記憶の森 第一部

2・中間達と忘れられない人

この森には番人というか、長老と呼ばれる者が存在していた。
皆、気がついたら彼を長老と呼んで過ごしていた。
皆の優しいおじいさんだ。
「皆、あまり遠くには行かんようにのう。迷うと厄介じゃ。」
「はーい、長老。」
ここの者は皆子供か孫のようだ。
皆支え合って暮らしていた。
暮らしといっても木の枝に座って考え事をしたり、
飛び回って追いかけっこをしたり、
お話しをしたり、そんな者達だ。

ただ少し変わっていたのは、
その木の実には各々記憶が封じてあり、
その実の傍に行くと一瞬夢を見、うっとりするのだ。

「その実を食べては行かんぞ。皆の為の物だ。」
ルシファーは長老を手伝って
その樹の番人や、下の子達の面倒を見ていた。
少し目を離すと木の実をむしり取ろうとする
悪戯者達がいた。
今日もまた・・・
「ねえ、お兄ちゃん、その実取ってよ。僕にちょーだい。」
「駄目だ!記憶ってなかなか消えないんだぞ。
 それに、ここにあるのは大切な物ばかり。
 簡単にあげられないんだ。」
「えー、僕宝物にしようと思ったのにぃ。」
「ダメ、ダメ。お前達子供だろう。
 ここを出られる時に長老がいいのをくれるよ。きっと。」
「えー、お兄ちゃんだって自分のこと知らないじゃん。
 僕ね、自分の記憶が欲しいの。代わりでもいいの。」
ルシファーはその言葉にドキッとした。

確かに自分が何故ここに来たのか、その身の上も知らないのだ。
前に長老に聞いたことがある。
「僕は何故ここにあなたといるんでしょう?」
「お前は不思議な者でなぁ。気がついたら空に長いこと漂っておった。
 その魂だけでな。
 何故だかわし等を見守っているようでな。
 一緒にここまで来たのだ。」
「長老、あなたは?」
「わしか?わしはな、多くの者達と草原で暮らした民。」
「いかん。思い出してしもうた。広い空と草原、恋しいのう。」
長老は遠い目をした。

ルシファーには一つだけはっきりした記憶があった。
遠い遠い記憶。
彼はその首に水晶のような首飾りを下げていたが、
それを受け取った時の記憶。
「これはお前のお守りの様な物だ。いざという時にお前を救ってくれる。
 肌身離さず持て。」
まるで親代わりの様に毅然とした声で語った人。
その顔も思い出せない。
(その人を思い出したい)
彼は大樹を見上げながら途方にくれたようにぼんやり思った。

(記憶が無いのは悲しいこと・・・)
でもその木の実の記憶をとりたてて羨ましいとは思わなかった。
時々惹かれるものを感じることがあっても・・・
そして首飾りを手に取って見つめた。
何も物言わぬ球。透き通って輝く球。
それを仲間達が珍しがって触れようとしても、決して触れさせたことはなかった。
何故だかそれをくれた人を思い出そうとすると胸が痛くなった。


3・眠りの記憶と小さなガールフレンド

「さあ、そろそろ眠るとするか。」
長老が声を掛けた。
ここには昼も夜もない。
心だけが支配する自ら飛んでいけない者達が
心休める小さな世界・・・

実のたわわになった幹の下に寝床があり、
そこには眠りの記憶が染み込んでいて、
身を横たえると眠りに落ちていった。
そうして彼等は生きているような感覚を時々味わった。
そして、ほんの時々変わった夢を見た。
目が覚めても、まだ夢の続きを見ているような日々だった。

いったいどれくらい眠っただろう。
ルシファーが目覚めると、
目の前に小さなガールフレンドのテイルがいた。
彼女は小さな小さな者でよく飛び回っていた。
まるで光の尾っぽのような物を引いているので
彼がテイルと名付けた。
「おはよう。ルシファー!」
彼女はいつだって明るい。
「おはよう。」
と言ったってここは暗闇なのだが、
樹の幹や葉っぱが光をたたえているのだ。
「よく寝れた?ねえ、ねえ、ルシファーも飛んでみればいいのに。」
「え、僕かい?」
「でも僕の体は重いから。浮き上がるくらいがちょうどいいんだ。」
「そんなんじゃ体がなまっちゃうよ!
 私、いつでも自由に飛び回っていられるように頑張っているの。」
とテイルは言った。
「お前はいつも元気だなぁ。」
「そんなことないよ。
 私いつも何かしていないと悲しくなっちゃいそうでいやなの。」
「ルシファーは強いんだね。いつも辛抱してる。」
ルシファーはテイルが羨ましかった。
「僕も飛んでみようかな。
 よし、森のはずれまで足を延ばしてみようか?」
彼にしては久しぶりに軽い気持ちでテイルを誘った。

彼等は長老の小屋に行って、
「長老、少し散歩してきていいですか?」
と長老にことわりを入れた。
「うーん、お前達充分気をつけて行けよ。」
「何かおかしな物を見つけたら、すぐ戻るのだぞ。
 わしも一度行ったことがあるが、なにしろ暗いからな。
 拾い食いなどするでないぞ。迷子にならんようにな。」
「大丈夫です。私達上を飛んで行きますから。」
そして二人は出掛けていった。


4・不思議な実

森の上をルシファーは緩やかに飛んだ。
テイルはその周りをくるくる回りながらはしゃいで飛んだ。
そして、急にポツッと森の中に光る物を見つけた。
「ねえ、あれ何かしら?」テイルは首をかしげた。
「何かな?降りて行ってみようか。」

二人が降りていくと、
一本の枯れ枝に金色に光る木の実がなっていた。
それは不思議な光景だった。
周りを見渡しても枯れ木ばかりで寂しいところなのに、
その実だかがやけに明るく夢のように輝いていた。
二人は呆然とその実を見上げた。

「信じられないよ。何これ?まるで誰かが作ったみたいじゃない?」
テイルはワクワクしてるみたいだ。
「本当だよ。とっても気になるな。
 でも長老はいたずらに木の実に手を出すなと言っているし・・・」
(これにも何か大切な記憶が入っているのかしら?)
「どーしよう。これ取ったら怒られちゃうかな?」
テイルは興奮気味に言う。
「でも、誰もいないよね。誰の物でもないよね・・・。」
ルシファーは散々迷った。
何度もテイルと目を見合わせた。
「ねえ、これみんなのとこに持って帰ろう。」とテイルは言い
「よし、決めた。そうしよう。」と彼は言った。

ルシファーは恐る恐る手を伸ばすと、思い切ってその実をもぎ取った。
そして大切に抱え込んだ。
「やったー。みんなにお土産できたよ。さ、帰ろう。ルシファー。」
テイルに促された。
「そうだな。気になるから早く持って帰るとするか。」
二人は何故だかここでの生活が変わるような気がして、
ドキドキしながら、その実を持って大きな樹のもとへ帰っていった。

「ただいまー。」
「帰ったよ。長老。」
二人は長老のもとに飛んでいった。
見ると長老は樹の根元に寄りかかって休んでいる。
「あぁ、お前達帰ったのか。
 わしは何だか調子が悪くてのう。ここで休んでおった。」
本当に辛そうだ。彼は老体だ。心配になってきた。
元気づけるつもりでテイルは言った。
「長老、大丈夫?これ森で採ってきたの。お土産!」
「おお、そうか。そうか。」
「でもこれは何じゃ?こんな物は初めてみるのじゃ。」
長老もびっくりしている。
黄金色に輝くココナツのような大きな実。
「ここになっている実とはだいぶ違うのう。」
ルシファーも身を乗り出して覗き込んでいる。
長老はコンコンとそれをこずいてみた。
ずっしり重くてビクともしない。
「僕等では割れないみたいだ。」とルシファー
「これはなあ、無理に開けない方がよいぞ。きっと。
 中に何が入っているかわからんしな。」

結局、三人で眺め回したり、触ったりして
それを少し樹の根元から離れた幹の下の地面にそっと置いた。
「ここに置いておくとしよう。」と長老は言い、
「もしかして新しい芽が出て、木になったりして。」
とテイルはニコニコしながら言った。
「ねえ、何か囲いの様な物を作ろう。」
ルシファーとテイルはその辺に落ちていた細い木の枝を拾って
周りに囲いを作った。
もぎ取られて時間が経っても、その実はまだ輝いていた。


5・リクとカイ

次の日からその実の周りはみんなの集会所になっていた。
何しろあの悪戯者がいくら叩いてもビクともしないのだ。

二人は昔の孤児だそうだ。リクとカイという。
ここに来た時から子供のままの姿で
時折無性に淋しくなるらしく、
駄々をこねては周りの者を困り果てさせていた。

「お兄ちゃん、これ何で割れないのーー?」とリク
「何でだろうね。僕と長老でやっても駄目なんだ。」
「これ、きれーだね。」と
カイはペタペタとその実を触っている。

二人はまるで兄弟のように周りに扱われていたが、
その性格はまるで対照的で、
リクはきかん気でちょっと乱暴者。
カイは男の子なのにきれいな物やお話しが大好きで、
二人が喧嘩した時などは手がつけられなかった。
普段は仲がいいのだが・・・。
でも好奇心が強い所はよく似ていた。
二人は長老が来る前からここに居たそうだ。
赤ん坊の姿でこの辺を這い回っていたという。

「これ、これ、お前そんなに乱暴に扱うでない。」
寝ていた長老が起きてきてリクを注意している。
あれから長老は調子がすぐれないようだ。
「ごめんなさい。僕、ただ中が気になって・・・。」
その脇でカイがその実に頬擦りしてご満悦なようだ。
(僕の宝物・・・)

「ねえ、カイ。木登りしようよ。」
長老に怒られたのでリクはカイを誘って
樹の方へ走っていった。
「あー。待ってよぉ。」
(僕これが気になるのになあ)
何度も木の実の方を振り返りながら、
カイはリクを追いかけていった。


haru
作家:haru
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