弟の涙

入学に当たっては、厳しい選抜とともに政府からの名誉ある補助がなされる。入学試験は、書類選考の一次試験と二日間にわたっておこなわれる二次試験からなっている。競争倍率は非常に高く、男子は約50倍、女子は約30倍と狭き門で、一次試験で二倍までに絞られる。二次試験の初日では、午前中に作文とディベートがおこなわれ、午後からは面接がおこなわれる。二日目は、身体検査がおこなわれる。二次試験合格者には誓約書が家族宛に送られ、親権者と本人の承諾を持って入学が許可される。

 

士官学校は他の民間学校とまったく異なっている。入学式は国防軍への入隊式となっており、特別国家公務員である一等兵の資格が付与される。制服は学生用にデザインされたおしゃれな軍服で、許可された外出時においても軍服の着用が義務付けられている。入学と同時に生命保険と傷害保険に国費で加入する。毎月給与が支払われ、恩給の資格も付与される。問題なく卒業できた生徒は、伍長の資格が与えられ、さらに、家族は非常に安い家賃で官舎を借りることができる。

 

糸島士官学校第一期生募集は、北は北海道から南は沖縄まで全国的におこなわれた。軍事評論家は、なぜ、アメリカは糸島市を軍事拠点としたのか、この点を追求した。空軍に関しては、福岡空港に隣接している。海軍に関しては、佐世保港に隣接している。地理的な条件を考慮すれば、理にかなっているが、本当の理由は謎に包まれている。士官学校がそびえたつ広大な敷地には、当然、CIAの日本拠点が置かれていた。そのほかに、生物兵器研究所、医学研究所も併設されていた。

これらは、政府が公開した軍事白書から知りえる情報であるが、この敷地内におけるCIAの秘密にされている施設、活動は公開されていない。CIA主導の糸島軍事基地が今後どのように機能していくかは、日本政府も把握できない。名目上は、日米安保条約に基づく、日本防衛力の促進を目的とするアメリカ軍事支援とマスメディアは報道した。さらに、全国の中学校長宛に優秀な生徒を送り込むように総理大臣からの依頼がなされた。

 

士官学校に生徒を送り込んだ中学校には、日本国防軍を担う幹部育成に貢献した実績として、一人につき100万円の特別補助金が政府から送られた。また、授業において、自由学習に国防論を取り入れた中学校は、模範中学校として全国から注目された。エリート主義を掲げる篠田教頭は、糸島中学から第一期生を送り込む策謀を立てていた。ターゲットにされた峰岸は、書類審査の一次試験を受験し、合格した。

 

この士官学校受験のことは、家族には黙っていた。まさか、合格するとは思っていなかったからだ。あくまでも、教頭の勧めで、断りきれず、受験したに過ぎなかった。この合格は、一気に全生徒に知れ渡った。職員室入り口横の広報掲示板に合格通知を貼り出し、さらに、担任の先生たちは峰岸の合格をホームルームの時間に知らしめた。峰岸は全生徒の注目の的となってしまった。教頭は二次試験も合格したかのように笑顔ではしゃぎまわっていた。

峰岸はこれからどうしていいかわからなくなっていた。峰岸は教頭に言われるままに受験したものの、合格を喜んでいいものか悩んでいた。確かに、もし二次試験も合格すれば、特別国家公務員として給料がもらえ、将来は幹部としての役職が約束される。だが、父親は軍人になることを認めてくれるか不安であった。峰岸も、自分が軍人としてやっていけるか、まったく自信が無かった。

 

書類審査では、成績、部活、授業態度、賞罰、家庭環境などが審査された。峰岸は剣道部に所属していたが、県大会でベスト8に2年のときに入った程度で、特別他の生徒に比べて秀でているところは無かった。成績も、平均3.7で特に優秀なほうではなかった。ただ、2年のときに“家族”というテーマの中学生弁論大会で優秀賞を受賞したことが唯一の自慢であった。峰岸は、なぜ、高倍率の超難関校に自分が合格したのか、信じられなかった。何かの、間違いではないかとさえ思ったりもした。

 

6月25日()、帰宅した峰岸は、すぐに夕食の準備に取りかかった。三年前に母親をなくしてからは、家事のほとんどをやっていた。弟二人と食事を済ますと二階の自室に駆け上がった。峰岸は小学校のころから日記をつけていた。宿題がどんなにたくさんあっても、日記を欠かしたことは無かった。日記には、家族のこと友達のことを事細かく書いた。日記を書いているときが一番楽しかった。学校でどんなに嫌なことがあっても、日記に書いてしまうと気分がすっきりした。日記帳にペンを走らせ始めると三島のことで頭がいっぱいになった。

今日は、はじめての出来事があった。三島から話しかけられたことだった。試験前は部活が無いため、早く帰って試験勉強をする予定だったが、校門を出たところで三島に声をかけられた。三島を含む男女数人で帰宅したことはあったが、三島と二人きりで帰宅したことは無かった。小学校のときから糸島練成館で一緒に稽古していたが、なぜか二人だけで帰宅したことは無かった。

 

峰岸は南部地区大会の試合についての話を持ちかけてくると思ったが、意外にも峰岸の士官学校一次合格の話であった。三島は峰岸の軍人志望がどうしても納得がいかなかったのだ。二人は並んでしばらく歩いていたが、三島が小さな声で口火を切った。「峰岸、お前、軍人になりたいのか?」三島は少し照れくさそうに話しかけた。峰岸はしばらく返事をしなかった。この件に関しては家族にも話していないことであり、士官学校に合格したことに戸惑っていたからだ。

 

士官学校は教頭の勧めで受験したものであり、合格するとは夢にも思っていなかった。今でも合格したことが信じられないでいた。峰岸は、なぜ教頭が士官学校の受験を勧めたのか改めて考え始めていた。勧められた当初は、そのことに関してはまったく考えても見なかった。というのも、まったく合格するはずが無いと思い込んでいたのと、合格すれば、特別国家公務員として給料がもらえ、幹部としてのすばらしい未来が待っていると、教頭が熱弁したからだった。

春日信彦
作家:春日信彦
弟の涙
0
  • 0円
  • ダウンロード

2 / 25

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント