記憶の森 第二部

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9・母との会話

それから、三日間はあっという間に過ぎていった。
四日目はミラとの再会の為に一日時間を空けておきたかった。
バクウはスケジュールの調整をし、
なるべく早くシエラの村に帰れるようにした。
バクウ達は砂漠を普段の倍近い速さで移動した。
シエラには何とか四日目の朝にたどり着く事ができた。
早朝にシエラの南方に位置するオアシスを出発し、
朝八時位にたどり着いた。
シエラの村に入ってすぐの場所にバクウと母の住む家が在る。
着くとすぐ三人の供の者達にねぎらいの言葉を掛けると、
すぐにバクウは家に入った。
供の者達はバクウの家の隣に共同で暮らす家を持っていた。

「母さん、帰ったよ。
 はい、隣のオアシスで買い込んできたんだ。
 野菜と鳥の肉さ。」
バクウは気が急いていた。帰るなり早口で母に告げ、
荷物をかまどの脇に降ろした。
母には他にもいろいろ話したかった。
バクウの母セロンは驚いているようだった。
「いつも、ありがとう。
 お帰り、バクウ。随分早かったね。
 予定では明日の帰りだったろう?疲れただろうに。
 食事にするかい?」
「ああ、母さん、ありがとう。
 予定が立て込んでしまって、早めに切り上げたんだ。」
「そうかい。まあお座り。すぐ支度をするよ。」

かまどの鍋からスープをよそっている。
「母さん、食事の後で話があるんだ。
 今日、昼頃ルルドに向かうんだ。仕事じゃないんだ。
 そのことで、母さんにも話しておきたいんだ。」
「ああ、わかったよ。まあ、食事を済ましてしまおうじゃないか。」

バクウは母を待つ間にも気持ちはミラの元に飛び、
ソワソワしていた。
「お肉を焼こうじゃないか。早く調理してしまわないとね。」
この時代冷蔵庫などはない。
肉は砂漠の暑さですぐに傷んでしまうのだ。
母はお肉を素早く切り分けた。もう岩塩を振っている。
「良いお肉だね。これはおいしそうだ。」母は微笑んでいた。
「母さん、僕がいない間ちゃんと食べていたかい?
 栄養つけないといけないよ。」
普段は無口な方のバクウも母の健康のこととなると、
つい口を出してしまう。
「ああ、心配するんじゃないよ。」母は言う。

バクウは黙ってかまどの傍に行き、火を起こす手伝いをした。
「今日ルルドに行ったついでに炭を買ってくるよ。」
「ああ、頼むよ。ルルドに何の用事なんだい?」
母にそう聞かれるとバクウはソワソワしてきた。
「・・・・・。やっぱり帰ってから話そうかな。
 母さん、ハッキリしない話なんだ。」
「何か気掛かりなようだね。」母は言った。
「母さん、僕、気になる人と出会ったんだ。」
バクウは食事が終わるまで待てずに切り出した。
「本当かい?どんな人だい?」
「それが、彼女は踊り子なんだよ。」
「へー、踊り子?なんでまた・・・お前が・・・。」
やはり母は驚いているようだった。
「彼女も三年前のことで、父親を亡くしていて、
 僕、彼女のことが人事だと思えなくなってきて・・・
 彼女次第だけど、彼女を家に迎えようって、
 もう決めてるんだ。」
フライパンに油を引く母の手は一瞬止まったようだった。
母は今も父の話をしたがらない。
「そう・・・・・・。」
そう言って母は黙り込んで手を動かしていた。
鶏肉を焼き始める。ジュウジュウといい音がしだした。
バクウは黙って母を待つしか無かった。


10・散髪

母はよく肉を焼くと皿を出して盛り付けていた。
主食は小麦粉を焼いたパンのような物、ビスク。
「バクウ、テーブルの上にビスクがあるだろう。
 自分の分を出しておくれ。」
母のセロンは言う。
バクウは入れ物からビスクを取り出し、一口かじった。
少し塩が効いていて美味しい。
バクウは早朝に隣村を出た為、お腹が空いていたのだ。
「さあ、できたよ。おあがり~。」
母が焼けた鳥の肉を持ってきてくれた。
「ありがとう。いただきます。」
バクウが食べようとすると、
「お前、お祈りをしてから食べなきゃ駄目じゃないか。」
母が口を挟んだ。
バクウは黙って、両の手のひらを組んで祈りの言葉を口ずさんだ。
恵みに感謝す。と祈りの言葉が終わると、
バクウは早々に肉に食らいついていた。
母はしょうがなさそうに眺めて微笑んでいる。

鳥の肉はこんがり焼けて、とても香ばしく中はふっくらとしていた。
スープも啜る。豆と野菜の入った母の優しい味。
(やはり家はいい・・・)
母の作った味は旅先のどんな味よりも、バクウの舌に馴染んだ。
母は向かいに座ると、バクウの顔を見た。
バクウは仕事の為、真っ黒に日焼けしていた。
その黒い肌が明るいブルーの瞳をより際立たせていた。
精悍な印象で、バクウはなかなかのハンサムである。
亡くなった父親もよく似た瞳の色をしていた。
「バクウや、食事が終わったら散髪してあげよう。
 大事な人に会うんだろう?」
「うん。」
バクウは二枚目のビスクに手を伸ばしていた。

「母さん、ご馳走さま。」バクウは水端にお皿を漬けた。
「さあ、こっちに来てターバンを外してごらん。」
振り返ると母が鋏と麻のシートを持ち出して呼んでいる。
「うん。」
バクウは母から麻のシートを受け取るとそれを床に敷き、
椅子をその上に乗せて座った。
ワッカ状になったターバンを取って、砂よけの布も外した。
砂漠の民は皆、砂よけ兼日除けの布を被って肩下まで
垂らしていた。
それは砂漠の男の正装でもあった。
「ああ、伸びているね。」
母はそう言いながら、丁寧にバクウの黒髪を櫛で梳いた。
バクウは髪を梳かれると気持ち良くなり、眠気が襲ってきた。
母は少しずつ指先で摘みながら切っていく。
髪がパサパサと床に落ちていった。

ルシファーはそれを不思議な気持ちで眺めていた。
(ああ、ここを出発する時には、まだ僕にとっても母さんだったんだ。
 とても不思議な気分だ。
 ああ、僕はもう母さんに髪を撫でて貰うことも無いんだ。)
そう思うとルシファーは淋しくなった。
幼い頃、母のセロンに髪を撫でてもらった感触が蘇るようだった。
(僕はバクウや母さんに触れることもできないんだ・・・。)

母は丁寧にバクウの髪を眺め、切り忘れがないか調べていた。
バクウは頭をコックリしていたが、
ハッとして椅子に座り直した。
(旅の疲れが出たんだろう。でも、今日は大事な日なんだ。)
母は丁寧に肩やうなじに付いた髪を払ってくれた。
「さあ、いいようだね。見てごらん。」
母は鏡をバクウに差し出した。
バクウが鏡を見るとさっぱりした自分の髪が映った。
「母さん、ありがとう。」
「お前、私が起こしてあげるから、少し横になったらどうだい?
 まだ時間があるよ。」
母に促され「そうしようかな。」とバクウは返した。
「その間にお風呂を沸かしておいてあげるよ。」
「うん。母さん、頼む。」

バクウは自分の寝室に行った。
衣服を脱いで薄掛けを掛けて横になった。
よしずを降ろしたその部屋は暑さを余り感じず、心地良い。
バクウは間もなく深い眠りに落ちた。



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