、乳首が透けて見える浴衣を毎日着ていた。ノーブラでノーパンのお菊さんは、催淫性の強いネロリの香水をふりまき、コロンダ君の書斎にやってくるようになった。

 

 壁時計は、午前11時を指していた。お菊さんが、紅茶を運んでやってくる時間であった。ドアのノックが2度なると、お菊さんはそっと入ってきた。いつものように、中央のテーブルに腰掛け、ティーポットから紅茶を注ぐと、「どうぞ」とお菊はさん、甘ったるい声でコロンダ君を呼んだ。コロンダ君は、ゆっくりと腰掛け、お菊さんの胸元をチラッと覗くと、目をカップに戻し、右手でカップを口元に運んだ。しばらく、コロンダ君は黙って、応募のことをどのように切り出せばよいのか、お菊さんの顔色をうかがいながら思案した。

 

  お菊さんは、いつものように胸元を少し開き、コロンダ君の気を引こうとした。コロンダ君は、あえて胸元に目をやり話しかけた。「お菊さんの肌は、輝いていますね、きっと、心が輝いているからですね。うらやましいな~、そう、今日は、お菊さんに、びっくりするようなプレゼントがあるんですよ」コロンダ君は、いつかはばれると思い、思い切って話すことにした。

 

 お菊さんは、褒められたことで、目が輝いた。「サプライズですか!うれしいわ。坊ちゃんが気にかけてくれるなんて」お菊は、大きな胸の下に手を当て、グッと持ち上げた。「びっくりしないでくださいよ、なんと、お菊さんは、作家デビューしました。おめでとうございます」コロンダ君は、拍手を送った。お菊さんは、いったい何のことやらわからず、ぽかんとしてしまった。「いったい、何のことです?作家デビューって」お菊さんは、笑顔が消え、緊張した表情に変貌した。

 

 コロンダ君は、機先を制するように、ありったけの笑顔を作り、話し始めた。「実はね、お菊さんの作品を応募したんだ。すると、優秀賞を獲得したんだよ、すごくない」コロンダ君は、あっさりと言ってのけた。お菊さんは、両手をテーブルの上で組み、怪訝な顔で訊ねた。「お菊の作品?いったい、どんな、作品ですか?身に覚えがないですけど」お菊さんは、首をかしげた。

 

サーファーヒカル
作家:春日信彦
処女受胎
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